出だしだけ思いついたものの、続きが思い浮かばずぐちゃぐちゃになった(長編になる予定だった)小説集
夜橋拳
石鹸男 1
これは俺が高校生だった頃の話だ。
俺は天海千秋という女の子と交際していたことがあった。
告白をしたのは俺、入学式の日に彼女を見つけて一目惚れし高校二年生の六月あたりに告白をした。
今でも俺は、なぜ彼女に一目ぼれしたのかわからない。
彼女の見た目も性格も、全然俺の好みじゃなかった。
中学生の頃、俺は年上の高校生と付き合っていたことがあった。
彼女は千秋に比べて見た目も性格もずいぶん派手で、年もずっと上に見えた。多分彼女は浮気をしていたし、もしかしたら俺の方が間男だったのかもしれない。しかし分かった上で付き合っていた。俺もそういう不真面目な人間なのだ。
しかし天海千秋は俺の真逆で、凄く真面目な女の子だった。見た目だって美人の部類に入るとは思うが、決して派手というわけではなかったし、好みじゃなかった。
おっとりした性格で、誰にでも優しい。これもまた俺の好みじゃなかった。
じゃあどこに惹かれたのだろう。
俺はきっと、彼女の目に惹かれたのだ。
「日向くんって、真面目だよね」
彼女は目を見て話す。
「……真面目? 俺が」
「うん、真面目」
「真面目って、どこが」
今まで――少なくとも中学生から高校生にかけて、俺を真面目と呼んだのは千秋だけだった。
「私が退屈しないようにデートに誘ってくれたり、私より先に待ち合わせについていたり、食事代奢ってくれたり、誕生日覚えててくれたり」
彼女が言ったことは、どれも当たり前のことだ。
意識してやっていることではないし、それくらいできなきゃ彼女ができてもすぐに振られてしまう。
「あと、空手も頑張ってるしね」
「……何で知ってるの?」
「この前、道着で歩いてるところ見ちゃった。すごいね、黒帯なんだ」
当時、小学生の頃に気まぐれで入った空手道場にまた行き始めていた。
理由は特にない。なんとなく体を動かしたかっただけだ。
「最近、何かと物騒だから鍛え直したかったんでしょ?」
「何かと物騒だから鍛えなおすって、なんだよそれ」
「ほら、最近不審者とか多いじゃん」
確かに当時、不審者に関する事件が多かった。
色々ある中でも特に、危険だと思っていたのは、石鹸男という半分怪談みたいな男のことである。
なんでも石鹸のような泡と共に現れ、人の首を切り落とすのだという。
実際に切り落とした首は見たことは無いのだが、石鹸男が首を切り落としている瞬間を目撃したという人は何人もいるらしい。
「もしかしてさ、私を守るために鍛えてくれるのかなーって」
「…………」
そんな首を切り落とすような奴から守るのは無理だろ、そう言えばよかったのに俺は言葉に詰まってしまった。
ここ最近、空手を再開した理由、なんとなくだと思っていたけれど、もしかしたら俺は心の底で、彼女を守りたいと思っていたのかもしれない。
今までこんな風に考えたことはあっただろうか。
弟も妹も居ない俺が、誰かを守りたいだなんて、思ったことは無かった。
彼女の目が好きだ。
彼女は冗談を言わない。
彼女は目を見て話す。
「ああ、そうだよ。千秋を守るために鍛えてるんだ」
そう言った。
そう決めた。
生まれて初めて恋に落ちた。
自堕落で自己中、そして不真面目な俺は彼女を真面目に愛し、何があっても守り抜くと心に決めた。
その瞬間、から――
もう一人の千秋が見えるようになった。
〇
初めてもう一人の千秋を見た時、俺は彼女のことが千秋だとわからなかった。なんなら女であることすらもわからなかった。それくらい、体に包帯を巻いていたのだ。顔も体も、どこもかしこも、節々から血がにじんでおり、ところどころ赤黒い。
病院服を着ていることから、彼女はどこかで入院していて、病院を脱走したという仮説が浮かんだが、すぐに頭で否定した。こんな大怪我をしている人は脱走なんかしない。というかできない。目立ちすぎる。
彼女は俺を憎しみに満ちた目で睨んでいた。俺が蛇ににらまれた蛙のようにじっとしていると、千秋も俺の視線の方を向いた。
「? どーしたの? なんかいた?」
「…………」
どうやら見えていないらしい。
「いや、なんでもないよ。早く行こう」
「え、あ、ちょっと待ってよ」
早足になる俺を不思議そうに、千秋は付いてきた。後ろを振り向くと、包帯まみれの女はまだそこにいた。というか、付いてきている。
千秋とはその場で別れた。送っていきたかったが、包帯の女に千秋の家を知らせたくなかったので、その場で別れた。
彼女は、「せっかくいい雰囲気だったのに」と暢気にも不満を漏らしていた。
一人になっても女は付いてくる。途中、何度か通行人とすれ違ったが、誰も彼女の存在に気付いていなそうだった。無視をするにしても、誰も女の方を向かないのはどう考えてもおかしかった。彼女が普通の格好をしているならともかく、全身包帯まみれという、どう考えても異常な恰好をしているのだから。
彼女は俺にしか見えていない。
今までの状況も諸々考慮したうえで、俺は彼女のことを幽霊だと決めつけた。
幽霊は家にまで付いてきた。そして俺の部屋にも入った。
俺は椅子に座って、彼女と向かい合わせになった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……、……。…………」
「…………」
「……! ……! ……!」
「…………」
「……どちら様ですか?」
埒が明かなかったので、直球に聞いた。
「天海千秋」
幽霊は名乗った。
多分嘘だろう。
千秋とデートしていた途中に彼女は現れたのだ。彼女が天海千秋でないことは確定している(と思っていた)。
だとすると、彼女は千秋に対して何らかの危害を加えるつもりのある人物かもしれない。そう思った俺は、一緒にいた千秋のことをぼかしながら、彼女に聞いた。
「あなたは天海千秋じゃないですよね。あなたは誰なんですか」
すると女は、顔の包帯を外した。
俺は絶句した。
その顔は酷く腫れ上がり、ところどころ痣ができているが、確かに天海千秋の顔だった。
「私は天海千秋、未来から来た。あなたが私を見捨てたせいで、こうなった」
「……は?」
「意味が分からないって顔をしてるね」
「意味が分からねえよ。未来から来たとか、何でそんなに包帯を巻いてるんだとか、なんで幽霊みたいにだれの目にも止まらないだとか、色々聞きたいことはあるけどさ……俺が見捨てたせいでこうなったって、どういうことだよ」
「どうもこうもないよ。あなたが私を見捨てたせいで、私は死んだ。ただそれだけ」
「死んだ? じゃあなんで」
「なんで存在しているかって? それは私が幽霊だからに決まっているじゃない」
「でも千秋は生きてるぞ! 幽霊って死んだら出るもんじゃないのか」
「いや、だから――」
彼女は言葉を区切り、混乱した俺の口を挟むように、強い声で言った。
俺の目を見て言った。
「私は天海千秋の幽霊、未来から来た」
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