第9話 知らない間に先輩から好意を持たれていた件

「どうした? 固まって」


 そりゃ固まるだろ。如月から勉強以外の誘いってあり得ないだろ。いや、でも待てよ。前に蒼羽と買い物に行っているしそうでもないのか。


「えっとだな……構わないけど、どこに?」


「夢咲から教えてもらったアイスクリームショップ」


「え?」


 一瞬脳が停止した。


「だから……アイスだって。さっきから本当どうした?」


 俺と如月と二人で⁉︎ もうそれって完全に放課後デーーいや、それは考えすぎだ。


「き、如月がそういうの言う珍しいなって……」


「……? あ、もしかして私勉強にしか興味のない堅物女だと思ってたりする?」


「そうじゃないけど……」


 そうですけど。


「確かに、最近テスト勉強とか受験の事で頭一杯になっていたけど、息抜きは必要だよ。私も人間だから」


 今まで如月に抱いていた認識は歪んでいたということになるらしい。そりゃそうだよな。如月も人間で今をときめく女子高生。他の女子が遊んでいるところを見て何も思わないわけがない。俺が間違っていた。


「けど夏休みも勉強って」


「度を越した遊びはだめというだけ。説明不足だった」


「あ、そうだったんだ」


 というかあの時は俺の安易な発言のせいで少し不機嫌気味だったしああ言ってしまっただけかもしれない。


「それに、今からするのは決起会のようなもの」


「決起会?」


「高橋は私を超えるんでしょ。私は藤原を超える。そしたら今度は高橋が藤原を超えないといけなくなるけど。……ま、その為のね」


 点数の上限がある以上、藤原は超えられないけど確かに俺達二人は共通して点数を伸ばすという目的がある。だから、決起会か。


「分かった。じゃあ行こう」


 その夢咲に教えてもらったショップに行った。


「イチゴ、レモン、チョコミントのトリプルで」


 信号機かよと思わず突っ込んでしまうセレクトを彼女はしていた。というかそれ混ざると味おかしくならないか?


「高橋は?」


「どうしよ……俺普段こういうところ来ないしな……期間限定のはじけるソーダフレーバーにしようかな」


 ちょっと子どもっぽいか。けど、人間というのは期間限定に弱いものだ。


「初めて来たなら定番が良いと思うけど、別に良いか」


 それもそうだな。


「カップル割がありますが会計は別々ですか?」


 カップル割⁉︎ そういや、この手のイベントはありがちだな。すっかり忘れていたよ。俺にもこの時が来たんだな。


 こういう時、大抵お互いどぎまぎするものだが、というか俺はそうなっているのだが、彼女はどう出る。


「じゃあ、カップル割で」


 この強心臓がよ! 一切動揺していないんだけど、どうなっているんだ。


「お、俺が出すよ」


「……? もう決済済ませてるけど」


 焦って財布を取り出したが時すでに遅し。彼女の付けているスマートウォッチで決済しているのであった。


 立つ瀬がない。一応、俺男なんだけどな。


 商品を受け取って席に座る。


「カップル割って……何も感じなかったのかよ」


「別に。安くなるならそれに越した事はない」


 うーん、この脈なし発言。辛いぜ。


「現実的というか合理的というか」


「そうね」


「けど、本当に良いのかよ俺の分出してもらって。本当なら俺が払うべきなのに」


「べき? 何故? 私が誘ったのだから私が払うのは当然のこと」


 それもそうかもしれないけど、良いところが見せられなかったな。


「ぬぅ……」


「溶けるから早く食べましょう」


「わ、分かったよ」


 正直、色々考えすぎていて味が分からなかった。ただ冷たい感触が俺の舌を襲う。


「ん、美味しかった」


 でもこうして彼女が満足そうにしているなら、それで良いのかもしれない。


「如月はどの味が好きなんだ? トリプルにしてたけど」


「抹茶」


 今日選んだやつのどれでもない答えだった。


「抹茶? でも今日抹茶選んでないよな」


「偶には別の味を食べたくなる。高橋もそういう時あるものでしょ」


「それはまあそうだが」


 普段食べない未開拓のものを食べたくなる気持ちはある。でもトリプルで自分の好きなものを選択しないのも結構珍しいと思うけどな。一つはいつもの好きな味を残しておくとか、俺だったらそうするかも。


