この世界は音楽と愛でできている。
@kuma_san
第1話
私、鈴懸 未琴はアイドルになりたいです。
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「お母さーん、この人達だれ?」
「この人達はね、アイドルっていうの。」
「アイドルは歌って踊って、色んな人に愛を届けるお仕事なのよ。」
ふーんと思った。
だって、愛ってなに?形もない、見ることもできない、そんな愛を届けられるならそれはきっと魔法だけだと私は思っていた。
そして私は、魔法をかけられた。
「♩〜」
その アイドル と呼ばれる彼女たちは、
たしかに愛を届けていた。
私は感じた、吸い込まれた、魅力された。
「お母さん」
「どうしたの?」
「私、アイドルになる!!!」
________________
あぁ、また見てしまった。
何度も何度も夢に出てくる
同じ場所、
同じ景色、
同じやりとり。
7歳の私はなんて無謀だったのか、
今の私なら分かる。
どれだけ歌を練習しても、
どれだけ踊りを練習しても、
どれだけ努力をしても、
夢を叶えられるのはほんのひと握りの人でしかない。私はそのひと握りに入ることができなかった、ただの音楽が好きな女の子。
「未琴、遅れるよ」
「うん分かってるから」
10年経った今、私は
ごく普通の高校に通い
ごく普通の生活をしている
ごく普通の女子高生だ。
なんの取り柄もない、
ずば抜けた何かもない、
あぁ私はただ
輝きたいだけなのに。
どれだけ青く鮮やかな空も
よどんで見えるのはきっと
もう網膜が腐っているのだろう
「おはよう、未琴」
「おはよう」
桜が舞う校門で友達と挨拶をする。
何気ない、たわいもない、私の日常。
青春を精一杯生きている、私の日常。
そんな日常に強風が吹き込んできたのは、
受験勉強がはじまる高校3年生の春のことだった。
きーんこーん かーんこーん
何百回聞いたか分からないチャイムの音を聞き、私は席を立つ。
購買のおばさんから焼きそばパンを受け取り、誰もいない屋上へと向かう。
ドアを開けると
風が吹き、私は目を瞑った。
ここは私の秘密基地。
屋上と聞くと、誰もが1度は行きたくなるだろう。しかし、幸いなことに人と群れることが大好きな生徒達は屋上という選択肢を持っていないようだった。
私は歌って踊る。
声高らかに、
どんよりとした空に向かって、
鉄格子の柵にとまる鳥に向かって、
憧れのあの子みたいに。
「らららー らら らららー らら」
あぁなんて、幸せなんだろう
あぁなんて、寂しいのだろう
どれだけ歌っても
どれだけ踊っても
誰にも届かないというのに。
音楽は愛を届ける
その言葉を信じている
でも、それでも、
きっとその愛は、他の誰でもない私への愛だ。
あぁ、いつかこの愛が誰かに届きますように
と私は願った。
その時だった。
「ねえ、私も一緒にやりたい」
その、なんとも言えない優しくて柔らかい声に反応して振り向くと、そこには女の子がひとり立っていた。
彼女は黒くて長い髪を風にのせ、
まるで吸い込まれそうな澄んだ瞳を
私に向けた。
私はその瞳に見覚えがあり、
記憶の棚をなんども開け閉めした。
「ねえ、だめ?」
私がしばらく黙っていると、
彼女はもう1度私に聞いた。
私はようやく口を開いた。
「どうして?」
不思議だった。
彼女は、美しかったから。
その瞳で世界の全てを
手に入れられるはずなのに、
どうして私に声をかけるのだろう。
「あなたが、好きだから」
「は?」
驚いて思わず怒ったような声が出た。
いや、怒っていたのかもしれない。彼女に。
「あなたの声も、踊りも、全部大好き。」
「特にその真剣で愛らしい瞳が好き。」
私は耳を疑った。特に彼女が付け足した最後の一言に。
この人は何を言っているのだろうというのが、正直な感想だったがそれを言葉にすることはできず、ただ一言。
「むり」
そう言い私は焼きそばパンをゴミ箱に投げた。彼女がどういう顔をしていたか、どんな姿勢だったか、確認しようともせず屋上を去ろうとした。そんな私を引き止めたのは、彼女の一言。
「食事はとらないと」
ため息をつき振り返る。心配と呆れが混じったその言葉に、私の足は止まった。
「いつも食べてないでしょ、昼」
「見てるから知ってる」
そう言う彼女を私はまじまじと見た。
頭のてっぺんからつま先まで。
「ストーカー?」
私はなんと言えばいいか分からなくなり、率直な疑問を彼女に投げかけた。
彼女は一瞬驚いた顔をした後、にこっと笑った。
その笑顔を見て思い出した。
私と彼女の出会いを。
この世界は音楽と愛でできている。 @kuma_san
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