第1話 婚約破棄から始まる物語

 そして、私は再び目を開ける。

 そこは──懐かしさすら感じる、王宮のパーティー会場だった。


 赤絨毯の床、談笑でにぎわう人たち、豪華な料理。


 目の前には、金髪で長身。一人の男の人物。白を基調とした、整った服装。真剣な目でこっちを見つめて、指を差してきた。



「この場をもって宣言させてもらう。このカイセド=コール=シュレイダー。ヘルムート=シャマシュとの婚約を破棄させてもらうと」


 ああ、ここからやり直しなのね。これなら、もしかしたら行けるかもしれない。


 懐かしさすら感じる。まだ、王国が戦果に包まれる前のこと。

 王国の貴族が集う、国一番のパーティー。建国祭3か月前。


 冬至を祝う、国全体で貴族たちを集めて行う行事。建国祭の前哨戦ともいえる時間だ。


 彼らの目的はただ飲み食いをすることではない。貴族たちは他の貴族や王族とコネを作り、この後待ち構えている建国祭やその後の政務で、少しでもうまく立ち回り多くの利益を享受することなのだ。


 会場では国一番の楽団が、バイオリンやピアノなどを使って優雅な音楽を奏でていて、クロステーブルの上には豪華絢爛な料理。


 王国一番と評判の楽団によるきれいな音楽が奏でられ、ワインを片手に優美に会話を楽しむ。


 スーツ姿の紳士の格好をした男の人に、フリフリのついたドレスを着た女の人。

 誰もが自分のことを素晴らしく見せて、気を引こうとしていた。少しでも周囲が自分に気が引いてもらえるように。


 豪華なパーティーは王家や貴族たちの様々な思惑を重ねながら、表向きは豪華絢爛な時間を楽しんでいる。


 その、はずだったのだが……。


 この場一帯に聞こえるように、宣言をしたのは現国王であるカイセド=コール=シュレイダー。


 幼少のころに前国王であるショルツ=アリスター=シュレイダーを失い、長女であるミシェウが3年前に王位継承権を放棄してから、名目上はローラシア王国の国王として君臨していたのだ。



