第26話 理想の旅 2

「あんまり「帰りたい、帰りたい」って思っても辛くならなぁい?環境に合わせて考えを変えるのも大切なことだよ?」

「あ、そう…」

「そんな露骨に嫌がんなくてもぉ!柔軟になんなきゃ、辛いのは自分だってば」



なんだかわかったようなことを…ん?よくもまあ、モンスターが「帰れなくて辛い」なんてことを理解できたな…。



「ドオルも、船での生活が辛いの?」

「当ったり前でしょお!柔軟に対応しきれない奴等が逃げ出しただけ」



へえ、モンスターにもそんな繊細なところがあるんだ…。



「あのねぇ、いくつか「自分」っていうものを使い分けなきゃいけないよ。ミナライは「故郷に居た頃の自分」が全てなんだろうけど、「よそ行きの自分」もちゃんと持っておかなきゃ」

「外に行くだけなのに?」

「よそ行きの自分っていうのは、仕事場みたいに畏まった場所での振る舞いのことだよぉ」


「仕事でかしこまる…?」

「仕事してる時の大人くらい見たことあるでしょ?」

「ううん、みんなで手伝ってた」

「どういうこと?」

「村の近くの海でサカナを獲って暮らしてたの。ジブンはもうちょっとで船に乗せてもらえたんだよ」

「ははぁん、仕事場と生活圏が同じだったわけね」



なんだか知った顔をして、ドオルは木箱の上で、寝転ぶみたいに足を投げ出して頭の後ろで腕を組んだ。



「それじゃあわかんないかもしれないけどねぇ。大体は仕事場と生活する場所っていうのは分かれてるものなんだよ。分かれてなかったとしても、仕事場ではある程度は畏まるものなのぉ」

「かしこまるってなに?」


「そこからぁ!?なんだろ、真面目スイッチを入れるみたいなことかな」

「それってなんで?」

「仕事場では身内以外の他人を相手にするからだよ。ミナライは、友だちにすらなってない、初めて会う人と話をする時って言葉とか態度を変えたことなかったぁ?」

「そんなのしたことないよ」


「箱入りだことぉ…。そうだ、モンスターとは初対面だったんじゃないの?緊張したでしょ?」

「相手がモンスターだったからじゃない?」

「へぇ、「人間相手ならジブンは緊張しない」って?」

「そんなのわかんないよ。やったことないもん」

「想像力がないねぇ…。経験がないんじゃどうしようもないか!」



放り出したついでにおちょくられた。最悪…。



「大人がなんにもやらせてくれなかったんだから仕方ないでしょ!」

「自分から「あれやりたい!」って言ったわけぇ?」

「何回も言ったよ!でも「まだダメ」って…」

「あ、それは失礼ぃ…」



急に謝ってこないで欲しい…文句の腰が折られる。



「まぁ、ミナライが色んな「自分」を使い分けられないのも仕方ないのかもね」

「どういうわけ!?」

「馬鹿にしてるんじゃないよぉ?そういうのを習う前に、運悪く外の世界に放り出されちゃったから仕方ないってこと」

「ああ、そういう…」


「そろそろ外の世界での生活には慣れて来ただろうから、今度は心を鍛えた方がいいかもねぇ」

「でも「色んな自分」なんてわかんないよ。自分が自分じゃなくなりそうだし」

「そんなことないよぉ。…あ、なるほど。ミナライはそこが怖いんだ」


「怖いっていうかイヤだけど」

「そう、嫌なんだよ。環境が変わったら新しく「自分」を作るようになるのが当たり前の変化なんだけど、ミナライはそれが初めてだから「イヤ」って感じるんだろうねぇ」



知ったような口を、とは言い返せなくて黙る。そうか、お母さんたちから教えられてないことだからイヤだって思うのか…。


変わっていくのを、当たり前だと言い切られてどきりとした。

これまでは、変わっていくことと言うと、船長に求められるがままの「ミナライ」に成り果ててしまうことだと思ってた。そんな怖いことにはならないのか…。



「ミナライみたいに、情緒が育ちきってないような奴ってモンスターにもいるんだよぉ。環境の変化に耐えきれない奴もいれば、自分が変わらなきゃいけないって状況に嫌気が差す奴もいる。ミナライは自分がどっちの方だと思う?」

「どっちも」

「正直だねぇ!でも、この船に残りたいんでしょ?」

「ほんとはイヤだけどね」

「だったら自分の気持ちを変えていかなくちゃ。その方が楽になるよぉ」



どうだか、と疑いの目でドオルを見つめたらウインクされた。どういうこと?



「ニンゲンはその辺、柔軟に対応するのが得意って聞いたよ。そろそろ大人になっていく時期ってことなんじゃない?頑張ってねぇ」

「え?ちょっ…」



ドオルはやる気をなくしたみたいに離れていった。

村に居たとき、こういう…こっちが長らく黙ったり考えてたりしてたら急に切り上げられることが時々あった。モンスターも同じことをやってくるなんて。ドオルも大人ってことなのかな…。


生活する場所の変化に合わせて自分も変わるなんて、できそうにない。船には慣れたけど、自分で自分をまるっきり変えるなんて。


ジブンはずっと村で生活してたから、外のことは知らない。だから「村の外に出ろ」ってジジババに言われた時は凄くイヤだった。


「外の世界で、色んな街にこの村を売り込んで来い」って言われるがままに始まった旅と、今の旅だったらどっちが苦しいんだろう。

…どっちもイヤだ。村からは出たくない。


なんなんだろう、売り込め売り込めって。

漁村1つでやっていけてるんだし、別にあのままあそこで生活するだけじゃダメだったのかな。村にいた頃は二度と口利くもんかと思ったけど、今会えるなら聞き出したい。奴らの話に納得するかは別として。


世界一周の旅なんて想像したことはあっても夢のまた夢だと思ってたし、そのまま夢で終わって欲しかった。それも、ジジババの命令でやらされるなんてもってのほかだ。


外の世界での旅なんてまっぴらごめんだってぷりぷりしてた時に船長と会ったから、とにかくイヤなことが積み重なった生活を送ることになってしまったんだった。


だから、いつもいい加減なモンスターでも驚くくらいには「村に帰りたい」って気持ちが強くなったんだろう。


ドオルがヤなことを蒸し返すから本気で気分悪くなったし…ほんとうにここでの生活はイヤなことばっかりだ。改めてそう思えるくらいに、ダメダメだ。


なんでドオルとあんな話になったんだっけ?旅をするならどこが良い?みたいな話から始まったような気がするけど…。


村以外で行きたい場所って言ったら、どこだ?

お城とは答えたけど、それ以外にもあるかもしれない。せっかく大陸に来たんだし、できるなら自分の望んだ場所にも行きたい。


村に居たころは海に出たかったけど、今思えばあれはお父さんたちに着いて行きたかっただけだろう。


うーん。やっぱり、行くとしたらお城かな。なんだか楽しそうだし。

前は船長に断られたけど、何度か頼み込めば連れて行ってくれないかな?


ここにはヤな大人とかジジイどもに選ばれた仲間がいないぶん、周りに合わせなくて良い。自分の好きなように動きやすいっていうのは数少ない良いところだ。


誰の言うことも聞かなくていい。好きに旅ができるんだ。どうせ世界を探し回るなら、そのついでに気になる場所に寄ったって誰も文句は言わないだろう。


船長はあいつらと違ってジブンの言うこと聞いてくれるし、また今度お願いしてみよう。

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