第23話 こんな時だけ
「んおおっ!!」
右手を大きく引き、地面をえぐり取る様に振り上げると一拍遅れて、凄まじい衝撃波と突風が魔獣達を襲った。足場を失い空でもがくヘルハウンド達を弓の速射で射抜いていく。
キュン、キュン、キュンと軽やかな音とは裏腹に、一矢、一矢の破壊力が凄まじい。矢が直撃したヘルハウンドはポツッっと穴が開いたかと思うと、次の瞬間には爆散して塵と化し、その矢の起動線上近くにいた者たちまでもが、あまりにも高速で放たれた為に生み出された真空の刃で、バラバラに切り刻まれて地面へと降り注いだ。
「うん!!やっぱりすごいな、この子!!力が溢れて私でも持て余してるのに、それに応えられるってすごいぞ!キミ!・・・う~ん・・・それにしても、減らないな!どんだけいるんだ?こいつ等!!な、オイデ!」
「んナァ!弱えくせに数いっから、ほんっとに鬱陶しいんだナァ!」
右に、左にステップを踏みながら、ドリルのような爪でヘルハウンドの頭に風穴を開けていたオイデが辟易とした調子で答えた。
「それによォ、弱えっちぃのもだけんど、こいつらなんか変でないか?んナァ・・・やっぱ、変なんだナァ」
「うん、私も思った!とりあえず一気にやっつけちゃった方が良さそうだな!・・・こいつ等の声が街の真ん中に向かって集まってる・・・うん、みんな考えてること一緒っぽい!私が行くから、オイデは街のヒト達の助けになってやって!」
オイデはコクっと頷くと、素早く走り回りながら民家に侵入しそうな奴や、今まさに襲い掛かっている奴を片っ端から潰していった。建物が邪魔をして視界が狭いので、もっと広範囲に探そうと高く跳躍した時、眼下にあの、民家が見えた。
「んナァ、あの娘は無事に逃げられたのかナァ・・・」そんな風に思いながらちらと窓を見ると、口から臓腑をたらした奴が目に入った。
急いで飛び込んでソイツを潰て辺りをみると、ベッドの上で腹を喰われた父親が裸で倒れていた。その向こうに此方を凝視している娘の顔が見えた。
「んナァ!無事か?よかっ・・・」
死体をよけベッドに飛び乗り娘の傍へ寄ると、こぼれた笑みが落胆の色に代わった。娘もやはり、なにも身に着けていなかったのだ。恐らくこの親子はまた、今の今までヤっていたのだ。、父親の体液で満たされていた筈の腹は食い破られ、ポッカリ口を開いている。
それはまるで熟れて破裂したスイカのようであった。
・・・父親の方からかもしれない。娘の方からかもしれない。それとも、どちらからともなくかもしれない。ともかく、オイデの”娘の為”と思った忠告も、父親には届かなかった様だ。欲望をむさぼる代わりに腹を貪られたのでは笑い話にもなりはしない。
「・・・ヒトって生き物は・・・んナァ・・・メンドクサイんだナァ・・・マァ、あの世で好きなだけ目会まぐわうといいナァ。一緒に死ねたんだからナァ」
深くため息をつくと、死体をそのままにして外へ飛び出した。逃げ遅れている者を誘導しながら、出会い頭の奴らを片っ端から、力任せに潰していった。必要のない目一杯の力で爪をふるうのは、憂さ晴らしにはちょうど良かった。
そんな荒れ狂うオイデの横を、銀の風が通り過ぎる。
「あ!やっぱりオイデだ!キミも街のみんなの補助?セッちゃんは・・・街の真ん中に向かったんだね。やっぱり考える事ってみんな一緒なんだ!ルイも向かってるよ。ボクの方は避難させたよ。こっちも大丈夫みたいだし、そろそろ合流しよっか?」
