第2話「美少女と東改札」

「どうぞ好きに頼んでください!奢りなので!」


 目の前の少女は手を広げて言う。


 カフェに居座る2人の男女、周りから見たらカップルにでも見えるんだろうか?…いや、それはないか。


「いや、奢らないって約束じゃ……?」

「そ…そうでしたね…!……あ、あの!あんなことをしてしまった身分でおこがましいかもしれませんが、一つお願いしてもいいですか……?」


 目の前の少女は上目遣いでこちらをうかがってくる。


 こんなんされたら断れる男子いないって…


 そもそもあれは僕も悪いんだし。


「もちろん」

「あ、あ…天音とっ!と、とっ友達になってくださいっ!!」


 そう言って頭を下げる美少女は明るめのバイオレットアッシュのストレートヘア。


 そこいらの雑誌モデルなんかよりは数段も可愛い。


 そう、僕の向かいにいる彼女は、あろうことか学校一の美少女、七海天音だった。


♦︎♦︎♦︎


 遡ること30分前、僕は下校の準備をして学校を出た。


 登校は柊優とばったり会うことが多いが、帰りはほぼ高確率でぼっちだ。


 いつも通り校門をくぐり、駅までの道のりを歩く。


 学校近くから駅までのバスなどはたくさん出ているのだが僕は学校から駅まで歩くこの時間が嫌いではない。


 だからいつも歩いて通っている。


 ワイヤレスイヤホンからは聞き慣れた曲、そして見慣れた景色を横目に歩みを進める。


 15分ほどで着く道のりをゆっくりと30分かけて歩いていく。


 春もとっくに熟し、季節は初夏。どこからか蝉の声まで聞こえてくる季節だ。


 いつも通りの景色、いつも通りの音。


 このいつも通りが心地いい。だから、現状維持な毎日が続けばいいと願っている。


 軽く鼻歌を歌いながら歩いていると目の前にふと子供が飛び出してきた。


 どうやらその男の子は泣いていて迷子のようだ。


 僕はワイヤレスイヤホンを外しながらその子に話しかける。


「どうしたの?1人?」


 その子は言葉には出さずただこくこくと頷いた。


「そっか、さっきまで誰とどこにいたかわかる?」

「おかーさんと、こーえん…」


 その子は必死に絞り出して伝えてくれた。


「教えてくれてありがとう、お兄さんと一緒にお母さん探そっか」


 僕はそう言ってその子に手を差し出す。


 その子はおとなしく僕の手を取って歩き始める。


 正直ここら辺の公園は結構あるがこの年齢の子が楽しめる遊具がある公園、そして何よりこの年齢の子がここから歩いていけるような範囲にあると考えるのが妥当だろう。


 すると思い浮かぶのは一つしかない。


 僕はその子と共に「柏の葉の公園」を目指した。





 そして「柏の葉の公園」に到着するとその子が母親を見つけたのか一目散に走り出した。


 母親らしき人とその子がしっかりと抱き合っている様子を見て僕は安心して踵を返す。


 母親らしき人が僕の存在に気づいたらお礼をしなきゃいけないという思考を働かせてしまうかもしれない。


 それはなんとなく申し訳なく感じるので僕は足早にその場を後にした。


 そんなこんなでいつもより遅くなってしまったが駅に着いたようだ。


 人に何かすると自分も気分が良くなる。


 その言葉の通り少し軽くなった僕の足取りはまっすぐに東改札の方へ向かっていった。


 僕がいつも使っている東改札には同じ高校の生徒はいない。


 なぜかというと僕が使っている方は、僕の地元…つまり田舎に直行する便だからだ。


 ほぼ誰もいない東改札を通り過ぎ、少し歩いた頃。


「あ、あのっ!」


 突然後ろから声をかけられた。


「これ…落としましたよ?」


 差し出されたものはハンカチで、落としたせいでか少し汚れていた。


「あぁ、すみませ…ん……?」


 感謝を口にしようとして拾ってくれた人の顔を見た瞬間固まってしまった。


 ハンカチを拾ってくれたのは、そこ東改札にはいるはずのない学校一の美少女、七海天音だったからだ。

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