初恋相手は変わらない
俺は呼び出しのあった通りに生徒会室に向かおうとしたのだが、今日入学したばかりの俺が生徒会室の場所なんて分かる訳もなく、校内を迷子のようにさまよい続けることで何とか生徒会室と書かれた部屋の前へと辿り着いた。
何か悪いことをしたわけでもないが、呼び出しとなると不思議な緊張感に身を包まれる。それでも、呼び出されてしまったことは事実なので覚悟を決めて生徒会室の扉を3回ノックをすると中から返事があった。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
俺はそう言って教室のドアを開けて中に入ると、中には奥に机が一つ置いてあり、それを囲むようにしていくつかの机と椅子が置かれていた。そして、その一番奥の席には一人の女生徒が席に着いていた。彼女は俺を見ると口角を上げて随分と機嫌が良さそうに俺に話かけてくる。
「久しぶりだね悠くん!」
「奈菜さんも久しぶりです」
「もぉ! 昔みたいに奈菜お姉ちゃんって呼んでよ!」
「いや、さすがに高校生にもなってそれは……」
「小学生だろうと高校生だろうと悠くんは悠くんでしょ!」
「そうですけども」
「敬語も禁止!!!」
そう言って奈菜さんは両手を腰に当ててムッとしたまま俺を見つめてくる。……参ったな。容姿は年相応に成長してあどけなさを残しながらも大人びても見えるような少し年上の綺麗なお姉さんといった感じなのだが、精神的には3年前と全く変わっていないように思える。本当に在校生代表として入学式で挨拶を任されていた生徒会長と同一人物なのか怪しく思えるほどだ。挨拶をしている時の奈菜さんは立派に見えたんだけどな……。
「はぁ……分かったよ……」
「じゃあ!?」
「敬語はやめるけど、お姉ちゃんは無し」
「悠くんのケチ! けどまぁ、悠くんも年頃だからね。お姉ちゃん呼びは勘弁してあげる」
「ありがとう奈菜さん」
「でも、奈菜さんはダメ! なんだかそれだと距離感を感じる! だから、奈菜ちゃんで妥協してあげる!」
一体何が妥協されたのか聞きたいが、いちいち話の腰を折っていても会話が進みそうにないのでここは名前を呼ばないように会話をしていくことで話を進めていこうと思う。臨機応変に対応することのできる柔軟性も陰キャを極めるには必須能力だ。陰キャを囲う空気感というのはクラスやその時の流行りによって変わっていくのだからそれに合わせて行動しなければ平穏な日々を送れなくなることもあるのだから。
「それで、俺を呼び出して……というか、俺がこの学校に入学してくるって知ってたの?」
「ん? 知らなかったよ?」
「……え?」
「けど、私が在校生代表として挨拶をしている時に目があったよね?」
「それで校内放送なんて使って呼び出したの? もし、違う人だったらどうするつもりだったんだよ……」
「私が悠くんを見間違えるわけないじゃない?」
何を当たり前のことを言ってるの? と言わんばかりに俺の方を不思議そうに見てくる奈菜さん。俺としては初恋相手でもある奈菜さんにそう言ってもらえた事は素直に嬉しくもあったが、それよりも奈菜さんの行動力に対する呆れのようなものの方が大きかった。けど、この奈菜さんの行動力に幼かった俺は惹かれていたのだ。
「それで、どうして俺を呼び出したの?」
「え? 悠くんと久しぶりにお話したかったからだよ?」
「それだけのために校内放送で……?」
「ふふん。生徒会長の特権です!」
「は、はは……」
ここまでされてしまったらもう笑うしかないだろ。けど、この人が生徒会長でこの学校は本当に大丈夫なのだろうか? そんな失礼なことを本気で考えていると、生徒会室のドアが開いた。すると、黒髪を肩の辺りで切り揃え、眼鏡をかけたいかにも副会長といった感じの女生徒が入ってくる。
「あっ、凛ちゃん!」
「奈菜……また、勝手に校内放送を使ったでしょ!」
奈菜さんに凛ちゃんと呼ばれた女生徒がそう指摘すると奈菜さんはバツが悪そうににそっぽ向いて下手くそな口笛を吹き出す。なるほど。この人がいてくれるおかげで奈菜さんは生徒会長という立場で頑張れているのだろう。
「ごめんって凛ちゃん。そんなに怒らないで? ね?」
「まったくもう……あら? あなたは?」
「あっ、初めまして。翡翠悠です」
「あなたがうちの馬鹿に呼び出された新入生ね……。生徒会代表として謝らせてもらうわ。私は
「こちらこそ、よろしくお願いします」
霧島先輩がそう言って手を差し出してくるので、俺は素直にその手をとる。後ろにはなんだか不貞腐れたような顔をした奈菜さんがいるが俺は気のせいだと思うことで視線を外す。
「友達を待たせているのでそろそろいいですか?」
「本当にごめんなさいね。もちろん、行っていいわよ」
「なんで凛ちゃんが決めるの!?」
「奈菜は静かにしてて!」
「は、はは……。奈菜さんもまた」
俺はそう言って生徒会室を逃げるように出ていく。生徒会室からは奈菜さんと霧島先輩の言い合いが聞こえてくる。
「本当に奈菜さんは変わってなかったな……」
それが嬉しくも思う反面、不安にもなるような複雑な気持ちのまま俺は智也と彩花が待っているであろう校門まで早足で向かっていくのであった。
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