 華やかで祝いの場であったはずのこの場は、一瞬にして一人の女性をさらし者にする場へと変質してしまった。


 一方、婚約破棄を突き付けられた少女。私、ヘルムート・シャマシュ。

 無表情のまま、じっとカイセドを見つめている。


 理由はある。

 1つ、ここで私が表情を変えてしまうと、周囲に私が動揺していることがばれてしまうということ。

 ダメージを受けていようと、周囲にそれを悟られるわけにはいかない。

 2つ、そもそも私はこれを経験している。やり直す前でも、まったく同じことは起こった。

 1度目では無表情を貫いたものの、突然の出来事を隠し切れなかった。

 そのせいで、周囲に動揺を悟られてしまい、弱みに付け込まれたり私の家ヘルムート家の扱いが悪くなったりとこの後の私の行動に悪影響を及ぼしてしまっていた。

 3つ、ここからの流れを知っているからわかるのだが、思い返せばカイセドは術式にかかっているのか精神への干渉を受けているように思えた。

 カイセドらしくない行動や言動を、新たな婚約者といるときに取ったりすることがあった。

 これは、以前の世界では結局理解できなかったため入念に調べる必要がありそうだ。


 まあ、それ以前にここで「はい」と返事をするわけにはいかないのだが。


 我々ヘルムート家では、このローラシア王国のでも第一貴族として知られていた。


 その中で、末っ子として生まれた私。周囲からの評判は把握している。上々。勉学優秀、女神のような顔つき。


 でもかなりの期待株と言われており政務でも他の人とは一線を越えている。

 周囲から、人付き合いが希薄でミステリアスな雰囲気だとか言われているみたい。


 そして、長身で、長いひげを生やしている中年の男性。私の父上ヘルムート=コルウィルがカイセドのもとへと詰め寄った。


 表情を崩さず、カイセドを見つめながら冷静に言葉を返す。


「突然の言葉、正気ですか? 家々の合意で決まっていたことを勝手にひっくり返すなど、それでも国王ですか? シュレイダー家の家督ですか?」


 ゆっくりと、声が震えないように問いかけている。ほかの貴族もいる手前、動揺している姿を見せるわけにはいかないのだろう。

 冷静さを表面上は保っているが、こぶしを強く握って震えている。そうとう焦っているのがわかる。


「黙れ! 貴様は、わが婚約者──王国を率いる人物としてふさわしくない。よって、婚約は破棄となっている。貴様は──己の独りよがりな正義感を振りかざし、王国の和を乱した。これはその報いだ」


 以前の世界と全く同じ。確かに振り返ってみれば私の行いはそうだったかもしれない。


 しかし今考えてみれば、強すぎる正義感ゆえに周囲と衝突を起しがちだった。

 他の人なら忖度をしたり、何とかことを起こさずに懐柔させたりさせるときでも、私は引かなかった。


 それが、悪影響を及ぼしたのだろうか。


「で、こんなところで婚約破棄の宣言をして──何か私に見せつけたいものでもあるのですか? 末代にでもなるおつもりですか?」


「婚約相手は、すでに決まっている。お前などとは比じゃないほどの、素晴らしい相手が私にはいるのだ」


 そう言って、カイセドは手をパンパンとたたいた。すると、人ごみの中から一人の人物が出てきた。


 私より、頭一つくらいの背丈の女の子。年齢は私と同じくらい。

 黄緑色のロングヘアに大きめな乳房。フリフリのついた白っぽいドレスを着ている小柄な女性。


 その子は、何も言わずに怯えた表情でこっちを見ている。


「メンデスと申します。よ、よろしくお願いします」


 そういって、メンデスは頭を下げる。声もちょっと震えていて、周囲の目の注目があるのか怖がっているのがわかる。


 そしてコンラート=メンデス──ああ、聞いたことがある。

 第三貴族コンラート家の、三姉妹の末っ子。何度か話したことがあって、いつもあんな印象だった。


 おどおどしていて、ちょっと意志が弱そう。人に対して優しくて、人当たりもいい。周囲から評判で、人としてはいいかもしれない。

 けれど国王の令嬢としては強弱すぎる。


 国王の妻というのは、少なからず国を背負って行動することを強いられる。一つ一つに行動に、責任を課せられそのプレッシャーは計り知れない。

 地方の末っ子の令嬢が重責に耐えられるとは、とても思えない。


「待ってください。カイセド様、納得いきません。国王の妻のプレッシャーは、想像を絶するものがあります。彼女が人間として素晴らしいものがあるのは認めます。しかし、それで王国のファーストレディーが務まるとはまた別の問題です」


「いつまでも負け惜しみの だからどうした。貴様が何と言ったところで、結果は変わらぬ冷徹女」


 その言葉に、私はカイセドをにらみつけたまま動かない。みんなが、2人に視線を集中させている。

 私はいつもと変わらぬ真剣そうな無表情ともいうべき表情。


 以前の私は──これに憤怒。


 自動的に、敵の敵は味方と判断した反カイセド派が私を取り囲むようになり、彼らと一緒に政争争いに明け暮れていた。何度も周囲の感情を考えず正論を叩きつけて、周囲と対立を繰り返していた。


 でも、今考えればそれがまずかった。いくら正論を叩きつけたところで、相手が私の見方をすることなんてなかった。


 かえって私への敵愾心を強くし、対立が強くなった。果ては、私が敵対していた魔王軍と手を組む始末。そして、私やミシェウの行いの妨害行為まで行ってきたのだ。


 とりあえず、それだけは避けないと。2回目だけあって、最初程は頭に来なかった。

 冷静に言葉を返す。


 とりあえず、ここで私が引いたり感情をあらわにしたら相手に動揺を悟られる。

 平然な表情を保って、ごくりと息をのんで答えた。


「それはどうかしら?」





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