第8話「かのシャツ」

「よりによってなんで今日なんだよ……」


 神社で僕は降りしきる雨を眺めながら呟く。


 全く、これから今世紀最大の試練天音の家に行くがあるってのに…


「まさかこんな急に降ってくるなんて思わなかったよ」


 隣で一緒に雨宿りしている天音も声を漏らす。


「どうする?」


 僕は隣にいる天音に声をかけ彼女の方に目をやった。


 天音は神社の縁側に座って雨粒が降りしきるそれに向かって手を伸ばしていた。


 その姿は神秘的見え、思わず見とれてしまっていた。


「んー、走っちゃう?」


 先程までの姿とは一転、お茶目な笑みを浮かべた。


「ここからどんくらいかかるの?」

「んー、走って2分ちょい」

「天音がいいなら走るか」

「よし!じゃあ元陸上部の意地見せてやるー!」


 そう言って天音屈伸をし始めた。


「陸上部だったんだ」

「そうだよー、これでも結構早かったんだからね」

「さすがに女の子には負けられないな」

「ふっふっふっ、かかってこい!」


 そうして僕たちは雨降りしきる夕方の町を駆け出した。


♢♢♢


「はぁ、はぁ、はぁ」

「やっと着いたねー!」


 2分間全力で走り続けて天音の家にようやく着いたようだ。


「濡れたままでとりあえずいいから入ってー」

「はぁ、はぁ、わ…わかった……」


 何故男子の僕がこんなに疲れているのに天音はあんなに平然としているんだろう。


 天音が凄すぎるのか……いや、僕の体力がミジンコ以下になってただけだな。


「ささ、こっちこっち!拭いてあげるー」

「っ!?」

「ん?どーかした?」

「いやさすがにそこまでしてもらうのは申し訳ないというか恥ずかしいというか……」

「ふーん?裕涼は天音に頭拭いてもらうだけで恥ずかしいんだぁ?」

「そんなんじゃないし……」

「じゃあいいよね?」

「じ…じゃあお言葉に甘えて…」


 葛藤の末大人しく従うことにした。


「じゃあ着替えは後で持ってくるからしゃがんで」


 タオルを持ち構えている天音に頭を拭きやすくするためにしゃがむ。


「………」

「…………」


 いやこれどういう罰ゲーム!?恥ずかしいんですけど?恥ずかしすぎるんですけどぉー!?!?


♢♢♢


 天音も髪を拭いて着替えを持ってくるからと言って自室に戻って行った。


 それにしても一人暮らしで僕の着れるほどの大きさの服なんてあるんだろうか…?


 まぁ家族が泊まりに来た用に男物のも少しはあるんだろう。


 そう結論づけて天音を待つことにした。


 ドアが開く音がしたので天音が自室から戻ってきたのだろう。


「おっまたせー!」


 天音はラフな格好に身を包んでおり、ダボッとしたパーカーにゆったりとしたスウェットを着ていた。


 やはり美少女はどんな格好でも似合うらしくその姿はとても可愛かった。


「んー?なになに?天音の格好に見惚れちゃった??」

「そ!そんなんじゃないし……」


 しりすぼみに声が小さくなってしまったがしょうがない。


 だって本当に見惚れてたんだもん。


「ほい、服」


 すると天音は手に持っていた服を手渡してきた。


「ありがと」

「じゃあ天音はリビングにいるから着替えたら来てね〜」


 そう言って天音は去っていった。


 僕は来ていた制服を脱ぎ、天音が持ってきてくれた服に身を包んだ。


 大きさは丁度だな。


 着替え終わった僕はリビングに向かった。


「お、おかえり〜!似合うじゃん!」

「これはお兄ちゃんのだったり?」

「いんや、天音の」

「やっぱお兄ちゃんのなん……え?」

「天音おっきく着るの好きだからさー、サイズ合って良かった」


 ふむふむなるほど……これはいわゆる"彼シャツ"ならぬ"かのシャツ"ってやつだな?


 天音が普段着ている服を今自分が着ているという事実に脳がバグって思考が混雑してしまった裕涼であった。

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