第26話 新たな先輩
パーテーションで仕切られた部屋に新湖先輩がいることを思い出し、こちらを見てない事に気が付いた。
これはどうしたもんか。大声で呼ぶ行為は淑女にあるまじきだし、美里さんに呼びに行ってもらうしかないか……いやだめだ。暗い部屋の中を動き回って転んだら危ない。
もう少しだけ待ってみようと考え、そのまま椅子に座って待つことにした。
この待ち時間をどうしようかと考えていたら、眼の前の机の上に置かれた本が目に入る。演出のための小道具だろうその本は、美しい装丁が施されており西洋をモチーフにしているこの場所にぴったりだ。
気になった私はその本を両手でおもむろに取る。ノートパソコンより一回り小さく、少し厚みがあるその本を手に持ってみたら意外と重い。
装丁を見るけど何の本なのか全くわからないので適当に本を開き中身を確認すると、大小ある枠の中に人物や背景が描かれていて、吹き出しでセリフを表現し物語を紡いでいるようだ。
これって……漫画じゃん。
しかも内容がBLっぽいんだけど。装丁と内容がまったく合わない。これ作った人はどういう意図があってBLにしたんだ?
苦笑いを浮かべながらペラペラと頁を捲っていると、照明が落ちたのか一瞬真っ暗になったと思ったら先程とは色違いの照明が照らされた。
びっくりした私は美里さんの方を見る。美里さんもびっくりしたのか両手を口に当てて驚いてこちらを見ている。クールなイメージがあっただけに驚いている姿がなんだか可笑しくて場違いにくすっと笑ってしまった。
笑った後に美里さんに失礼な行為をしてしまったと思い、ごめんなさいの意味を込めてペコリと頭を下げる。
頭を上げたタイミングでまた照明の色合いが変化した。今度は二回目だから驚きはしないけど、何なの? 時間差で照明が変わるようになっているのかしら?
しばらくするとまた照明が変わる。コロコロ変わる照明に照らされる私。
……新湖先輩は何がしたいのだろうか。説明という説明もなく、こんなわけが分からない状況にひとりだけにして……これは文句を言わずにはいられないわ。
この状況が続くこと数分。照明がはじめの色に戻った。
「いやー、すごく良かったよ! 俺の目に間違いはなかった!」
そんな事を言いながら新湖先輩が満を持した風を装いながら登場してきた。
「……ご満足頂けたようで何よりです。では説明をお願いしてよろしいでしょうか?」
こめかみに怒りマークを出し底冷えするような声音で私は返答した。
「沙月さんが如何に素晴らしくヒロインに相応しいか認めてもらえるように色々な演出をしたんだ! そしたらどれもこれも凄く絵になるじゃないか! もう興奮しっぱなしだったよ」
えーと、新湖先輩。私、怒ってる雰囲気を出してるんですけど。そして今の説明は何でしょうかね。さっぱりわかりませんよ。そもそもあなた見てたんですか?
「早速だけど明日から撮影に入るから!」
「……はぃ?」
「ありがとう! じゃあ明日の放課後またここに集合ね!」
いやいや新湖先輩、了承のはい。じゃないから! 疑問系のはい? ですから! 勝手に話進めてないでください!
「おい新湖、いろんなもん飛ばし過ぎだぞ。今日は俺たちにお披露目と確認だっただろう?」
文句を言おうとしたら新湖先輩に話しかける謎の声。
「おっと、そうだった! ごめんごめん、興奮し過ぎてるわ俺、ちょいクールダウンするから待って」
「おう、そうしろ。……悪かったね。うちの監督はすぐ突っ走っちゃう癖があるから」
暗闇から現れたのは制服姿の男子学生だった。
誰だろう? と思った私の思考を読み取ったのか男子学生が自己紹介をはじめる。
「はじめまして。映像を担当している
舞台からの挨拶は失礼だと思い、私は急いで椅子から立ち上がり舞台を下りて自己紹介をしようとしたところ、伊勢先輩が続けて話しはじめる。
「画面を通して見ていたけど、新湖が言った通りだったわ。これで作品の質が更に上がるってみんなで話していたんだ」
なるほど。パーティションで区切られた部屋に舞台が見える何かがあって見てたのね。どうりで新湖先輩が出てこないわけだ。
チラッと新湖先輩を見ると大きく深呼吸をしている。
「あの部屋でご覧になっていたのですね。もう少し説明していただけるとこちらも安心したのですが」
「えっ? あいつちゃんと説明してなかったの? あちゃー、重ね重ねごめんね」
親指で新湖先輩を指してあいつ呼ばわりする伊勢先輩。
「まぁ終わったことなので大丈夫ですけど、次はしっかりとクレームを入れますね。では改めて、東雲沙月と申します。昨日新湖先輩とご縁があって映画のお話をいただきました。新湖先輩からお聞きしていると思いますが、私は身体が弱く自宅療養をしていましたが夏休み明けの昨日から通いはじめました。不慣れをご理解いただけたら助かります」
ぺこりと頭をさげる。
「あーなるほど、そういうことか。……うんわかった。これからよろしくね」
握手を求められたので応える。
「では私も、長瀬美里です。沙月さんのクラスメイトで本人が言っていたように虚弱をフォローするため、より良い高校生活を送れるように一緒に行動をしています」
私と伊勢先輩のやり取りを見ていた美里さんが間に入ってくる。
「へー、そうなんだ。伊勢陽です。今後ともよろしく」
美里さんとも握手を交わす伊勢先輩。
実際虚弱でも何でもない私のために美里さんが一緒に行動してくれることに心が痛む反面、嬉しい気持ちが勝る。
美里さん、いい人すぎるでしょ!
「ところで、先ほど作品の質が上がるとみんなで話していたと言っていましたけど、他の方もいらっしゃるのですか?」
美里さんが伊勢先輩に問いかけた。
確かにみんなって言っていた。新湖先輩と二人だったらそんな言い方はしないわね。さすが美里さんね。
ん? ってことはまだ人がいる!?
「おっ、鋭いねぇ。そうだよ後三人いるんだ。いま呼ぶね」
伊勢先輩は大きめの声でおーい、みんなこっち来てくれ。ってパーテーションの部屋に向かって叫んだ。
そして三人が姿を現す。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
モニター越しにずっと沙月は見られていました。
次話もよろしくお願いします^ ^
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