「ここのはどれ食べても美味しいし、夢咲ってこういうところのセンスは良いよね」


 “は”ってのいうは少し引っ掛かるけど、彼女からしたらそう見えてしまうのか。


「まあな」


「明日謝らないとね。今日は言いすぎたから」


「あーうん……あいつギャルも勉強も両方頑張るって言ってるからさ。ちゃんと言えば分かってくれるよ」


「そうだね。……ありがとう高橋」


「え?」


 何で感謝されたのか分からなかった。俺何かそんなこと言ったっけ。やべえ、自分の発言何言ったか覚えていない。


「ん、いや何でもない」


 またはぐらかされた。相も変わらずその仮面をつけた顔はその真意を読み取ることができない。


「そっか」


 いつか彼女が笑っている姿を見られる日は来るのだろうか。今の彼女を見るに氷どころか鋼のように表情が変わらない。


「それじゃ帰りましょう。家族が心配するから」


「あ、ああそうだな。門限とかあるのか?」


「別にないけど。けど、私たちは高校生だから」


 それもそうだな。最近遅く帰ることが多かったから感覚が麻痺していた。


「立場上の話か。分かった」


 彼女は頷く。


「また、明日。それと、これから一緒に頑張りましょう」


 一緒に、か。今まで細糸のような繋がりでしかなかったが、これからは本格的な繋がりを持てそうだ。ただし、勉強という点は変わりはない。それでも、前進した。これはきっと今回の期末に向けて努力したからだ。このまま進めばいつか。


「ああ、一緒にな」


 彼女は帰路に着く。俺もまた同様に帰ることにした。




「この前とは別の女の匂い。二つ混ざってる」


 帰ると郁にまた匂いのことで指摘される。おかしいな、別に密着したわけではないのに何でここまで嗅ぎ分けられるんだ。


「そんなに匂いが嫌なら俺がいる時は鼻摘めばいいのに」


「うっさい!」


 妹は怒って二階へ上がってしまった。うーむ、今のは少しデリカシーに欠けたか? いやでもな。家族だし。


 今日は早く親が帰ってきたので夕食は親に作ってもらうことにした。




 梅雨が明けた。例年より少し早い程度とのことだ。一学期ももう一週間と少しだ。


 ここ最近で変わったことが色々ある。まず、東雲は放課後になるとすぐに姿を消していた。今まで割と残りがちだったが、急にそうなった。理由は分からない。テスト返し後に何かあったとしか考えられない。


 次に夢咲は生徒会室に入り浸るようになった。いよいよ彼氏いる体を捨てて藤原に付きっきりだ。どうやら生徒会がハーレムパーティであることに不満を抱いているようだ。ただ、俺はともかく他の奴らがそれを見たらどう思うのだろうか。


 颯人は相変わらずだった。くだらない会話を持ち込むか、惚気話しかない。そっちは良いよな、変わる必要がなくてさ。


 そして何より変わったのは俺の周りの環境だ。放課後になると時雨先輩が来た。


「思い出を作りにきたよ」


「また急に……」


 確かに、この前最後にはさせない的なニュアンスで言ったけど、早速来るとは思わなかった。


「生徒会は彼らに任せて、私は君とどこかに行きたいなあ」


 また勘違いさせるような事を平気で言う。困った先輩だ。


「今からっすか? 今からだとどこだろう」


 割と最近色々行っていたから別の場所がないか考えていると如月が割り込んできた。


「だめ。私と勉強」


「おやおや……? 約束をしていたのか」


「え、いや別に約束ってわけじゃ」


 あれ、もしかして今俺を巡って争いが起きそうになっている?


 そんなわけない。俺はそういう存在じゃないのだから。なりたいけどなれない存在なんだから、これは違うんだ。そういう感情を抜きに考えないと。


「そうね、別に今日約束していたわけじゃない。けど、一緒に勉強して高みを目指すという約束はした」


「なるほど。私には思い出作りに協力してくれるらしいけど……さて、君はどっちを取るかな?」


 いや、これは勘違いなんかじゃない。選択の時が迫られている。如月を選んで勉強をするか、時雨先輩を選んで遊ぶか。


 あの時感じた天秤が今目の前にある。二人の見た目も似ているから余計にややこしい。


 俺はどうしたら良い。何か、何か良い方法は無いのか。


「ん〜? どうする? ってそういえばあなたよく見ると私に似ているね。他人の空似というものかしら」


「確かに、そう。似ている。けどそれが何?」


 如月は少し目を細め先輩を見て口角を下げる。やっぱり相性悪そうだな。


「性格は全然違うようね。……で、どうする、後輩くん」


 一方、先輩は割とお構いなしのようだった。


 今叶うなら二つに体が分身してほしい。


 遊びたいという気持ちと如月と一緒にいたいという気持ちがせめぎ合っている。


 こんなイベントは人生で初めてだ。二人の美少女が俺と行動する権利を求めて火花を散らしている。こんな贅沢な悩みがあっていいのか。


 どうすれば良いのか分からない。そんな時、ふと頭の中にいる藤原が話しかけてきた。


『なら、二人と行動すれば良い』


 無茶を言う。だが、実際にあいつなら言いそうだ。全てやり遂げる。あいつはそう言った。あいつだからできる、とか考えてしまう。けど、俺だからできないというわけでもない。


