第25話 舞台セット

 扉を潜った私は目を見開いた。


 暗幕が張ってあるのか暗い室内、すこし高めの天井からぶら下がる沢山の照明のひとつが一ヶ所を照らし出している。


 照らし出された場所は一段高くなっていて、西洋風のガゼボが造られており、照明の効果もあって存在感がある。しかもこの世界では見られないような幻想的な背景が映し出されていて、妖精がいると言われても信じちゃうくらい神秘的な場所に見えた。


 西洋の庭園をモチーフにした舞台セットなのだろう。


「どう? 凄いでしょ。うちの部員はみんな優秀なんだ」


「……ええ、とても素晴らしいです」


 惚けている私に代わって美里さんが応えてくれる。


「でも舞台だけ揃えったって意味がない。そこに物語を加え、見る者の感情を揺さぶり想像させてこそ輝くと俺は思ってる」


 ……へ、へぇ。さすが監督の息子だ。私はこのままでも充分に凄いと思うけど、美里さんは私と違った。


「なるほど。新湖先輩は人という概念について多種多様な思考を読み取り、そして取り込む事でヒューマニズムに干渉し答えを促すのですね」


「そこまでは考えていないよ。人は分かり合えると言うけど言葉のひとつをとっても捉え方は十人十色だからね。まぁちょっとはその要素も含ませてはいるけど、やはり感情は思考を大きく揺さぶる起爆剤でもあると俺は思ってる。その感情を利用するには――――」


 な、なにを言っているんだ君たちは。私にはさっぱり理解できない領域だわ。たしかに舞台は幻想的で美しいと思うけど、その先にある意図なんて関係ある? ……あるか、新湖先輩は映画監督だもんね。


 その意図に気づき会話ができる美里さんって……映画好きなのか。


 内容がまったくわからない私は二人の会話に入れずはずがなく無言で見守っていたら、突然新湖先輩が、ね、だから君なんだ。って言ってきた。


 味方のはずの美里さんも、そうですね、沙月さんが相応しいわ。ってまさかの発言。


 むむぅ。凡庸な頭の私では君たちの考えは理解できません。


「あの、新湖先輩。私には難しすぎて理解できません」


「あはは、そうだよねぇ。そっちの人がわかったからつい……あ、長瀬さんね。おっけおっけ」


 美里さんがそっちの人呼ばわりされて、長瀬です。って怒り気味に新湖先輩に言った。


 ちゃんと人の名前は覚えた方がいいですよ、新湖先輩。


「まぁ簡単に言うと、今から沙月さんにあの場所に立ってほしいんだよね」


 はい? なぜそうなる?


「まぁ。それは良い考えです」


 敵に寝返った美里さん。ぱねぇっす。


「あの、この場所に来たのは映画の件でしたよね?」


「うん? そうだよ。だからここに来たんだよ。とりあえず舞台に上がってもらっていい?」


「いや、そうじゃなくて、出演するしないとか脚本の内容とかの話しじゃないのですか?」


「まぁまぁ、そんなに焦らなくてもどこにも逃げないから、まずは舞台に上がってからで問題ないから!」


 だめだ、この先輩。興奮しているのか鼻がピクピクしはじめたよ。


 はぁ。もういいや。新湖先輩が納得するならさっさと舞台に上がって早く話し合いにもどそう。


「わかりました。舞台に上がればいいのですね?」


「うん、そうそう。周りが暗いから足元に気をつけて。見てわかる通り舞台は床が少し高くなってるから転ばないように上がってね」


 そう言うと新湖先輩はスタスタと舞台の近くにあるパーテーションで仕切られた部屋に入っていった。


 ……自由な人だなぁ。


 横にいる美里さんを見る。


「私は舞台の近くで見るわ」


 美里さんも一緒に、って言いそうになって慌ててやめた。だって嫌だったら申し訳ないじゃん。


 でもクールビューティな美里さんは私なんかより映えると思うよ。


 転ばないように舞台の近くにまで歩き、美里さんは正面に、私は舞台の脇に移動する。


 そして横に移動した私は一段高くなった床に足を乗せ舞台へと上がる。


 ガゼボが目に映る。白い柱に丸い屋根、入り口を除く面には腰の高さの白い柵がはめ込まれている。天井から降り注ぐ照明が、より一層白を際立たせ純白に近い色合いになっている。


 私はガゼボの入口に移動し中を見ると、中央に白い椅子と机が一組あった。


 ……なるほど。この椅子に座ればいいのね。


 早く終わらせたい私はスタスタと椅子に近づき、そのまま腰をおろす。視線を横に向ければ幻想的な背景が見え、なんだか異世界に迷い込んだ気持ちになった。


 反対側を見ると制服を着た美里さんが立っていて現実に引き戻される。私はファンタジーな気持ちになった自分に可笑しくなって、くすっ、と笑いがこぼれた。


 とりあえず椅子に座ったけど、この後はどうすればいいのだろう? もう少しこのままの方がいいのかしら。


 しかし、新湖先輩は何考えてるのかしら? 映画のシナリオを変更するって言ってたけど、そもそも出演しますって私はまだ言ってない。それどころか出演できませんって断ってるはずなのに。


 扇木さんからは映画に出演しろって言われてるからもう一度聞かれたら了承するつもりだけど。……扇木さんめ!


 でも、まずは出演の可否が先じゃないの? なんでこんな状況になってるの? これ、よくよく考えたらおかしいわ!


 そう思い、周りを見渡し新湖先輩を探すが見つからない。


 あー、そういえばパーテーションの奥にいるんだった。


 ……新湖先輩見てないじゃん!



--------------


いつもお読みいただきありがとうございます。

誘えば美里も一緒に舞台に上がりました。

次話もよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る