3.2.1..STYLISH!!!

姫路 りしゅう

修斗

「大乱戦! スタイリッシュブラスターズ!!」

 聞きなれたタイトルコールを聞き流して、修斗しゅうとはコントローラのスタートボタンを押した。

 いつものように、コンピュータ戦を選択し、難易度をMAXに設定する。


 3. 2. 1.. STYLISH!!!


 ゲーム開始の合図とともに修斗はキャラクタを操作し、開始からわずか20秒でCPUを吹き飛ばした。


 『大乱戦! スタイリッシュブラスターズ』――――通称スタブラは、全世界でシリーズ累計一億本を売り上げたテラヒットゲームである。

 大乱戦の名の通り最大8人でバトロワ形式の対戦を行う、スタイリッシュアクションゲーム。取っつきやすく、それでいて奥深いゲーム仕様のお陰で、素人から玄人まで根強い人気を誇っている。

 スタブラガチ勢はスタきょうと呼ばれ、動画配信サイトの上位ランクにはいつ見てもスタ狂による執念じみた動画が鎮座していた。


 春風西小学校五年生の宮田修斗みやたしゅうともスタブラに魅せられた一人だった。

 修斗には友だちがほとんどおらず、学校が終わるとすぐに家に帰ってきていた。そんな修斗を見かねた両親が、流行っているゲームだということで彼にスタブラを買い与えたのだった。

 その結果修斗はスタ狂になってしまう。


 いつしか修斗は、難易度MAXのコンピュータ戦を、でクリアすることができるようになっていたが、動画視聴が禁止されている家庭だったので、彼はそのことを知る由もなかった。


 彼が自分の強さに気付いたのは、たまたまクラスメイトに誘われた日のことだった。

 はじめにおかしいと思ったのは、「クラスで一番強い寿人ひさとVS二番目に強い健介けんすけ」のエキシビジョンマッチを見た時だった。


 クラスで一番強い寿人の動きが、弱すぎる。


「……もしかして、おれってスタブラ強いのかな」

 8人対戦の序盤、修斗は攻撃をせずひたすらに場の動きと空気を見ていた。全員が本気でやっている。その上で、全員が弱い。

「ヘイ修斗! 逃げ回って順位を上げようって作戦か? そうはいかないぞ」

 お調子者の雄平ゆうへいが横攻撃で突進をしてきた。


 ――――遅い。遅いし、それだと攻撃がギリギリ届かないだろう。


 修斗はほんの少しだけ迷った挙句、誰にも気づかれないように半歩だけ雄平の方へキャラクターを進めた。

 スタブラには『カウンター判定』というパラメータがある。

 1/60秒というシビアなタイミングで真逆の攻撃を食らわせると、ダメージ量や吹っ飛ばし量が上昇し、敵を倒しやすくなる。

 修斗はそれを逆に利用し、1/60秒のタイミングで雄平の攻撃に向かって進行することで、カウンターを貰いに行った。

 結果、修斗のキャラクターはステージ外に吹っ飛んでいく。

「今めっちゃ吹っ飛ばなかった?」


 それ以来修斗は、自身に縛りプレイを課すことにした。

 クラスメイトと戦うときは、使

 要するに、移動のスティック入力ができなくなる。

 キャラクターによっては、攻撃モーションに横移動が付与されているものがあるので、修斗はその攻撃と、行動キャンセル(タイミングよく別の動作を入力することで直前のコマンドが取り消される仕様だ)の二つを駆使して、左手を使うことなくプレイしはじめた。

 一時間ほどでコツをつかみ、最終的にはその状態でも手加減をしないとクラスメイト達を圧倒してしまうようになっていた。


 これだったら、家でコンピュータ戦をしているほうが楽しかっただろうな。

 彼は一人静かにそう思った。


 しかしその日、彼に人生の転機が訪れる。


「東小の幹彦みきひこって知ってる?」

 全員がスタブラに飽きてきたころ、スタブラが一番強い寿人が口を開いた。

「東小の幹彦って……ああ! ミッキーチャンネルの」

「東小で一番スタブラ強い人だよね」

「というか、日本でもトップクラスじゃない? 動画を見た感じ」

 クラスメイト達は口々にリアクションをした。

 ミッキーチャンネル。それは幹彦が動画配信サイトに投稿しているチャンネル名のことだったが、動画視聴が禁止されている修斗にはピンとこなかった。

「ミッキーがどうしたの?」

「あいつ、幼馴染なんだけど、この前あげてたスタブラの動画がやばかったんだよね」


 それは10秒ほどのとても短い動画だった。


 ミッキーとCPUの一騎打ちのようで、ラウンドが開始した瞬間、ミッキーの操作するキャラが一気に距離を詰め、CPUに技を当てた。


 CPU。開幕からわずか二秒のことだった。


「えっ?」

「いやいや、ダメージ蓄積もないのに開幕で吹っ飛ぶわけないじゃん」

「バグ?」

 スタブラは、ダメージを蓄積させることで場外に吹っ飛ばす確率が上がっていく。

 逆に言うと、ダメージ蓄積のない状態で場外に吹っ飛ばすなんてことは不可能なはずだった。

「バグはちょっとなあ」

「ね。正々堂々してほしい」

 非難轟々だった。

 しかし。

 しかし、修斗だけは違った。

「――バグじゃない」

「ん?」

「今のは、バグじゃないと思う」

「おいおい、バグじゃなかったらなに? 開幕二秒で吹っ飛ばすなんて無理だろ」


 修斗には見えていた。

 ミッキーは逆方向への入力を駆使し、1/120秒の奇跡、を付与させた。それに、CPUが一歩ミッキーの方へ近づいてきたタイミングを狙い、CPU自体のカウンター判定を利用し、最高の一撃を食らわせたのだった。


 1/120秒と1/60秒が重なった瞬間のみ起こる吹っ飛び。通常起こるはずのないバグのような挙動。

 何度リトライしたかはわからなかったが、ミッキーはその奇跡を動画に収め、投稿をしていた。


「おれ、この人と戦いたい――――」

「は? 修斗何言ってんの?」

「東小なんだよね、隣の。それに寿人は知り合いなんだよね! お願い。お願いします。おれ、この人とスタブラで勝負したい!」

 修斗はクラスで友だちがおらず、目立つタイプではなかった。

 寿人はそんな修斗のいつになく真剣な表情にたじろいで、その勢いに負けて首を縦に振っていた。



 クラスメイトとはレベルが違う、もしかするとおれよりも全然強い人と戦えるかもしれない。

 修斗は決戦の日まで、一人鍛錬をした。

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