 二兎追うものは一兎をも得ず、かもしれない。それでもどちらか一方を無碍にして心象を悪くするには俺には耐えられない。


 確かに、先輩に対してはその気持ちはないがそれとは話が別だ。


「黙っていても分からない。どうする?」


 如月が催促してきた。


 答えは、決まった。


「じゃあ皆で勉強しよう。そのあとどこかへ行こう。それなら、良いだろ?」


「……そう来たか」


「別に、良いけど」


 先輩は少し残念そうにしていたが如月は問題なさそうだった。如月からすれば一緒に勉強さえできれば良さそうだからか。


「この前使った空き教室に行きましょう。最近図書館はちょっと利用しにくくてね」


「何かあったんです?」


「それは……言えないかな。気になるならまた今度見に行ったらどうかな」


「そうですか」


 明日辺りにでも見に行ってみるか。図書館に行きたくなくなる事態なんて何が起きているのだろう。


 空き教室に行き、例の場所に座る。


 そして二人が前と隣に座る。


 ふとそこで如月がまたリボンを付けているのに気付く。今日はハーフアップなのか。ポニテもハーフアップもどちらも良いな。どっちも良い。


「如月、髪型……」


「ん、似ていると言われたので間違われないようにしただけ。気にしないで」


 髪型の事を言うと気にするなと言われてしまった。おかしいな、ラブコメ、というか恋愛術においてはこういった小さい変化を拾えば好感度が上がるのではないのか⁉︎ 如月は全く感情を抱いていなさそうだしやっぱり俺がしたところで効果はないんだな。


「あら、私も髪型を変えた方が良かったかな」


「だめ」


 だめって。時々如月が言っている気がするけど今のは何か少し子どもっぽかったな。いや俺たち皆子どもだけどさ。何というか小学生みたいな、そういうの。


「……ふーん?」


「あなたはあなたのままでいれば良い。元会長」


「も、元会長……他に言い方はなかったのかな」


 元を付けられると先輩も困り顔をしてしまう。


「……? あなたの名前知らないから。元会長だということくらいしか」


 そういやあの時俺には名前を言ったけど後から来た如月には元生徒会長という情報しか与えていなかったな。


「そういうこと……私は縁時雨と言います」


「なら、縁先輩か」


「その縁っていうのはやめてほしいかな。名前で呼んでほしいのだけど」


 やはり先輩は名字に対してあまりよく思っていない。一体どういう理由があるのだろうか。


「お断りします。名前で呼ぶほど親しくない」


 その気持ちは分かる。正直、俺も時雨先輩と颯人以外は皆名字呼びだ。颯人はともかく、先輩に関しては名字呼びをやめてほしいということで名前で呼んでるが、基本親しくない限り名前呼びはしたくない。


 それにしても如月が名前で呼ぶ人はいないよな。俺含めて全員名字呼びだ。もしかしたら前の高校や中学の時にはいたかもしれないけど、いつか如月が名前で呼ぶ人は現れるのだろうか。


「……なら、譲歩して先輩とだけで良いわ」


「そうさせてもらいます先輩」


 これで丸く収まってくれれば良いけど。本当、馬が合わないなこの人達。俺の選択は過ちだったのだろうか。


「と、とりあえず二人とも。勉強しようよ」


 元はと言えば俺が撒いた種だ。俺が回収しないと。勉強が始まれば如月は静かになる。これでやり過ごそう。


「……そうね。時間を割いている場合ではなかった」


 良し、如月は釣れた。


「仕方ないね」


 先輩も渋々付き合ってくれた。これでどうにかなるだろうか。


 勉強してしばらくしていると先輩の秀才ぶりを発揮し、如月に見せつける。


「今日解いたものは全問正解……会長を務めていただけはあるか」


 これで如月も見直してくれただろうか。


 ところで会長という役職なのだが、現会長を見る限り別に会長だからって頭良いわけではないぞ。


「これでも学年一位だからね」


「一位……一位? そう」


 一位と聞いた瞬間如月の目付きが変わった。これはやばい方向に進むんじゃないか。またライバル視して面倒なことにならないといいけど。


「彼に負けていられないからね」


「彼?」


 言うまでもないが藤原のことだ。


「藤原龍司。あなた達と同じクラスの子よ。私も彼のことは良く知っているから」


 そりゃ生徒会で一緒ならば知っているだろうな。


 ん? いや待てよ。今気付いた。基本的に時雨先輩はそこまで生徒会に顔を出していないはずだ。確かに藤原は目立つけどその才能を知る人はそこまでいない。良くあるフィクションの世界のように学年トップが掲示されているわけではない。彼女が会長を務めていた頃は藤原は生徒会にいなかったはず。これだけ見ればほとんど繋がりはない。だというのに俺が言ったわけでもないのに毎回満点を取っていることを知っている。ならば、他に何か繋がりがあるはずだ。


「藤原か……なるほど」


 藤原の名前を聞いた瞬間、如月の目が元に戻った。


「それなら、良い。利害が一致した」


「良く分からないけどようやく和解ってことでいいかな?」


「ええ、藤原を倒しましょう」


 だから引き分けにしかならないんだって。と言いたいが突っ込むのは野暮だ。ところで、俺置いてけぼりを食らっていませんか。


 何にせよ、二人が少しだけ仲良くなれたみたいなのは良かった。きっかけが藤原なのが複雑だけど。やっぱりあいつが中心になっていやがる。この場にいなくとも、あいつの存在がでかすぎる。日に日にそれが増しているのを感じさせる。


