第37話 目指すのは……南の湖

 南の森に足を踏み入れる。


 全身を何者かが握るかのようにぞわっとした感触があったが、周りをみると何もない。


「リア姉、ソフィ、大丈夫?」


「「だ、大丈夫」」


 僕だけじゃなく、みんなも同じ感覚を味わったみたいだね。


 この感覚。空気自体が重苦しい。


 気のせいか生えている樹木も、少し黒い色になっていて、触らなくても硬さが伝わってくる。普通の木々ではない。


 こんな空気が重苦しくて禍々しい気配がする森に住まう樹木だもんな。そりゃ頑丈にもなるか。


 勝手に動いたりはしないみたいで良かった。


「ここからはお父さんの約束で僕たちは空を飛んで、もし何かあったら全力で逃げるよ!」


「「りょうかい!」」


『『『『りょうかい~!』』』』


 今回参戦してくれたスラちゃんたちは、スライ戦隊の五匹、普通のスラちゃん三百匹、そしてナンバーズと呼んでいる十匹のスラちゃん、七つのスライムの七匹のスラちゃんだ。


 ナンバーズと七つのスライムはまた今度説明するけど、うちのスラちゃんたちの中でも最も強い十七匹のスラちゃんたちだ。


 それもあって、ちょっと気難しいことはあるけど、とても仲間想いで困ったら助けてくれる優しいスラちゃんには変わりない。


 空を飛んで木々の上を飛んでいく。


 くっついて飛ぶと、急な襲撃に対応できないので、わりと高度を上げて進んでいく。


 飛んでいると案の定、木々の隙間からこちらに向かって、四メートルくらいの太い蛇が飛んできた。蛇って長いイメージなんだけど、長さは四メートルくらいしかないけど、縦横にも四メートルくらいあるので、ものすごい大きい。


 誰よりも先に動いたのはナンバーズの十匹。


 一瞬のためらいもなく木から飛び上がった瞬間に、飛び出るナンバーズ。


 連携を取ると思いきや、テンちゃんだけが立ち向かう。


『ブラッディソード!』


 凛々しい表情をしたテンちゃんの全身からどす黒い刃がいくつも出て蛇もどき魔物を刻む。


 豆腐を切るかのように魔物を十等分にして倒す。


 落ちていく魔物の肉は他のスラちゃんたちがキャッチして村に運び始めた。


『えっへん!』


 ドヤ顔するテンちゃんはどこかソフィに似ている。末っ子体質かな?


「テンちゃんナイス~」


 僕たちはそのまま奥に向かった。


 森の奥には大きな山脈が見え、山脈の後ろには海が広がっているだろうなと予測している。実は未だかつて山脈を越えた人はいないみたいで、後ろに何があるのか誰も知らないみたい。


 船を使えばいいんじゃないかなと思ったけど、海岸沿い以外の海では強力な魔物が出現するので船で自由に向かうのも難しいらしい。


 いつかスラちゃんたちに飛んでいってもらおうかな?


 山脈には絶対に近付かないように言われているので、そちらではなく、遥か手前にある木々が無い場所に向かう。


『ご主人様! あそこだぜ!』


 ブルーちゃんの案内で降りた場所は相変わらず重苦しい空気なのに、どこか澄んだ気配がする湖だった。しかも結構広い。


『ここに魔物は住んでいないから水を引っ張ってもいいと思うぜ!』


「そっか。それならいいね。川から魔物が流れてくる心配もないもんね」


『その対策も考え付いてるぜ!』


 戦隊モノのリーダーってどちらかというと、赤か白のイメージがあるんだけど、スラちゃんの中で最もリーダーシップを発揮しているのは、やっぱりブルーちゃんだよな。


「わかった。そこは任せるね?」


『任されたぜ!』


 それから僕たちは湖に降り立つ。


 そういや湖に立つのが夢でもあった。水の上に立つってかっこいいからね。


「スラちゃん~体をこんな感じにできない?」


 水魔法を使って変身してほしい形を見せると、僕たちが乗っていたスラちゃんが体を揺らして変身した。


 上半身を覆い、背中には羽が生えているような形だ。正直にいうと羽はいらないんだけどね。見た目てきなものだ。


「わあ~! セシルが天使様みたい!」「おにぃ天使~!」


「これなら立ったまま活動できそう! リア姉とソフィもすごく似合ってるよ!」


 美しい金色の長髪が風にゆられ、背中の水でできた羽がまるで天使様のように見える。


「さらに魔力操作を使えば意思疎通もできるから、僕が考えた通りにスラちゃんが動いてくれて空を自由自在に飛べる~」


 湖の上をひゅんひゅんと飛び回る。


 リア姉とソフィも飛び回るのだけれど、激しく飛び回ってスカートがあわやになりそうだが、そうはならない。というのも、スラちゃんがダブルスペル(魔法を二つ同時に使うこと)を使って風魔法を発動させ、服が風と飛ばされたり傷つかないように薄いバリアのようなものを貼ってくれているのだ。これがあれば、あわやにはならない。


 そこで僕はかつて夢だった、湖の中心部に降り立つを試す。


 空からゆっくりと降下しながら、少し左足を曲げて、右足のつま先を伸ばして湖の水面ギリギリに触れた。


 静かな湖の水面に、触れた場所から静かに一本の波紋が広がっていく。


 とても綺麗でまるで映画でも見ているかのような神秘的な光景だ。




 と、そのとき――――




『――――けて』


 不思議な声が水面を伝い、僕の体に直接伝わってきた。

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