第6話

数学のテストに打ちのめされた午前も終わった昼休憩。結菜はいつものように教室で綾音と机を囲って弁当を食べていた。


「なんか落ち着いてきたね。転校生」


 卵焼きを食べながら綾音が言う。彼女の視線は教室の後ろに向けられていた。たしかに陽菜乃の周りには朝のような人だかりはなく、今は数人の女子と一緒に昼食をとっていた。


「ミチたちのグループなら大丈夫か。あそこ、面倒見のいい子ばっかだから」

「そうだねー」


 結菜がご飯を口に運びながら頷いたとき、陽菜乃と目が合ってしまった。驚いた拍子に箸からご飯がこぼれ落ちる。結菜は「うっわ!」と慌てて立ち上がった。


「スカートについた! てか、ふりかけがヤバい!」

「何やってんの。ったく」


 綾音はため息交じりに言いながらティッシュを出すと、結菜のスカートに落ちたご飯とふりかけを綺麗に取り除いてくれた。


「洗ったばっかなのにまた汚したら、さすがのカナエさんも怒り心頭でしょ」

「いや大丈夫。汚れてない。セーフ。さすがわたし」

「誰のおかげだよ」

「綾音のおかげです。ありがとうございます」


 結菜は軽く頭を下げた。綾音は「よろしい」と頷くと再び食事に戻る。結菜も今度は落とさないようにご飯を口に運び、ちらりと教室の後ろへ視線を向けた。陽菜乃の視線はもうこちらにはなく、楽しそうにお喋りをしながら昼食を続けている。


「そんな気になる? 転校生」


 その言葉に結菜はハッと顔を綾音に向けた。彼女は冷めた表情で結菜を見つめ、そして陽菜乃へと視線を移動させた。


「たしかに綺麗だけどさぁ。そんな騒ぐほどでもなくない? 帰国子女っても、アメリカに三年くらい住んでただけらしいし」

「なんで知ってんの」

「自己紹介で言ってた」

「へえ。なんでこんな田舎に越してきたんだろね」

「それは知らないけど……」


 綾音はため息を吐いた。結菜は首を傾げる。


「なに?」

「別に。あ、ちなみに午後イチの英語も小テストだってさ」

「は?」


 結菜は思わず箸を持つ手を止めた。


「だから聞いてないってば!」

「昨日言ってたらしいよ。まあ、わたしは一限始まる前にミチから範囲教えてもらったけど」

「よし! 綾音、さっさとご飯食べて。残りの時間で覚えるから」

「無理じゃない? 結菜の記憶力じゃ」

「うるさいな。無理でもやるの! 小テストでちょっとでも点数稼いどかないと成績ヤバいんだって」

「はいはい」


 綾音は呆れた様子で頷きながら「バイト、やめればいいのに」と言った。


「成績を落とさない条件でバイトしてんでしょ? 無理じゃん。週四日以上シフト入れてて、テスト期間もバイトしてさ。春に比べて微妙にテストの順位落ちてきてるでしょ」


 結菜は口に詰め込んだものを飲み下すと「だからこれ以上落とせないんだって」と急いで弁当を片付ける。


「なんでそこまでバイトしたがるの。カナエさん、ちゃんとお小遣いだってくれてるじゃん。将来のお金だってさ、親の――」


 言いかけて綾音はハッと口をつぐんだ。


「――ごめん」


 結菜は微笑んで首を横に振る。


「いいよ。たしかにお父さんとお母さんが残してくれたお金はあるけど、それはそれ。別にわたしの為のお金ってわけじゃないし。それに、わたしは早くちゃんと自分で生きられるようになりたいんだよね。一人でちゃんと」

「……一人で、ね」


 そのとき、なぜか一瞬だけ綾音がとても悲しそうな表情をした気がした。結菜が不思議に思っていると彼女は再びため息を吐いて「時間ないから、さっさと教科書出して」と弁当箱を収めた。


「あ、うん」


 なんとなく、また綾音との距離が遠くなったような、そんな気がした。

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