第10話
昼休憩、結菜は居心地の悪さを感じながら弁当を食べていた。目の前には結菜と同じく弁当を広げた綾音の姿。これはいつも通りだ。しかし、今日はもう一つ机がくっつけられている。
「じゃあ綾音は松岡さんと幼なじみなの?」
その声に視線を向ける。陽菜乃がパンを食べながら綾音に問いかけていた。
「まあ、そうかな。家も近いしね」
「へえ。じゃあ、赤ちゃんの頃から一緒とか?」
「いや。結菜は引っ越してきたから。小四の時に……。あれ、小三だっけ?」
綾音が眉を寄せて結菜を見てきた。結菜はため息を吐きながら「小三の終わり。小四の始まり」と答える。
「……つまり?」
首を傾げる陽菜乃に綾音は「三月末ってことかな」と笑った。陽菜乃は納得したのか頷く。
「ずいぶんとギリギリの引越だったんだね」
「まあね」
結菜は短く答えると唐揚げを口に放り込んだ。
「結菜。なんか態度悪い」
「うっさいな」
「うっさくないでしょ。なんで不機嫌なんだよ。せっかく陽菜乃と一緒にご飯食べてるのに」
「……もうお互いに名前呼び」
箸をくわえながら結菜は口の中で呟いていた。綾音は怪訝そうに首を傾げる。
「なに」
「別に。ただ、なんというか綾音のコミュ力の高さに引いてるだけ」
「なんだよ、それ」
綾音は眉を寄せながらご飯を口に運んでいる。
「あー、もしかしてヤキモチだったり?」
そんなことを言う陽菜乃に結菜は視線を向ける。綾音のコミュ力の高さは昔からのことなので別に今更なんとも思わない。問題は、この陽菜乃の態度だ。
「松岡さん?」
――海では呼び捨てだったくせに。
結菜は陽菜乃を睨んでやる。彼女は困ったような表情を浮かべて「別に綾音をとったりなんてしないから」とわけのわからないことを言ってくる。
「待って、陽菜乃。まるでわたしが結菜のモノみたいな言い方はやめて?」
「ああ、ごめん。だって二人はすごく仲が良いってミチちゃんたちからも聞いてたから。いつも学校では一緒にいるって」
「あー、まあ一緒のクラスだしなぁ」
「でも登下校は別だよね。家も近いのに。なんで?」
「なんでって……」
綾音は結菜に視線を向けてきた。思わず結菜も見返すと、彼女はスッと視線を逸らして「別に理由はないけど」と誤魔化すように笑った。
「なんとなくだよ、なんとなく。帰りは、ほら、結菜はバイトしてるし」
「毎日じゃないよね?」
「まー、そうなんだけど……。わたしは部活とかあるしさ」
綾音は言いながら視線を俯かせる。結菜はそんな彼女をじっと見つめていた。
中学まではたしかに一緒に登下校していた。けれど、その頃にはすでに綾音とは距離ができていたように思う。どこでそう感じたのかよくわからない。それでも綾音の結菜に対する態度には僅かな違和感があり、それは三年の間にほんの少しずつ、しかし確実に大きくなっていった。
そして高校に入学してから彼女はいつも遅刻寸前の時間帯に登校するようになった。結菜が決してその時間帯に登校しないことを知っていながら。
「――それより、陽菜乃はアメリカに行く前はどこに住んでたの?」
綾音は結菜の視線を避けるように陽菜乃に顔を向けた。
「この街だよ」
「え、そうなの?」
陽菜乃の答えに結菜は思わず反応してしまう。陽菜乃は笑って「なんでそんな意外そうなの」と首を傾げる。
「いや、そりゃ意外でしょ。もっと都会出身なんだと思ってた。ね、結菜?」
「うん、まあ……」
「といっても、この街にいたのも半年くらいだけどね」
「ああ、どうりで」
綾音は納得したように頷く。
「この辺りに住んでたなら見覚えあるはずだよなぁと思ってさ。陽菜乃くらいの美人なら他校だったとしても有名になってそうだし」
「そんなことないと思うけど……」
「またまた、ご謙遜を」
綾音が笑う。陽菜乃も笑う。その中に結菜は入っていけない。一緒になって笑えばいいのに、それができない。
モソモソと弁当を平らげていきながら結菜は次第に視線を俯かせていく。綾音の笑顔も陽菜乃の笑顔も見たくはなかった。
せっかくカナエが作ってくれた弁当の味がしない。
居心地が悪い。
二人の楽しそうな会話を聞いていると息が詰まってくる。
胸が苦しくなってくる。
――なんだこれ。
わからない。自分のことなのに、よくわからない。ただ早くこの場から離れてしまいたい。そうすればきっと楽になれるはず。
何かの話題で盛り上がる二人の楽しそうな声が耳に響く。心に刺さる。結菜はハッと短く息を吐き出すと食べることを止めた。そして箸をケースに収め、急いで弁当の蓋を閉める。
「――結菜?」
綾音の不思議そうな声が聞こえる。しかし結菜は視線を向けることもせずに立ち上がった。
「ちょっとトイレ」
「いや、トイレって食事中に――」
結菜は綾音の言葉を聞き流しながら廊下へ向かう。そのとき陽菜乃が結菜へ視線を向けていることに気がついた。一瞬だけ見えた彼女の顔は、なぜかとても不安そうだった。
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