リンの顔を見て少し、心が落ち着いた。
「そうだナァ、あらかた片したし、飽きちまったし、も、いっかナァ~。んじゃ、もどっか」
街の中央に温泉の噴水がある。噴水はこの街の名産”湯ノ花”が長い年月をかけて自然と形作ったものであった。街の者やここを訪れた者たちが少しずつ削り取り、自宅でもここの温泉の効能が楽しめる様になっているのだが、脇に立て看板があり
”量り売りにつき、無断持ち去り厳禁 見つけ次第罰金刑に処します 管理人 モモ ”
「・・・あの婆さん・・・しっかりしてやがるぜ・・・」ヘルハウンド達があまりに弱く、脇見するほどの余裕がルイにはあった。
そこに、あちら側、こちら側とハントをかって出た者たちが集まって来た。
命からがらの者や平然とイナシながら来る者、様々だがやはりみな、一網打尽が得策と考えていた。それなりの場数を踏んだ者たちは申し合わせなどなくとも、自然と連携が取れるようで、
そうでない者は腹を失くして呻いているか、死んでいるかのどちらかだ。ただ、集まりつつある者たちは皆、一様に違和感を覚えていた。
「おう!セリセリ!やっぱり来たか!!なぁ、なぁ~んか変じゃねぇか?」
「あぁ、私も思った!こいつ等ヤケに弱っちいし、何より纏ってる”地獄の焔”ってやつがちょろ火だな」
「だよな。あれじゃ、コメも炊けやしねぇってもんだぜ!・・・それとは別に・・・こう・・・肌がピリつくっつ~か、なんつーか・・・」
「うん・・・地面に吸い込まれちゃうような、おっかない感じが纏わりついて離れない。何だろな、これ」
オレとセリセリが違和感について話しているとちょうどハンター達も集まったようだ。
「いよぅ!!やっぱりか!ははっ、みんな考えることは一緒だな!!」
「・・・はぁはぁ・・・。何とか・・引っ張って来られた・・・後は・・はぁはぁ・・よろしく!!」
「後でさ、尻尾ちぎって換金しなきゃだね♪・・・でもさぁ、楽すぎんだよねぇ??」
「集まりきったら、周りから追い込んで、ありったけの爆破系でドカン!!だな!・・・魔力持ちは、ここにいるかい?」
それぞれが、引き連れてきたヘルハウンドを散らさぬよう少しずつ、追い込んでいった。広場が”犬”で埋まっていく。
刹那、まるでその時を見図ったかのように、赤黒い不気味な稲妻が噴水めがけて放たれ、天と地とをつないだ。
どれだけ長い年月をかけた物でも、壊れるのは一瞬だ。見事にせせり上がった硫黄の塔も見るも無残に粉々に砕け散った。
「ははぁ~っっ!!ざまあ見やがれ!!俺は犬より猫派なんだ!いい気味だぜ!粉微塵か?・・・しかし、スゲェな!!誰かの魔法かい?オレと組もうぜ?」
・・・誰でもねぇよ・・・なんだ?この馬鹿は・・・感じねぇのかよ・・この寒気と、生皮剝がされているかのようなビリビリする嫌な魔力・・・・
「グオオオオオオッ!!」
地を揺るがす咆哮と共に、赤黒い稲妻はバチバチと放電を繰り返しながら巨大な魔獣を形作っていった。あれは・・・双頭の犬?まさか、地獄の番犬と恐れられているケルベロスか!?
冗談じゃねぇ!!あいつはSSクラス48人パーティーでやっと、ってヤツだぜ?しかも、デカい!!ケルベロスと共に現れた大人ぐらいの大きさのワイバーンが、まるで蠅のように見えるって位だ!
