11 エルフ、生産ラインを握る
「お嬢さん、ナッツクッキーをいつもの分!」
「まいどありー」
ラエティの朝の特訓が終わってからあらゆることが好転していった。
ラタトスクの気質は商人だ。その彼らの拠点の中で店を構えることが許されたのだ。
といっても扱えるものは少なく、ヤギ乳やら牛乳やらで作ったチーズとナッツのクッキーくらいなものだ。
だがチーズはともかくクッキーは店を開ければ即座に売り切れてしまうほどにリピーターを続出させていた。
というのもこのナッツクッキーだが、精製したメープルシロップを練り込んであるのだ。慣れない甘味にラタトスクたちの食嗜好はすっかりと蹂躙されていった。
今ではラタトスクの富裕層はどれだけナッツクッキーを持っているかで立場は決まりつつあり、またミドル層以下はそのおこぼれに預かりたいと蜜の味を忘れることができないでいる。
ここまで来ると文化侵略とかそんな生やさしい言葉では済まされない気がするのでいつか手痛いしっぺ返しが来るのではないかとヒヤヒヤしている。なんだか歴史の授業で見たような地獄になりつつあるけれど、どう責任を取ればいいのでしょう?
……どうにかなるか。なるか? 本当に?
「で、なんでメリイさんはスマホで動画を撮ってるんです?」
「エプロン姿のまひろさんが可愛くてつい」
つい、のところにハートマークがついていそうなほど。
屋台のバックヤードで、魔法で器用にクッキーを焼きながらメリイさんは自分のスマホで俺の写真やら動画を撮っている。
働いているからなんにも言えないや。
「困った顔も可愛い!」
「肖像権ってご存じです?」
「やだなあ、迷宮に法はありませんよ――あ、スマホを魔法で燃やさないでっ」
しないよ。
でもさすがに恥ずかしいことを分かってもらえたのかメリイさんは渋々とスマホを取り下げてくれた。
椅子に座ったままのメリイさんはしみじみとため息をつく。
「でも本当に〈クラフト〉って反則技ですよねー。まひろさんのメープルシロップを使えばわたしがお料理をしてもこんなに美味しくなるんですもの」
「……俺としてはもっと単純に強いスキルがいいんですけどね」
「そこはやっぱり男の子って感じがしますねー」
「メリイさんはどういうスキルのほうが好みなんです?」
そう俺が問うと、メリイさんは細い指をあごに添えて「んー……」と間延びした声を発して、
「……テイム?」
「人間は捕まえられないですよ」
「ちちちち、違いますよー。もちろん可愛いモンスターと仲良くなりたいだけですよ?」
ならなんで咽せたあとにどもった? こらっ、目をそらすな!
まあ、その人がどんな趣味を持っていても実際に行動に起こさなければあらゆる嗜好・思考は犯罪ではない。見て見ぬ振りをするのが優しさ……かなあ。
「世界樹の中も変わってきましたね。まさか……」
「ラタトスクがメープルシロップの精製を試しているとはね……」
二人で顔を合わせて神妙な面持ちをする。
甘いものの効果、恐るべし。あまりにも衝撃的だったのかラタトスクたちは徐々に『加工』という技術を試し始めたのだから。
シロップの味を覚えてラタトスクたちの生態まで変えようとしているいま、正直な話、罪悪感というか『どうすればいいのか』というやり場のない感情を抱いている。
たしかに冥境の奥には進みたいんだけれど、ここまで手段を選ばない真似で効果を上げてしまうのはやってしまった感が非常に強い。
だがメリイさんはあっけらかんと言い張る。
「そこまで気にしなくてもいいですよ。この光景が次代に続くことは絶対にないんで」
「……やけに言い切るね」
「昔、ここまで来たことがありますからね。その経験からですよ」
メリイさんの言葉の本意、真意というものを探りたかったがここはラタトスクの住処。もしかしたらここでは言えない情報を握っているのかもしれない。
それにしても――
「メリイさん、第二階層まで来てたんですね。名実ともに日本ではトップなんじゃないんですか?」
そう声をかけると彼女はわずかに顔を曇らせるが、次の瞬間には何事もなかったかのようにニコニコと笑っていた。
「トップなのはまひろさんもでしょ? ここの探索隊の人も含めてトップタイですね」
「あ、そっか。そっか……日本のトップか」
以前では考えることの出来なかった領域に居ることに正直戸惑いを覚えないこともない。
けれど、それよりもメリイさんが一瞬だけ見せた陰に、なにか大事なものがあるようで……けれど俺は訊ねることはできなかった。
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