第40話 開放された……狐

 必死さが伝わるお母さんの声が聞こえると同時に、白い狐を縛っていた鎖が「パリーン」と勢いよく音を立てて割れた。


「ダ、ダメぇえええええ!」


 こんなにも必死なお母さんは見たことがない。いや、僕が赤ちゃんだった頃もきっとこういう表情をしていたんだろうな。


 ふと、足元が気になって視線を向けると、白い狐が僕と空から落ちてくるお母さんを交互に見上げていた。


「…………ふふっ」


 ニヤリとした狐は――――毛並みが真っ黒・・・に変わりはじめ、折れた黒い鎖が白い色に変わっていく。


可愛らしい姿はそのままだけど、顔というべきか表情というべきか、最初の可哀想な雰囲気から打って変わり、卑猥な笑みを浮かべた。


「あはは……あはははは~! やっと解放されたわ~!」


 降りてきたお母さんが止まらぬ速さで僕とリア姉、ソフィを抱きしめて自分の後ろに隠した。


「あら、久しぶりね」


「…………まさかこんなにも早く再会するとは思いませんでした」


わらわもそう思ったわい。まさかこんなにも早く――――復讐ができるなんてね!」


 黒くなった狐から、ものすごい殺気が込められた衝撃波を放つ。


 強い風圧が僕たちに向けられるが、それほど脅威感はない……?


「お母さん?」


「セシルちゃん。今すぐにスラちゃんたちとここから逃げなさい」


「えっ?」


「もう遅いわ。ここは私が時間を稼ぐから、急いでお父さんに彼女が復活したことを伝えてちょうだい。お願い。急いで」


「あははは! 逃がすと思うのかい!? まさか、封印を解いてくれたのがお前さんの息子だったとは! とんだドラ息子だよ!」


「セシルちゃんはドラ息子なんかじゃありません!!」


「あははは~妾の封印を解いたのは、さしずめ勇者というべきかもしれないな。皮肉なものじゃ」


「…………」


 お母さんの額から大粒の汗が流れる。それだけじゃない。全身に鳥肌が立っていて、少しだけ――――震えている。


 それだけあの黒い狐が怖いってことだ。たしかに放っている威圧は今まで感じたこともないくらい強い。けど――――――――


「さあ、全員この場で!!」


 黒い狐が何かをしようとしたので――――しつけをする。




「お座り」




「きゃん!?」


 黒い狐はその場で可愛らしくちょこんと座った。


「えっ?」


「へ?」


 お母さんと黒い狐は何が起こったのかわけがわからないようで、ポカーンとした。


 数秒間の沈黙のあと、二人の視線が僕に向く。


「セシルちゃん!? いったい何をしたの!?」


「小僧!? いったい何をしたのじゃ!?」


 二人の声がぴったり合う。


 あれ……? もしかして二人って仲いい?


「何って……躾?」


「「躾!?」」


「ほら」


 僕は右手を前に出すと、手のひらから白い紐が伸びて、黒い狐の首元に繋がっている。


「これは首輪だよ~」


「「首輪!?」」


「狐ちゃんの封印は大地に縛り付けるものだったでしょう? それを僕が奪ったから、僕に縛り付いてるんだ。だからこうして紐で首輪になって、僕の命令は絶対に聞くことになるよ」


「「ええええ!?」」


 やっぱり二人って仲良しなのかな?


「スイレンちゃんだったよね」


「は、はひ!」


 ちょこんと座ったまま驚いた表情で僕を見上げる。


「家族が魔族によって亡くなったのは嘘だったんだよね?」


「は、はい……」


「嘘はダメだからね? ちゃんと本当のこと言って? なんでこんな場所にいたの?」


「は、はい…………私は勇者との戦いに敗れ、この地に封印されました…………」


「勇者!?」


 意外な答えにびっくりした。だって、勇者ってあの勇者だよね?


「セ、セシルちゃん! ちょ、ちょっといろいろ聞きたいことがあるの!」


「うん?」


「どうして彼女はセシルちゃんの言うことを聞いているの?」


「え~? だって、僕の――――従魔なんだから」


「「ええええ!?」」


「ほら」


 二度目の首輪紐を見せてあげる。


 ようやく事情を呑み込んだようにお母さんはその場に崩れるように座り込んだ。そして――――大粒の涙を浮かべて僕たち三人を一緒に抱きしめてくれた。


「みんな無事で本当によかった……まさかこんなところにまで来るとは思いもしなかったけど…………みんなが無事なら問題ないわね」


 理由はわからないけど、流れる涙をハンカチで拭いてあげる。


 スイレンちゃんがどんな狐なのかは僕にはわからないけど、何か勝手なことをしてしまって、少しだけ罪悪感を覚える。まさか、お母さんを泣かすなんて思いもしなかったから。


「ミ、ミラぁああああああ!」


 遅れて上空からお父さんがものすごいスピードでやってきた。


 スイレンちゃんを見たお父さんは、当然すごく驚いたけど、お母さんが速やかに事情を説明して納得してくれた。






「まさか……妾が誰かの従魔になろうなんて、思いもしなかったわ…………これも……貴方様が仰った”運命”というものでしょうか?」


黒い子狐は、誰もいないどこかを見つめて小さく呟いた。

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