集まった者たちは蠟人形の様な顔色になっていた。そりゃあ、そうだ。「こんな奴は伝説で、一生自分たちには関わり合いがない」皆、そう思っていたに違いない。オレも含めてな。
「グルルゥ」低く唸り、一歩、右足を前に踏み出した。赤黒い稲妻が地面を走る。一同我に返り後ろへ飛び退くが、逃げ遅れた猫派の奴が稲妻に吞まれ一瞬で炭化し、地面に落ちて二つに割れた。
ソイツには目もくれずヘルハウンドの群れに頭を突っ込むと、一度に十数匹を咥え咀嚼もせずに呑み込んだ。
ヘルハウンド達は、耳を垂れ下げて怯えの姿勢を取りつつ隙を窺い、また数匹が喰われている間に一斉に逃げ出した。
「こいつ等!街を襲いに来たんじゃねぇな!?アイツから逃げて来たんだ!!きっとケルベロスの野郎はあいつ等の巣か何かを見つけてそれを襲ってやがったんだ!」
やっと口が開いた誰かが叫んだ。
・・・くそ!!そういうことか!アイツらも必死になって逃げてる最中だったから”地獄の焔”も灯って無かったんだな!
だとしたら、なんてこった!オレ達ぁワザワザ餌を集めてアイツのレストランを作っちまったんだ!さらに悪いことに餌はみんな逃げちまった・・・残るディナーは・・・オレ達じゃねぇかよ!!
大失態もいいとこだぜ!くそ!二人喰われた!!・・また!!
畜生、こんな大都市でもない街のギルドは業務窓口しかもってねぇから、当然、兵器や人員も望めやしねぇ・・・。残っている奴らで何とかするしかねぇのか・・・?
ケルベロスを警戒しつつ戦力になりそうな奴を目で探していると、リンが戻って来た。
「なぁ・・・あいつ!!竜飼いじゃねぇか!?」「・・・ほんとだ!竜を連れていやがる!!」「竜飼いは無敵と聞く、なんとかなるやも」
「うおぉぉ!竜飼いだ!!俺達、助かるぞ!!」「ここはアイツに任せてオレ達は逃げようぜ!!」「それがいいわね。がんばって!!竜飼いのヒト!!」
「俺に付け!!」
「ふざけんな!竜飼いだと!?居るんなら何でオレのパートナーを助けてくれなかったんだ!!」
オレとリンを見つけるや否や、張り詰めていた空気が一気に負の方へ向かい流れていく。
「ちょっと!!何勝手な事ばっか言ってんの?こんな時だけ竜飼い、竜飼いって!!みんなで何とかしようって思わないの?それになんだよ、無敵って!!誰が言ったのさ!!普通に”ヒト”なんだよ?あんな奴相手にしたら死んじゃうに決まってるじゃん!!ボクは死なないけど、ルイ以外の言う事なんか聞かないもん!特に腰抜けの言う事なんかはね!!」
「無駄だ、リン!もうよせ。そいつ等に何を言っても駄目だ・・・戦意が全く無くなっていやがる。それよか、コイツ何かやらかす気・・・だ!!」
双頭をクッと少し上げ息を吸い込んだように見えたその瞬間、オレとリンはヤツの足元を全速力ですり抜けた。”嫌な予感”ってやつだ。途中、オレの鞘に放電が当たって消し炭と化したが、それだけで済んだ。
背後に回ることが出来たのも束の間、一旦、そこいら中の大気が奴に向かって集まったかと思うと、背後で大規模な爆発が起き、オレは地面に強く叩きつけられた。
「セリ!!」
振り向いたオレは唖然とするより他に無かった。街の右半分は凍りつき、左半分は燃えさかる火の海に呑まれていた。ヤツの足元が大きくえぐれている。さっきのは水蒸気爆発か!?
・・・きっと、多くの死人が出た事だろう。只でさえコイツの気配に当てられて背中が痛ぇってのに、さらにも増してアザが広がってきているのでソレと判る。
悲観にくれる間もなく、まるで地べたを這う虫でも潰すかの様な、何の感情も伴わない一撃がオレを襲ってきた。
「つっ!」危なかった!少しでも反応が遅れれば、いくら護符で能力の上がっている身体でも避けられなかったに違いない。
しかし、転がり逃げた先の地盤が崩れ落ち、吸い込まれるようにしてオレは奈落の底に落ちてしまった・・・。
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