第17話「気にしないから——」

「え……?」

「別に誰かに言いふらしたりするつもりは無い、でも真実を確認しておきたくてね」


 志乃は優しい声色で言う。


 この人になら言ってもいいんじゃないか、そう思わせてしまう程だった。


 でも、


「ごめん、彼氏では無いんだ」


 そう言うと志乃は驚いたような表情をした。


「それは…ほんとなの…?」

「うん」

「君の事をあんなに楽しそうに話していたのに?」

「それは分からないけど…でも実はさ、僕天音に嫌われちゃったかも」


 本当はこんなこと言うつもり無かったのに志乃の優しい声音についこぼれてしまった。


「いやそれは…」

「いいんだ、最初から分かってたんだよ…どうせ陰キャの僕には釣り合わないって、正反対な僕と天音は一緒にいない方がいいって…分かってたんだよ……」


 一つ一つ言葉を噛み締める間もなくこぼれ落ちていく。


「でも…」

「無理に慰めようとしなくていいさ、僕は大丈夫だから」


 他の誰かに慰めさせてしまうくらいなら自分で全部背負った方がいい。


 だってその方が誰も傷つかないから。


 そう、自分に言い聞かせる。


「話はそれだけかな…?もうそろそろ次の授業始まるし僕は教室に戻るよ」


 そう言い残して僕は踵を返した。


 あぁ、どうせ後悔するなら言わなければよかったな……最低だ、僕は。


 そう自嘲して教室の自分の席につく。


「はぁ…憂鬱だなぁ」


 窓の外を見つめながら独り呟く。


 そこには蒼々と雄大な空が広がっていた。


 僕は空は嫌いだ。


 いや、嫌いと言ったら嘘になる。


 僕が嫌いなのは青空だ。


 これと言った理由は特にない。


 あるとしてもただ理不尽な理由だけだ。


 僕がこんなにもちっぽけな存在だと言うことを思い知らされているような感覚がするからだ。


 ただ蒼々あおあおと存在してるだけで誰もに喜ばれる、雨なんかより誰もが喜んでくれる。


 そんな空が嫌いだった。


 でも夜空は好きだ。


 僕の黒い部分を全部包み隠してくれるような、そんな気がするから。


 ちっぽけな僕も、漆黒の夜空の中ではそのちっぽけさも分からない。


 それに、花火が打ち上がるのは青空が在る昼間ではない。漆黒の夜空の在る夜なんだ。


 だから、僕は夜空が好きだ。


 でもそんな感情も昨日までは忘れていた。


 だけど、思い出してしまった。


 嫌な自分が戻ってきてしまった。


 自分を嫌な自分と言ってしまう自分も大嫌いだ。


 大嫌いな自分が自分のことを蔑んでいるのが情けない。


 そんな情けない自分に感情がこぼれ落ちてしまう。


 でもここは学校だ。ましてや僕は高校生。


 我慢なきゃいけない。でも、我慢して、我慢してもどうしても抑えられない。


 だから机に突っ伏して溢れ出る感情を自らの腕で受け止める。


 あぁ、惨めだな……こんなはずじゃ、無かったのに。


 "忘れられた古傷も"知らぬ間に開いてしまっていた。


 そうしていると肩にぽんと手を置かれた。


「大丈夫だ、顔は上げなくていい。辛いことがあったら誰かに頼ることも、曝け出すことも必要だ。でも、今はいい。自分の納得するまでその感情と向き合っていい。誰も、気にしないから」


 優しい言葉だった。


 その言葉が芯まで沁みた。


 高校生が教室で泣くなんてありえないかもしれない。


 でも、そんな僕を肯定してくれるような優しい言葉だった。


 僕は、そんな柊優の言葉に救われたのだった。

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