「良い? この問題の解き方はーー」


 にしても美少女二人から勉強を教わるというのは今後の人生で一生ないのだろうな。俺が一番勉強が出来ないから必然的に二人から教えてもらう形になる。贅沢の極みかよ。今まで望んでも手に入らなかったというのに、急にどうしたのだろうか。流石にこの状況で自分のことをモブとは言えない。これはもはや主人公気分を味わっていると言っても過言ではないだろうか。と言いたいところだが所詮はあいつのおこぼれを与っているだけに過ぎないのだろうな。


「高橋この問題分かる?」


「ん? ああ、これはーー」


 時々如月が分からない問題が出てくる。俺も分からなければ先輩に聞くが、とりあえず先に俺に頼ってくれるのは嬉しい。


「……今日はここまで」


「お疲れ様。二人とも中々どうして勉強ができるじゃないか」


「誰かさんのおかげでね」


 ちらりと如月の方を見た。


「私?」


「そんなところだ」


「そう……」


「……なるほど。それじゃ、次へ行こうか」


 これで如月の望んだことを叶えられた。次は先輩の番だ。


「どこに行くんです?」


「そりゃ、うら若き女子高生が行くところと言ったら」


 女子高生はうら若きという言葉なんてそう使わないと思いますがね。


「言ったら?」


 着いた先はゲーセンだった。


「ゲーセン?」


「時間があんまりないからちゃっちゃと行くよ二人とも」


「悪いな如月。付き合わせて」


「別に、良い。この前はあなたが付き合ってくれた」


 そりゃ如月のお願いならば付いていくに決まっているだろう。


「二人の世界に入っていないで来てほしいなー」


 先輩は少し不機嫌そうに頬を膨らませる。


「いきますいきます」


 ゲーセンの中を歩くと、ゲームを無視して奥に進んでいく。その先に男性禁止エリアが見えてきた。


「え、ここすか?」


「そう」


「男性禁止って書いてありますけど」


「カップルなら男でも入っても良いと書いてある。行こう」


 禁断のエリア、プリクラへと足を運ぶことになった。まさか彼女のやりたかったことがプリクラとは。意外と子どもなのかもしれないな。


「プリクラの進化は凄いんだよ。毎年何かしら改良を重ねてきている。画質や盛れるだけじゃない。AIの活用やデータとして貰えるから後で変えることも出来る」


 先輩は語り出した。確かに、プリクラって盛りたいのと色々書き込みたいことはあるけど時間制限が結構厳しいイメージがある。それだからこそリアルさを感じて良いっていうのはあるかもしれないけど、後で編集できるようになっているのは良いことだな。


「プリクラ好きなんです?」


「どちらかというと機能がね。今の時代、スマホでいくらでも盛ろうとすれば盛れる。それでもこうして稼働している現実があって、やっぱり惹かれるものはあるんだと思うよ」


「なるほど。ちなみに過去には?」


「ないよ。一度も。一人で来て撮っても面白くないでしょ」


 そりゃ確かにそうだな。一人でプリ撮っている奴なんて見たことない。


 そもそも俺も撮ったことないし、男だから一人では入れないんですけどね。


「そっか、そっすよね。……如月は?」


 念の為如月に聞く。勿論ないんだろうけど。


「ない。……そもそも必要なの?」


 清々しいまでに予想通りの返答が返ってきた。


「今はそう思うかもしれない。けど、大人になってふとその写真を見返したら、ああこういう時代もあったなって思えるじゃない。……思い出というのはそういうものなの」


 こうして聞くと先輩が作りたがっていた思い出の目的と合致している。まさにこれだと言わざるを得ない。


「そ……別に良いけど」


「それじゃ、行きましょう」


 ブースに入り、お金を入れて各選択画面を選んでいった。


「ちょ、何勝手にカップルコース選んでるんすか」


「えー? 良いじゃん別に。減るものじゃないでしょ」


 精神すり減りそうなんですが大丈夫ですかね。


 案の定、抱き合うとかそういうポーズの指定が出てきた。


「無理無理無理無理」


「馬鹿馬鹿しい……」


「ふふっ、面白いね」


 もしかしてあえてカップルコースにすることで俺の反応を見て楽しんでいるのだろうか。だとしたら先輩って見た目に反して結構やんちゃだよな。


「き、キス⁉︎」


 次のポーズの指定はキスだ。


 噂はかねがね、というか散々ラブコメで見たけどやっぱりキス指定とかあるのかよ。いくら周りから見えないからってこんな外でキスって本当にやって良いものなのか。というかそのデータ外に漏れる可能性あるんですけど、世の中のカップルはお構いなしなんですか⁉︎


