ミナライの旅

燕屋ふくろう

第1話 静かな日

「なあ、ミナライよ。」

「なに?」

「今日は何が食べたい?」

「それ昨日も言わなかった?」

「む、そうだったか?いやしかし、オマエはあまり表情が変わらんな。」

「そっちはそもそも顔がないじゃんか?」

「確かにな。困ったものだ!」



船長がからからと笑う。ミナライのジブンと船長、そして十匹くらいのモンスターが乗った船が、今日も海を走る。

ミナライと呼ばれるのにも慣れてきた。モンスターと過ごすことに慣れるのはイヤなままだけど。


こんなことになったのはそう昔のことではないけれど、あまり思い出したくない。だから今日も、船長とお話したり薪を運んだりして気を紛らわさなきゃ。


船員のみんなは、見習いのくせに大した仕事をしていないことも、ジブンが人間なことにも、船長の前では口を出さないでいる。モンスターは村の大人に教わった通りイヤなヤツが多いけど、船長のそばにいたら安心だ。



「島に近づいてきたぞ!風を送れ!」



船長の掛け声で、船員が風の魔法を放った。船が進む。今日は島に辿り着くために船を出したから、やっとゴールだ。



「島なんてひさびさだね。」

「良い海域に入れたのかもな!」



本当にそうなら良いけど。まだまだ変なところにいるんじゃないかな?テキトーに下りた島にモンスターがいることはあるけれど、人がいたことはない。


だからまだ、世界のほんの少ししか旅をできてないんだろう。世界は広いって言うから、焦らなくてもいいんだろうけど…。



「この島は大丈夫そうだ。冒険に行くぞ!」



船長に合わせて、船員が腕と声を上げる。ジブンも続いた。島に下りられるのは、船長が「良い」って言った時だけだ。といっても、船の端っこから島を見るだけじゃ安全かどうかなんてわからないと思うけど。


こんなテキトーで、なんで船長なんてやれてるんだろう。このモンスターはやっぱり、変だ。




「ミナライ、行くぞ!」




船長に呼ばれて、島の方へ走る。今日は船長が、ジブンも島に来ていいって言ってくれて良かった。いくら見習いとはいえ、留守番ばかりはたいくつだし。


風が気持ちいい。わくわくする。海の上とはちがう空気をいっぱいに吸い込む。船長が勢いよく剣をかついで、隣に並んだ。



「さあ、行こう!」



そこが船じゃなくても、船長の言葉ですべてが始まる。

・ ・ ・

「まったく、ミナライ!お前はもっと見習いとしての自覚を持て!船長の後ろに下がっておればよいのだ!」

「わ、わかったよ。ごめんなさい!」



木箱に座りながら、頭を下げる。島の中でつい、船長より先に行っちゃったせいでケガをして船に戻された。はしゃぎすぎちゃったな…。もっと島にいたかった。


船に戻っても楽しいことなんて何もない。しかも手当て係がスケルトンだなんて、ついてない。スケルトンはブツブツうるさいんだもの。船長にも後で怒られるだろうな…。



「ケガをしたのは腕だけか?」

「そうだよ。」



さっき、島にいたモンスターがいきなり飛びかかってきて…「痛っ!」って声をあげたら、船長が飛んできてアイツを引っとらえた。

船長はいつも大げさだ。村にいた頃から、こんなケガなんていくつもしてたし。


…あれ?島の方から何か聞こえてくる。



「おい…?ミナライ!」

「うわ!?」



こっそり聞いていたのがバレたのか、スケルトンは大急ぎでジブンの耳をふさいできた。ホネの細い手では、ジブンの耳をふさぎきれない。それでも、スケルトンは力を込め続けてる。

ホネが重なり合う、子気味良い音がする。



「何も聞かないでいい。聞かないでくれ。なあ、頼むから…。」



ホネではふせぎきれない音が、向こうからうなってくる。なんでこんなに辛そうなんだろう。



「変な音だな…なんだろうな?」

「さあ?なんか叩いてるみたいだが。」



船番の二匹も音に気づいたみたいだけど、それが何かまではわからないみたいだ。ジブンも、この音が何なのかは知らない。前にも聞いたことがあるような気がするけれど…。


それより今は、スケルトンが大変だ。これはちょっと見習いらしくないけど、別に良いか。頭をなでてあげよう。



「大丈夫。なにも聞いてないよ。」



それを聞くと、スケルトンはぐったりとうなだれた。したっぱのジブンに頭を垂れるものじゃないと思ったけど、言わないでおく。


にぶい音は、鳴りやまない。

・ ・ ・

あの後部屋で寝てから外に出ると、船長と船員たちが戻ってきていた。



「おお、ミナライ。おはよう!」

「おはよう。」



このモンスターは今日もいつも通りに、船長としてふるまっている。みんなも、船長につられているのかもしれない。そわそわしているのを隠そうと努めているように見えるから。

変な感じだけど、こんな朝にもだんだんと慣れてきた。



「ミナライ、どうした?」

「シーンとしてるなって。」

「今日は海が穏やかだからな。波の音も僅かなものだ。」

「そうじゃなくてさ、昨日の変な音、今日はしないね?」

「変な音?」

「バシ、バシッ、みたいな。」

「わからんな。オマエたちも聞いたのか?」

「え?ああ…聞こえはしたけど。」



みんな知らないなんて、変なの。いっしょに島に下りた船員も不思議がってる。昨日がうるさかったから、今日は静かに思えるだけなのかもしれない。



思い返してみると、たまにあんな音がする時があった。昨日もそんな気がして考えてみたら、やっぱり気のせいじゃなかった。

ジブンはあの音を聞いたことがある。何なのかはまだわからない。



船長がジブンのそばにいる時は静かなことが多い気がする。昨日もそうだった。

そこまではわかっても、答えがわからない。船長が何かしてるんだろうと思って、いつも船長といっしょに島に下りる船員に聞いても話してくれたことがないから。

そのせいでいつもイライラしながら寝てる。そうして朝が来て、甲板に出れば船長がいる。



「今日もみんな元気に!全員で旅に出よう!」



まばらに返事があがった。船長は今日も変なことを言っている。ジブンはどうしても、この言葉には返事ができない。


村からはなれたままじゃ明るい気持ちにならないし、「今日も」なんて言ってるけどジブンはモンスターなんかとずっといっしょにいる気はない。


船長はこのことを知らない。「ミナライは俺といっしょにいるよな?」なんて聞いてこないで欲しい。コイツの話に、わざわざ嘘を考えてまで返事なんてしたくないもの。



「昨日はいい冒険ができたな!」

「そうだね。」



今日はじめて船を出すって時なのに、ジブンと船長以外は誰も喋らない。今日は静かなまま、変な音がしないといいな。

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