男子高校生の日常は怪奇で不可解なり

迎火 灯

プロローグ

 5月8日月曜日の朝、スマホのアラーム音が鳴って、僕、京野みやこのじょうはいつも通り目を覚ました。

 目覚めの気分は、すこぶる不快だ。なぜなら、僕の首元に巻き付いているソイツ・・・が四六時中話しかけてくるせいで夜はいつも眠れない。

 「今日も3時間しか眠れなかったな。」

 スマホの画面を見てため息をつきながら、僕は重い体を起こし、ベッドを離れた。

 二階の自室から一階の洗面所へと向かい顔を洗う。よく見ると、目の下に黒く深いクマができている。両目もほんの少しばかりだが充血している。

 いつもどおりのことで慣れているとは言え、青春という名の輝かしい日常を謳歌しているはずの男子高校生がしていい顔ではない。

 僕は首元に巻き付き、僕の右肩に自分の頭を乗せて悠然としているソイツ・・・を横目で睨みながら、二階の自室へと戻り、制服へと着替えた。

 午前7時、一階のリビングへ向かうと、両親と中学生の妹がいた。

 母はキッチンで朝食の準備をしており、忙しそうだ。父はテーブルに着いてコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる。妹はソファに腰掛け、朝の情報番組の星占いコーナーを見ていた。妹は占いの類いが好きで、毎朝欠かさずこのコーナーを見ている。

 僕が階段を降りてくると、母、京野 笑子しょうこが語りかけてきた。

 「浄君、もうすぐ朝ごはんができるからね。それにしても、また夜更ししたの。目にクマができてるわよ。早く寝なさいといつも言ってるでしょ。」

 「どうせ、お兄ちゃん夜中にゲームでもしてたんじゃないの。」

 妹のめいが占いを見ながら、いつものように茶化してきた。

 「顔色が悪そうだが、大丈夫か?」

 普段はあまり話しかけてこない父、きよしが珍しく心配そうに僕に声をかけてきた。

 「大丈夫だよ。最近学校から出る宿題が多くて、結構時間がかかるんだ。それで、あまり眠れてないんだ。なるべく早く終わらせて寝るようにするから。」

 僕がそう答えると、父は一言「そうか。」と言い、新聞に再び目を通し始めた。

 「はい、朝ごはんができましたよ。」

 母が声をかけてきたので、僕と妹は同時にテーブルの席について朝食を取り始めた。

 「「いただきます。」」

 『ほぉ、小僧の分際でこの我より先に朝餉あさげを取ろうとは随分とえらくなったものだな、ええ。』

 首元のソイツ・・・が小言を言ってきたので、仕方なく僕は手に持っていた箸を下ろしてズボンの左ポケットに入れていた一口サイズのチョコを数個取り出し、右肩の方で口を開けて待っているソイツ・・・の口元に持って行った。

 「ほら、今日の朝の分の供物だ。頼むから人前で催促するのは止めてくれっていつも言ってるだろうが。」

 僕が声を潜めて注意すると、フンと鼻を鳴らし、あっという間に食べてしまった。

 「浄君、何しているの。早く朝ごはん食べてしまいなさい。遅刻するわよ。」

 母から注意され、僕は再び急いで朝食を取り始めた。

 「最近のお兄ちゃん、独り言多過ぎ~。朝からキモいんですけど~。」

 妹がいつものように小言を言ってきたが、無視する。

 ただでさえ朝から疲れている上に、面倒くさい首に巻き付いているソイツ・・・の相手もしなければならないため、気にしている余裕はない。何より今は学校に行くことが優先だ。

 僕は朝食を取り終えると、鞄を持って玄関に向かった。

 玄関に行くと、先に父が家を出ようとしていた。ちなみに、僕の父は図書館に勤めている。

 玄関で靴を履いていると、父が声をかけてきた。

 「勉強熱心なのは構わないが、あまり無理はするなよ。何か困っていることがあったらいつでも父さんや母さんを頼れよ。」

 「ありがとう。でも、本当に大丈夫だからあまり気にしないで。」

 「そうか。でも遠慮なんかするなよ。それじゃ行ってくる。」

 「行ってらっしゃい。」

 そうして父を見送った後、僕も玄関を出て学校へ向かって歩き始めた。

 僕が住んでいる街、ちかは日本の南端М県の山間部に位置する人口10万人程の小さな田舎町である。農業が盛んで、近年流行のふるさと納税で全国一位を獲るなど、財政が潤っているらしい。その夜見近市の中心市街地の真ん中に、僕が通うこうせん高校がある。

 光泉高校は地元ではちょっとした有名な進学校である。普通科と特進科の二クラスがあり、特に特進科は地元や全国から学業やスポーツに優れた子供たちを特待生として招き、名門大学への進学や全国大会入賞といった成果を挙げている。正に、天才クラスと言える。

 一方、僕が通っているのは普通科だ。こちらはほとんどの学生が地元出身者で構成されていて、学業やスポーツもそこそこといったくらいだ。光泉高校に通う学生の約8割が普通科であり、いわゆる凡人クラスだ。最も例外も中にはいるのだが。

