第57話 アグウス隊長の狙い

 夜には舞踏会が開かれたけど、僕とリア姉、ソフィは未成年というか、両親もいないので、アグウスさんとヘインさんが代わりに参加してくれる運びになった。


 翌日。


 僕は一人でブルーに乗って第二飛竜騎士団にやってきた。


 いつものところに着地すると、すぐに――――


「うわあ~!? み、みんな、おはよう~」


 一斉に集まった飛竜達が頭を近付けてくる。スラちゃん達みたいに撫でてほしいみたい。


 一頭一頭丁寧に頭を撫でてあげていると、最後の飛竜が終わったタイミングで見計らったようにアグウスさんがやってきた。


「アグウスさん。おはようございます」


「おはよう。セシルくん。今日はわざわざ来てもらってありがとう」


「いえいえ! 昨晩は助かりました!」


「まず俺の執務室へ行こう」


 アグウスさんを追いかけて飛竜騎士団の兵舎の中に入って三階上がっていく。


 途中で掃除をしている兵士さんを見かけると、すぐに敬礼をしてくれた。


 騎士ってこう難しい人のイメージがあるけど、第二飛竜騎士団やうちの村の衛兵さんたちはみんな優しいね。


 アグウスさんの執務室は、いたってシンプルな部屋で、机とソファと棚がいくつか並んでる。


 慣れた手運びでお茶を淹れてくれた。


「どうだ。今回はセシルくんが納得いく条件になったんじゃないのか?」


「はい! アグウスさんの提案通りにいきました! ありがとうございます。アグウスさんのところはどうでしたか?」


 実はあの日、ソフィが魔物の行進を殲滅してしまい、ヘインさんのおかげで事実であることは理解してもらったけど、結局は証拠は残らなかったよね。


 そこでアグウスさんから一つ提案があった。


「ああ。おかげで我ら第二飛竜騎士団と魔導師団の手柄となって、予算が増額になった。ありがとう」


「よく王様を説得できましたね?」


「それもアネモネ商会もあってのことだ。王都では整地から商売までの期間が非常に短いことで、貴族間でも噂になっている。自然と陛下の耳にも届いていたようだ」


 スラム街開発がそんなところまで影響があるなんて思わなかったな。


 確かに長年王都の苦悩の一つだと、シリウス商会のムダイさんから聞いていた。


「これは表では出ないが、陛下からスラム街の功績を称えてる意味合いが大きいと仰っていた。今回の助力の件はあくまできっかけとして使わせてもらった」


「はい。僕はそれでかまいません。むしろ、ソフィが手柄を奪う形になってしまってごめんなさい」


「その件も込みで、一つ相談がある。陛下よりスライム飛行を王都だけではなく王国全土で許可が出た。これからセシルくんはどうするつもりなんだ?」


「ん~まだ詳しくは決めてないんですが、基本的にはアネモネ商会と足並みを揃えつつ、全ての町や村にも行けたらいいなと思ってます」


「やはりか……そこで二つだけ我々からお願いがある。一つ目は、陛下からの件だ。王国内では交通の便が悪く、苦労している村も多数存在する。スライム飛行を利用して、そちらまで物を運ぶ仕事をブリュンヒルド家が一手で受けてはくれないだろうか?」


「王都支店やうちの整地も終わりましたから、すぐに受けられますよ~でも珍しいですね? 超田舎に支援をするんですか?」


 だって、僕が生まれて六年間、うちのエデン村に誰一人来なかったからね。


「ああ。本来なら我々飛竜騎士団がその任を遂行するのだが……恥ずかしいことに、第一飛竜騎士団と我々第二では非常に仲が悪くてな。いわゆる、貴族の派閥の問題さ」


「あ~やっぱりそういうのありますよね。うちもアセリア辺境伯様といろいろありましたから」


「アセリア辺境伯様と……? なるほど。ルーク殿がいるしな」


 やっぱりお父さんって有名な人なのかな?


「俺達が辺境の地に資材を運ぶとなると、数日はかかってしまう上、飛竜達への負担も増える。そうなると今回のような緊急時に戦力が減ってしまうのだ。だから今まで個人商会に任せていたのだが……どうやら権力がある貴族と裏で繋がってお金を巻き上げていたようだな」


「……アグウスさん」


「ん?」


「どうしてそれを知っていながら、何もしなかったんですか?」


「……すまない。セシルくんの言う通りだ。スラム街だけじゃない。王都外でも本来なら民を大切にするべきなのに、それが中々難しかった。だから陛下もずっと心を痛めておられた……でも当人達には言い訳にしかならないな。すまなかった」


「僕に謝っても仕方がありません。これからはちゃんとみんなを守れるような方になってくださいね」


「ああ。そうなりたいさ。だからこそ――――セシルくん。君の力を我々に貸して欲しい。できる限りのお礼はする……と言いたいところだが、実はそれも少し難しい。なんせ、税収で賄ってしまうから、あまり大きく動かせないのだ。だからそれ以外での報酬で何とかしよう。王国には多くの土地がある。それらをブリュンヒルド家に渡すということはどうかね?」


「ん~」


 正直に言えば、土地が増えるのは僕は嬉しいけど、管理が大変になるし、人が住めない土地もあるからね。


 あれ……待ってよ。オークルに道とか作らせたら行き来しやすいんじゃ……。


 いっそのこと、あれを作っちゃう?


「その他にも何か必要な権利があるなら渡すと約束しよう。それと二つ目の頼みなのだが、王国だけじゃなく、我々にも力を貸して欲しい」


「我々?」


「ああ。第二飛竜騎士団と魔導師団だ。飛行スライムを見た感じ、飛竜よりも速く飛べるようだな。それなら緊急時に騎士を素早く派遣できる。全員とは言わない。先陣だけでも乗せてもらえると助かる」


「わかりました。どちらも乗せるだけですし、スラちゃん達は食事とかいりませんからね」


「感謝する……! 代わりに――――いいものを預けよう」


「はい?」


 アグウスさんはニヤリと笑った。


 そのとき、僕はアグウスさんの真の狙いが何かがわからなかった。




 その日の夕方。


 うちの広い敷地に、総勢五百の飛竜が降り立った。


 そこから一人の女性騎士が降りて、僕達の前に敬礼する。


「第二飛竜騎士団副団長のソニアです。本日より、ブリュンヒルド特別子爵家の配属となりました!」


「ええええ!? 聞いてないよ!?」


「アグウス隊長から陛下勅命と聞かされております」


「確かに手伝うと言ったけどさあああ! まさか、うちの敷地で住むなんて聞いてないよぉおおお~!」


 次の瞬間、飛竜達が我先にと僕にすり寄ってきた。


 そして――――後ろからとんでもないことが聞こえてきた。


「うふふ~セシル水で飛竜達も我らの手の中ね」


 …………ソフィ!? まさかそれが目的であの日わざと煽ったんじゃないよね!?


 いたずらっ子のようにニヤリと笑うソフィだった。

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