「刺激的だねー」


 先輩はただ楽しんでいる。


「……はあ」


 如月は呆れていた。良かった、とりあえず適当なポーズ作ろう。


 と思っていたら突然俺の顔を掴まれ、先輩の方へ引き寄せられる。


「なっ……」


 それと同時にシャッターを切るカウントダウンが始まる。


 顔が近い。あ、先輩って下まつ毛長いんだ、って違う。そういう問題じゃない。え、なんで急に⁉︎ 俺ここでファーストキスなの⁉︎


「2! 1!」


 0となる瞬間、先輩はニコッと笑って俺の顔をカメラ目線にさせた。そしてシャッターが切られる。


「な、なんだったんだ今のは……」


 めちゃくちゃドキドキした……好きという感情はなかったけどこんなのされたら男なら誰だって好きになってしまう。如月助けてくれ〜!


「さあお待ちかねの落書きタイムだよ」


 先輩は俺から逃げるように外に出てしまった。その顔は少しだけ赤みを帯びていたような気がする。


 えっと、勘違いでないのであれば今のはもしかして日和ったということなのだろうか。それとも面白半分でやったのか。


 分からなさすぎる。俺こんなに他人が何を考えているか分からない人間だったのか。


「……」


 如月が不機嫌そうにしながらブースから出た。相変わらず感情が読めなくて辛い。


「で、どう書こうか」


「この関係性が良く分からんのでなんとも……」


 気付いたら俺は落書きブースの真ん中にいた。二人ともそれぞれ違う良い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


「ただの先輩と後輩でしょ」


 それはそうなんだけど、俺と如月はどうなのだろうか。それを聞いてみた。


「クラスメイト」


 そりゃそうだよな。友達ですらなかった。


「それはちょっと書くには味気なさすぎるんじゃない?」


「そんなプリ見たことないっすね……」


「というか書く必要あるの?」


「これが醍醐味なんだから書こうよ」


「でもなあ……」


 悩んでいるともう時間がないことに気付く。後で編集できるとはいえこの今というタイミングだからこそ書けるものがあるだろう。けど、なんでもない関係性の俺達に何か書けるものはあるのだろうか。


 すると先輩がペンを取り、書き始めた。


「ゑ……⁉︎」


 画面の上部には『両手に花』、俺の付近には『俺のもの』と書かれている。


「ちょ、これはないっすよ!」


 急いで消しゴム機能で消す。


 確かにプリらしいっちゃらしい文章だが羞恥心で耐えられない。


「そう? 良いと思ったんだけどな。プリなんてこんなものでしょ」


「はぁ……」


 如月は溜息を吐き、勝手にすれば? と言う。肝座りすぎだろ。


 結局、時間となって何も書けずに終わった。


「後でデータ送るから好きなように編集してね」


「えぇ……わかりました」


 思い出作り、中々難しいな。こんなので本当に貢献できているのだろうか。


「後はちょこっとこの中をぶらついて帰りましょうか」


「そっすね」


「……私はこれで帰らせてもらう」


「そうか、残念だな。ではまた生徒会で会おう」


「それでは」


 如月は会釈し、帰っていった。無理に付き合ってもらったし悪かったと思っている。


 その後はクレーンゲームで先輩が欲しがっているぬいぐるみを取ったりして高校生らしいことをしていた。


「いやー満足した。帰ろうか」


「あ、はい」


 帰ろうと出入口に向かうと自動ドアが開いた。そこには見覚えのある金髪ピンクインナーの子がいる。


「夢咲……?」


「あれ、高橋じゃん。珍しいねこんなとこで。どした? って元会長じゃん」


「だから元……って、あなたも確か生徒会ではすれ違っていたかな」


 改めて先輩は夢咲に自己紹介した。


「そっか、じゃ時雨先輩か〜よろしく!」


 如月よりは素直で助かった。が、歳上とか関係なさそうだな。変にあだ名をつけるよりはマシか。


「うん、よろしくね」


 先輩も別にあまり気にしていなさそうだ。いや、むしろこっちの方が良いのかもしれない。俺が勝手に線を引いているだけだ。


「ところで、二人はここで何を?」


「まあ、色々と」


「プリ撮ったりこれ取ったりしてもらってたよ」


「マジ⁉︎ 高橋あんたいつの間にそんな関係に……」


 ああ、傍から見るとこれ完全にカップルだこれ。冷静になって考えると俺かなり凄いことをしているのではないか。けど、そんなんじゃねえから。


「いや別にそんな関係じゃないよ」


 そう言うと先輩は俺の脇腹を抓ってきた。


「いっ⁉︎ え、何⁉︎」


「ふーん? ま、そういうことにしてあげる」


 何か誤解されている気がする。というか何で抓ったの。今の発言ダメだった? もしかしなくても先輩って俺のこと好きなのか。あの発言でこんな行動をしてくるってことはそうとしか思えない。