 僕は中学時代、成績がそこそこ良かったことと、自宅から学校までの距離が徒歩で約1.5キロ、約20分程の距離であったことから光泉高校へと進学した。

 もちろん、僕自身は何の特別な才能も持たない凡人で、おまけに陰キャのため、当然普通科へ通うこととなった。

 さて、学校までの道を歩いていると、後ろから僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 これが美少女なら尚うれしいことだが、あいにく僕は陰キャのため、そんな朝から声をかけてくれる女の子の知り合いなどはいない。

 声をかけてきたのは僕の学校における唯一の友人でクラスメイトの男子、山田(やまだ) はるであった。

 「おおっ、やっと気が付いたか。おはよう、浄。今日も相変わらず顔色が悪いな。」

 「おはよう、晴真。悪かったな、ひどい面で。」

 「どうせ夜中にエロいDVDでも見て、ハッスルし過ぎたんだろ(笑)」

 「お前と一緒にするな。ちゃんと宿題をやってたんだよ。小テストの予習もな。お前こそ、大丈夫なんだろうな。」

 僕がそう返すと、晴真はしまった、という表情をして頭を掻きながらいつものように頼み込んできた。

 「ヤベっ、すっかり忘れてたわ。今度何かおごるからまた、古典の宿題見せてくんない。」

 「仕方ないな。おごる約束忘れるなよ。」

 そうして、僕と晴真はお互いに他愛もない雑談をしながらゆっくりと登校した。

 途中、首元のソイツ・・・が晴真をちらりと見て、

『相変わらず締まりがない顔をした人間だ。こんな阿呆と一緒にいると貴様も同じ阿呆になるぞ、小僧。』と言ってきたが、僕は無視した。

 お前といるほうがよっぽどノイローゼになりそうで不快だ。

 学校に到着すると、僕と晴真はそのまま自分たちの教室に入り、自分の席に着いた。僕たちのクラスは2年4組で、僕は窓側の一番後ろの席だ。ちなみに、僕の一つ前の席が晴真の席だ。

 午前8時に朝のホーム―ルームが始まり、1限目、2限目、3限目、4限目と授業が過ぎていく。

 12時10分、お昼休憩の時間がやってきた。やっと昼食のお弁当にありつけるのだが、同時に僕にはやらなければいけないことがあり、思わずため息が出てくる。

 晴真の方を見ると、晴真は所属するサッカー部の昼練があるらしく、弁当をかきこんで急いで練習に行ってしまった。

 少しでも一緒に誰かと弁当を食べたかったなあ、そう思いつつも、他に友人はいないので、僕は仕方なく教室を出ていつもの空き教室で昼食をとることにした。

 しかし、首元のソイツ・・・と二人きり、いや、正確には他人から見たら一人なのだが、毎度一緒に食事をとることには慣れてきたとはいえ、やはり寂しいものである。

 そうこうしているうちに昼食のお弁当を食べ始めようとしたとき、ソイツ・・・が語りかけてきた。

 『おい、小僧。さっさと昼餉のちょ・・これ・・いと・・を我に捧げぬか。呪い殺されたいのか。』

 「分かった。今出すからちょっと待ってろ。ほら、昼飯のチョコレートだぞ、いぬがみ

 そう言って、僕は僕の首元に巻き付いている犬の怨霊にして妖怪、犬神にチョコレートを食べさせた。

 『いつもいつもこの我より先に飯を食おうなど、不届き至極。貴様、自分が我に呪われていることを忘れたか。』

 犬神は不機嫌そうに僕に文句を言ってきた。

 「悪かった。お前の存在は忘れちゃいないし、こうして呪い殺されないよう、一日三度必ず供物を捧げているだろう。今度からは気を付けるから、機嫌を直してくれ。」

 僕が謝ると、犬神は『まあ良い。』と言い、供物のチョコレートを食べて満足したのか俺の右肩に頭を乗せていびきをかいて眠り始めた。

 俺はため息をつきながら、ようやく昼食の弁当にありつけた。

 本当にどうしてこうなってしまったのか、僕は弁当を食べながら犬神が僕にとり憑くことになった一ヵ月前の出来事を思い返していた。

 犬神がとり憑いたことで僕の日常はすっかり変わってしまった。

 それまでの僕は、平凡な日常を謳歌するごく普通の陰キャな男子高校生だった。

 その僕が送る日常は今や平凡とは言い難い。

 毎日耳元で四六時中、呪いの言葉や小言を吐かれ、睡眠不足でふらふらだ。おまけに、僕は元々霊感など全く無かったが、何と妖怪が視えるようになってしまった!!

 おかげで、僕の周りには妖怪や妖怪がらみの事件、人が集まってくるようになってしまった。

 これは、陰キャな男子高校生こと僕、京野 浄が妖怪たちに関わる中で過ごす、怪奇で不可解な日常を綴る物語である。




















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