世界チートハーレム

上雲楽

第1話

 父は死後、誕生し救世主となり十三人の妾を作り三十九人の子供を孕ませた。十七番目の子供はいつも酒を飲んで暮らしていたので父から「オニゴロシ」と呼ばれていた。それは父の言葉で魔を狩る者を意味すると同時に、持たざる者、貧者、浮浪者、労働者、安酒、酒飲みを意味するらしい。

オニゴロシはその日も青い絹の寝間着を一日中着たまま安酒を飲み続けていた。部屋には何本も酒の空き瓶が転がっていて、アルコールの臭いを充満させていた。翌朝、メイドが起こしに来る前に片付けないとまた小言を言われてしまう、と思いオニゴロシは瓶を高く傾けて最後の一滴を飲み切ると部屋の片隅に瓶を集め始めた。片付け終えたころにはオニゴロシは一汗かいていた。髪をかき上げ、汗をぬぐうとオニゴロシは後頭部にはげができているのに気が付いた。慌てて化粧台の鏡と手鏡を合わせて後頭部を見ようとすると、十三番目に映った顔が自分の顔そのままだったのでオニゴロシは自分が死んでいることに気が付いた。

次の朝、オニゴロシはメイドに別れを告げると父の部屋を訪れた。父は時々自分よりも若い少年に見えた。

「お父さん、私は死んでいると思います。これは救済の義務の予兆でしょうか」

オニゴロシが父に尋ねると父はゆっくりと目を開けて笑った。

「やったじゃん、旅の始まりだぜ」

「お父さんはお亡くなりになる前はどのようにお過ごしだったのですか。どのようにしてご自身の義務をお知りになったのですか」

「ふつーの『チュウガクセイ』だったぜ。『トラック』に轢かれてこの世界に転生して『チートノウリョク』もらってそっからは成り行きみたいな」

「私もその、チュウガクセイなのですか?そのチートノウリョクを頂けるものなのですか」

「もう死んでるならあるんじゃね?知らんけど。ってか死んでるならなんでここにいるわけ?転生しなよ」

「転生とはなんですか」

「世界の外側に行けよってことだよ」

父は短くあくびをすると懐から短剣を取り出し、オニゴロシの心臓を突き刺した。返り血を父は手早く拭うと苦痛でのたうち回るオニゴロシをニヤニヤと眺めていたが、次第に眉をひそめた。

「早く死ねよ。出てって、世界とか救えよ」

「それが……私に課せられた義務なのですか……」

「紫の鏡」

と父は言った。

 オニゴロシがいつまでも死なない、あるいは死に続けるので父は呆れて部屋から追い出した。しばらくするとオニゴロシの出血は止まったので、オニゴロシは自分がすでに死んでいることを確信した。

 オニゴロシは町に出た。自分が死んでいるならばそれは救済のために必要な前提だからだ。オニゴロシは肉屋を訪れた。

「旦那さん、お困りのことはありませんか」

「別にないけど」

「ありがとうございます」

オニゴロシは宿屋を訪れた。

「おかみさん、お困りのことはありませんか」

「別にありませんが」

「ありがとうございます」

オニゴロシは学び舎を訪れた。

「坊やたち、お困りのことはあるか」

「全て」

「具体的に言うと?」

「不審者に話しかけられること」

「ありがとう」

オニゴロシはその不審者の排除こそが自分の義務だと思った。しかしこの世界に不審な人物などいない。父の目はこの世界に存在するすべての人物を把握している。父はいつも自分には見えないものまで見えていた。

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