区切りをつけて歩き出そうとする男女の話

ごっつぁんゴール

区切りをつけて歩き出そうとする男女の話

 うだるような暑さに辟易しながら砂利道を歩き、俺は目的の場所に辿り着き膝を折った。


「ゴメンないつも来るのが遅れて」


 線香に火をつけ毎年遅れて訪れる不義理を詫びる。その後ちょっと微笑みながら、


「でも今年はちゃんと命日に来てやったよ」

「てか、兄貴もよく約束遅れてたよな…なら別に謝らなくても良かったか?」


 と茶化すように話しかける。

 

 煙を立ち昇らせる線香を墓前に添え、手を合わせしばしの沈黙の後、


「そういえば、もう兄貴の年齢に追いついちまったよ…早いもんだな」


 将来を期待されたアスリートだった兄が、とある事故で惜しまれつつも引退を余儀なくされたとき、俺は兄貴の後を追いかけることを選び、そしてあいつは兄貴の横に寄り添うことを選んだ。


『元輝さんは赦してくれたけど、私は元輝さんと共に生きます。それが私の出来ることだと思うから。』


 それからしばらく無言で手を合わせていると後方から砂利の踏みしめる音が聞こえてくる。そして懐かしい声が聞こえる、


「倫也くん?」


 ああ、耳に染み込んでくるこの声は…


『倫也くん早く起きなさい!元輝さんもう大学行ったよ!』


 振り向くとそこには黒一色の喪服を着て、花束を抱えた女性が立っていた。


「綾乃……久しぶり」


 俺はちゃんと笑えているだろうか?











 抱えていた花を供え手を合わせて目をつぶる、記憶より大人びた綾乃の横顔を横目に見ながらなんとなくもう一度手を合わせていると、


「元輝さん、とうとうあなたの年齢に追いついてしまいました」


 と呟く声が聞こえたので思わず「ぷっ」と吹き出してしまったら、「ん?」と怪訝な顔をこちらに向ける。


「いや……俺もさっき同じこと兄貴に話したからさ」


 説明する俺に彼女も「フフッ」と微笑んで、


「でも本当に久しぶりだね、いつ以来かな?」


「ああ、兄貴の葬式以来だから3年ぶりかな」


 『……私のせいで夢を潰して、やっと前を向いて歩き始めたのに今度は病気のせいで命も無くして……神様って居ないの?なんでこの人ばっかりこんな目に会うの?』 


「そっか…。毎年来てくれてたの?」


 そう聞かれて俺はちょっと苦笑しながら、「ああ、タイミング悪くて命日には来れなかったけどね。」と言い訳をした。


「仕方ないよ、倫也くん現役のトップなんでしょ?忙しいよね」


「うんありがとう、まあトップかどうかはよく分からないけどね」


「あらご謙遜、この間の大会も活躍してたそうじゃない」


「見てくれてたんだ」


 と驚くと、綾乃はどこか悲しそうに「内緒」と微笑んだ。










「もう少し時間はあるか?話したいこともあるし」と彼女を近くの喫茶店へ誘う。店内は外の猛暑に対抗するように冷房をガンガンに効かせている。その冷気にひと息ついて、


「引退を考えているんだ……」


 おもむろに切り出した。


「えっ?どうして?今すごく調子いいって聞いたよ?」


「うん、今年がピークなんだ全てにおいて。そうなるように調整してきた。だからその後はキッパリ辞める」


 年齢が追いついたら、兄貴の後を追いかけるのを止めて自分の道を歩こうと、そう決めて前々から根回しをしていた。


「そう……、その後はどうするの?」


「もう引退後の手配もほぼ終わってる。だから今年を現役生活最後の集大成として力一杯やるさ」


「そしてその後は自分の道を歩く」


 とはっきりと告げる。


「あなたも……、区切りをつけるのね……」


 綾乃がポツリと呟いた。


「ああ、そしてその道を一緒に歩いて欲しいんだ」


「えっ?」


「結婚して欲しい」
























「えっ?無理」


「は?」


 え?なんて?


「いや、だから無理」


「はい?」


 断ら…れた?


「いや…、え?」


「いやいや、そんなショック受けた顔されても。そもそも久しぶりに会っていきなり結婚してくれって無いわ〜」


「えっと…俺のこと気にかけてくれてたんじゃ?」


「最後に会ってから何してるか全然知らなかったけど?あ~なんか記録を出したんだってね!ニュースで見たよ。おめでとう!」


「ありがとう……あれ?」


 何言ってるのか理解できない、頭に入ってこない。


「それに私ね…」


「カランカラン」店の扉が開く音と共に、やたら爽やかな光を振り撒く男が入ってきて俺たちの席に近づくとそいつの腕に抱きつきながら、


「この人と再婚するの!」


「!!……うえええええぇー???!」


 ホントに何言ってんの?え?再婚?え?


「前々から気に掛けてくれてプロポーズしてくれてたのを先日お受けしたの」


「え?プロポーズ?先日?前々から?え?」


「うん!」


 綾乃はすごく幸せそうに微笑んだ。


「元輝さんからも自分のことは忘れて幸せになってくれって生前に散々言われてたの。それに元輝さんのお義父さんとお義母さんからも祝福されちゃった!」


 つまり俺のおやじとおふくろのことだよね?あれ?何してくれてんの?


「もう私達行くね?倫也くんも私に結婚申し込むなんて寝ぼけたこと言ってないで早く彼女見つけなさい!」


「え~と……うん?」


「じゃあね!」


 綾乃は振り返ることなく出ていった。

 席には未だに現状をいまいち理解できてない俺と、彼女がたいらげたジャンボパフェの容器だけが残っていた。あと伝票と。


 5分ほどの放心状態のあと


「サヨナラ義姉さん」


 と俺は呟いた…あとお勘定……



 了

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