 けど、前にも言った通り俺が先輩から好かれる理由がないんだ。だから確信が持てない。


 これで本当に好きだというのなら、それはあまりにも都合が良すぎる。


 それに俺が好きなのは如月だけだ。それは変わらない。何とか、ここは上手く躱そう。


「先輩の高校時代の思い出作りを手伝っているんだ。さっきまで如月もいたしな」


「へぇ……へ? みぃんちゃが? え?」


 ここで如月が出てきたことに困惑している。夢咲も如月のことを勉強一筋だと思っている節があるんだろうな。


「ほら」


 無加工のプリを見せる。


「わ、マジだ…‥てか何? あんた本当何やってんの?」


「え?」


「女子二人連れ出すなんて中々のことしてるじゃん」


 確かに客観的に見て普通の男一人に対して美少女二人で行動していたんだよな。俺がそれを見たら殺意湧くし、そんなんじゃないとはいえ人生でまず味わうのことない体験だ。


「色々複雑に絡み合ってだな」


「ふーん。ま、いいか」


 なんだよその反応。


「つか夢咲はなんでゲーセンに」


「気分転換。龍司忙しそうだし。あ、そうだ。先輩が持ってるぬいぐるみってどっちが取ったの?」


「俺だけど」


「結構お金使わせちゃったけどね」


 千円以上飛びましたよ。


「じゃ、あたしにも取ってよ」


 急にギャル特有の無理強いが出てきた。仕方ない、取ってやるか。コツは掴んだしな。


「分かったよ」


「やたっ! じゃいこいこ」


 なんでそこは無邪気なんだよ。情緒どうなってんだ。単に俺が都合良いからか。


 というか、また女子二人連れている図になっているんですがそれは良いんですかね。


「すみません先輩」


「ん、良いんだよ。これも思い出思い出。私ばかりが貰うことじゃないから」


「そすか」


「そすよ」


 ニコッと目を閉じてニッと口角を上げている。これが美少女の笑顔か。そんじょそこらの男子がこれやられたら死ぬぞ。


「いちゃついてないで早く早く!」


「いちゃついてねえよ」


「いちゃついても良いんだよー」


 この人どこまで本気なんだ。


「冗談ですよね?」


「どうだろー」


 またはぐらかされてしまった。とはいえ、はっきりとは言ってないがこの言い方と余裕の表情からして冗談なんだろうな。


 目的のぬいぐるみの台まで来た。


「ちょっと待ってな」


 男、魅せますか。


ーー五分後。


「ぐおおお、んだよそれ……!」


 後少しのところで落ちない。コツを掴んだとはなんだったのか。もう何回目だこれ。というかさっきよりアーム弱くなってないか。


 ああ、これはきっと調子乗った罰なのか。今までが良すぎたんだ。所詮俺はあいつらみたいに主人公にはなれないただの普通の男子高校生。夢を見ていたんだ。


「ねぇ、大丈夫なの?」


「後少しなんだ」


 正直、もうお金がない。別に好きでもない相手にここまでお金を出す義理なんてない。


 だからもうやめよう。このぬいぐるみは取れなかったんだ。


 と、これまでの俺だったらそうしていたかもしれない。でも今なら分かる。男として最低だなって。あれだけ期待させておいて取れなかったなんて恥ずかしいというよりふざけるなという気持ちの方が大きい。


 ここでやめたらそれこそ意味がなくなる。


 だからやめない。必ず取る。


 一度沼にハマると取れなくなる。ここは一度店員を呼んで元の位置に戻してもらおう。


「すみません、あの台のやつ初期位置にしてもらっていいですか」


 対応してもらい、これでリスタートだ。


 落ち着いて取ろう。ムキになるとダメだ。


 残金僅かというところで何とか取ることができた。


「ほら」


 夢咲に渡すと彼女の顔色は明るくなった。


「ありがと。お金、使わせちゃった」


「別に良いよ……俺が続けただけだから」


 これで良かったと思う。夢咲に不機嫌な顔になってもらいたくない。


「大切にするよ」


 正直、大切にするなんて言われるとは思わなかった。夢咲の性格、やっぱり所謂ギャルとは少し違う。


「お疲れ様」


 先輩が労ってくれる。


「あはは……上手くできませんでした」


「回数の問題じゃないよ。問題は取れたかどうかだ。途中でやめたらきっと彼女は悲しんだだろうね。あるいはダサいって思うか」


 やはり、やめなかったのは正解だったんだ。


「確かに、先の見えない状況でお金を注ぎ込むのもどうかと思うけど、それでも諦めなかった君は少し良かったよ。私は少なくとも上手く取れなくてダサい、なんて思わないかな」


「あたしもそう。別に格好つけたって高橋は高橋だし、回数次第でどうこう思わないから。だからありがとね」


 その言葉で俺は救われた。取って良かった。


 いつか今の流れが巡り巡って俺に返ってくることを願うよ。


「どういたしまして。……とりあえず、俺もうすかんぴんだから今日は帰ることにするよ」


「あー、うん、ごめん。じゃ、また明日ね」


「ああ、悪いな夢咲。この後も楽しんでくれ」


 夢咲と別れを告げ、先輩にも今日はここまでだということを伝える。


「そうだね。今日はこのくらいにしておこうか」


 と、その前に一つ確認したいことを思い出した。


「先輩、帰る前にちょっと公園寄っていきませんか」


「ん? 良いよ」


 近くの公園のベンチに座る。


「聞きたいことがあって」


「何だい改まって」


「その……」


 これが勘違いだということを改めておく必要がある。


「俺の事す……好きなんすか?」


 本来ならば聞くべきではないのだろう。これまでの関係を破壊する発言。デリカシーのない自惚れ野郎。それでも、俺はこの曖昧な状態にしておきたくない。俺はどこかのラブコメ主人公と違って有耶無耶にしたくないんだ。


 ここ最近先輩の行動ははっきり言って俺といる事が多い。その中でもとりわけ、俺に迫る行為が見られる。これで好きじゃなかったらなんだと言うのだ。


 先輩は意表を突かれたように目を丸くして沈黙した。そして瞬きを何度かして目を下にそらしてこう言った。


「……そうだと言ったら?」


 この対応は面倒くさいパターンだ。どうとでも取れる。半分肯定半分否定。俺の出方次第というわけだ。


「……俺には好きな人がいます。だから仮に先輩が俺のこと好きだとしても、それは……受け入れられない。そう返します」


 もう心に決めたことだ。ここで揺らいだらクズになってしまう。この国の法律が変わらない限り俺の考えも変わらない。


「そっか。なんでそう思ったかは分からないけど、勘違いさせてたらごめんね」


 目の向きは変わらない。きっと、これは嘘なんだろうな。諦める為の嘘。


 聞かなきゃ良かったとは思わない。けど、どちらも辛い状況になってしまった。それでも前に進まないと。なあなあにしたら俺も先輩も未来が良くなるとは思えない。


 とはいえ、半分先輩に告らせる状態にしてしまったのは最低だ。その辺りはまだ俺も全然ダメな奴だ。


「やっぱり勘違いでしたか、はは……」


 取り繕おうと苦笑いをする。が、向こうも薄々気付いてはいるのだろう。


「なんかごめんね〜」


「いえ、何かすいません、調子に乗って」


 謝るのはこっちの方だ。


「あはは……かもね」


 それからしばらく沈黙が続いてしまった。


「帰ろっか」


「そ……すね」


 これ以上何も言えず、帰ることにした。


 先輩はどこか空虚な笑顔を浮かべて先に公園を出た。振り返り、俺に挨拶する。


「今日はありがとう。思い出になったよ。また付き合ってくれるかな」


「それは、別に構いませんけど」


「良かった。それじゃあね、後輩くん」


 その“後輩くん”という呼び方はいつもよりどこか壁を感じた。


 そして先輩は走るように帰っていった。


 公園での出来事はここ最近の節目になった。それが吉と出るか凶と出るか、今はそれは分からないけどこれもまたこんなことがあったという青臭い思い出なんだろう。




 家に帰るとすぐ郁が出迎えてきた。


「今日は三人の女の匂いがする」


「ただいま……って開口一番それかよ。そんなに気になるか?」


「気になる。別に、兄さんがどう生きようが勝手だけど私の邪魔はしないで」


「……はいはい」


 別に邪魔しているつもりはないんだけどな。


 ところで、不思議に思うことがある。やたら郁は匂いについてうるさい。最初は俺の臭いが嫌なのかと思っていた。家族のは臭いというのは聞いたことがある。それだと思っていたが最近女子と一緒になることが多く、その付き合いの日の帰りは大体女の匂いがする、と言う。その時凄く嫌そうな顔をする。


 父の臭いに関しては特に指摘もなく気にしていないようだ。反抗期ならば父親の臭いがどうのこうのというのは良くある話だ。


 が、郁にはそれが見られない。ただ俺だけに対してやたら突っかかってくる。一体何が気に入らないのだろう。


「それで今日は何を作るの」


「どうしようかな。暑くなってきたし冷やし中華始めますか」


「ふーん、じゃできたら呼んで」


「はいはい」


 さて、気を取り直して冷やし中華作りますか。


 冷やし中華とは一見簡単そうに見えるが非常に面倒くさい。とはいえ店で食べるかと言われると選択肢には入らない。そんな食べ物。どこ行っても大体同じな気がする。


 冷やし中華簡単だから作ってよという人、これは改めるべきだと思う。


 キッチンに向かい、必要な器具を取り出す。


 まず錦糸卵を作る。卵を薄焼きにして粗熱を取る。その間にトマト、きゅうり、ハムを食べやすいように切る。この切る工程が多いこと。この後また卵を切らないといけないし。


 麺を茹でるのだって暑い時に熱湯の中に入れるわけでこれまた暑い。


 家族分作るとなると結構体力を持っていかれる。


「あっづっ‼︎」


 麺をザルにあげる時に湯が跳ねて腕に当たってしまった。急いで流水に当てる。


「……大丈夫?」


「セーフ……ってなんだ郁か。どうした?」


 何で後ろにいるんだ? 勉強していたのじゃなかったのか。


「時間かかってるから何かと思って。ま、火傷してないなら良いけど」


 妹がデレた。という冗談はさておき心配してくれたみたいだ。ますます普段の塩対応の理由が分からない。世界で一番頭の中を見せてほしい。二番目は如月。


「下拵えしていない冷やし中華は時間かかるんだよ。あともうちょっとだから待ってくれ」


 あと麺を冷やして盛り付けたら完成だ。この盛り付け方も性格出るよな。家だからズボラにしたって別に良い。が、俺は見た目を気にする方なので彩りのバランスを整えながら盛り付ける。


「分かった」


 郁は席についてスマホを弄っていた。時折むすっとしながら画面を連打している。ゲームでもしているのだろうか。


 というか受験生とはいえ中学生も恋愛の一つや二つありそうなものだがどうなんだろう。俺は当然全くなかったわけだが、妹は家族贔屓を抜いても可愛いとは思う。だから告白されたりとかあっても良いはずだ。俺が聞くと気持ち悪がられるのは目に見えて分かっているから聞きはしないけど。


「お待たせ」


 いつ作っても同じ味になる冷やし中華の完成だ。今度一度タレでも自作してみようかな。


「ありがと。いただきます」


 いつもこうして素直に言ってくれるとありがたいんだがな。最近は刺々しくなくなってきたし反抗期はそろそろ終焉に近いかもしれない。


 他の地域では冷やし中華にマヨネーズをかけるみたいだが我が家はしたことがない。


 この機会だから一度かけてみるか。


「マヨネーズかけるんだ」


「味の開拓だよ。いつも同じ味だと飽きるしさ」


 マヨネーズをかけることで酸味がマイルドになって啜りやすい。こりゃ好みが分かれるわけだ。


「どうなの?」


「悪くはないかな」


「ふーん」


 俺はどっちでもいいや。


 今日はそんな緩い感じで夕食を過ごした。


 それにしても親の帰りが遅い。仕事大変なんだろうな。大人になるとこんな生活になるなら、俺はずっと子どもでいたくなってしまう。


「片付けはやるから部屋に戻っていな」


「ごちそうさま。助かる」


 妹は部屋に戻っていった。俺は洗い物をして明日の準備を進めることにした。




 次の日以降、先輩は直接クラスに顔を出さなくなった。藤原曰く、生徒会室にいるみたいだ。やっぱり、公園での出来事が尾を引いている。


 相変わらず東雲は放課後になるとすぐに姿を消す。話すタイミングもあったものじゃない。


 もうすぐ夏休みだというのにいつもと変わらない日常はそれを感じさせない。


「みぃんちゃ今日は生徒会で勉強教えてよ」


「そうね、分かった」


 夢咲が如月を生徒会に連れて行くのを見る。颯人は九十九とよろしくやっているし、また俺は一人取り残される。


 図書館でどうのこうのがあるみたいだが、今は見にいく気分にはなれない。


 ここ最近あったイベントはたまたまなだけだったんだ。俺は本来そういう立場の人間じゃない。ただの背景でしかないんだ。それを思い知らされる。


 まるで、公園での出来事を起こさなければ主人公になれたのに、と言わんばかりに俺の周りは離れて行く。


 ただ、その時にも思ったが後悔はしていない。一時的なことだったとはいえ俺の望んでいた刺激的な日々を送れた。それで良いんだ。


「それで良いと思っているのか?」


「え?」


 帰る支度をしていると藤原がやってきた。幻覚じゃないよな。何でいるんだ。生徒会室にいたんじゃなかったのか。


「その選択で良かったのかと聞いている」


 まるで心を読まれたかのように藤原は俺に迫る。


「言ってる意味が分からない。俺は帰る」


「そうか。なら今はそれで良い。だが、夏休みのことは忘れるなよ」


 そうだ、まだ俺には夏休みのイベントが残っていた。急に孤独になってしまったせいで忘れかけていた。


 現状男だけの参加しか聞いていないがそれも良いだろう。格好つけずにバカみたいなことができる。


「忘れてた。ありがとな」


「……なに、俺は俺の望んだ通りに事を進めているだけだ」


 彼の言うことは良く分からないが彼がそう言うのであればそうなのであろう。


 そうして彼はまた生徒会室に向かっていった。俺にただそれを言う為に来てくれたのか。本当、良いやつすぎて困る。



 そして、夏休みがやってくる。まだこの時の俺は人生の転換期だとはまるで思わなかったし、今までの放課後の付き合いすらも求めていたものの序の口ですらないことを知る由はなかった。


 ここからが本当の幕開けだ。

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