37 エルフ、備える
乳鉢と乳棒を取り出した瞬間にシロガネは「じゃあ俺は哨戒に行くから……」とすごすごと去って行ったのを覚えている。
今回は爆弾や回復薬などの戦闘用のアイテム一式に加えて鎮静剤を含む煙玉を作る予定だ。
拠点、一階部分のストーブが効いたリビングであぐらをかいて薬草をすりつぶすだけの地味な配信。こういう時はさすがに見ている人も少なくなるし、コメントも熱心な人しか投げなくなる。
『シロガネがまた居なくなってる』
『薬草を使うときはいつも居なくなるよ』
『この前の回復薬を噛んだのも嫌々やってそう』
「丸薬はなー、苦いからね。嫌だったんじゃないかなー」
命の危機なのに飲んでくれないようになってもらっては困るので味を改良できたらいいのだけれど、それも難しそうだねー。
味覚も嗅覚も鋭いから薬草拾いの時もスッと離れて見ているし、こうして煎じている時になると音もなく逃げ去っていくくらいだ。あいつの薬嫌いは治らないだろうな。
「爆弾や回復薬の補充も必要ではあるんだけれど、今回は鎮静剤の作製がメインです。この場所で人体実験するわけにもいかないし、なんなら〈鑑定〉のスキルはあるので効果があるかどうかはそれで調べることにします」
『〈鑑定〉スキル持ってるんだ』
『習得するのは面倒なんだけれど持っているとそこそこ役に立つアレな』
そこそこじゃなくてほんのちょっとな。たまに迷宮から武器や魔導具が発見されるけれど、そういうときにも使われる。その場合は呪いがかかっていないとも限らないから鑑定だけではなく解呪の手間もかかるんだよな……。
鑑定も製作も強化付与も基本的にはダンジョンで行うものではなく地上で行うもの。そう考えると俺の適性が後方勤務なのは本当に正解なのだ。
「そういえば二ヶ月くらいずっとダンジョンに潜っていると世の中の流れに疎くなってさー。いま日本でなにが起こってるのかみんな教えてよ」
『お前がなにかを起こしてんだよ!』
『それとこの間助けた
「へー、十神君が。一日だけ狩りに連れて行ったけれど、そうなったかー。……むかしは世界経済がどうとかよくニュースになってたらしいけれど、今はせいぜい日本のどこかで自動車事故があったかがニュースになるくらいだよね」
俺には分からない話だが、むかしは相当みんながピリピリしていたらしい。見えない誰かにせき立てられるかのように動かされ、無限に積み重ねられていくノルマを前に自分の糸が切れないように立ち回る日々……だったんだとか。
ダンジョンや幻想の存在が現れて再び神代となってからはそういう心配だけはしなくなって済んだ。
けれどもまあ、十神君のような色恋沙汰のトラブルや、自己実現の問題なんかは手を変え品を変え今の人間にも降りかかってくる。
……家庭問題とかもね!
『実際のところ、まひろちゃんが新しいニュースを作っているところはあるよ。あと最近第二階層に居る民間の探索隊も話題になってる』
「お、第二階層の探索者? どんな話?』
『メープルシロップがかなり美味しいらしい』
『そういうやつなんだ』
……そいつは楽しみだ。パンケーキミックスの準備をしておかないといけないな。
第一階層でも果実を食べたりはしていたがメープルシロップほど甘いものを食べたことはついぞなかったので心が躍るなー。
『あと柊メリイって元探索者が二層の浅いところで修行してるらしい』
「お、おーう……」
マジか。本気になってるのか……。探索者ギルドの仕事は大丈夫なのか……?
そんなにパーティに入りたいのか……?
『まひろちゃん、そろそろ煙玉もいい感じじゃない?』
視聴者のコメントでようやく自分が目的の代物を作りすぎていたことを知る。予備にいくつかあっても良いけれど、そんなにたくさんあっても使う予定がないので〈ストレージ〉の肥やしになるしかないんだよね。
「おおっと、ありがと。……うん、鎮静剤としての品質は問題ないみたいだ」
あとは煙が上手く広がるかどうかだなー。
検品のために火をつけて広場に投げると煙幕が広範囲に張られていく。これだけの効果があれば十分だろう。
『ところでその鎮静剤に使った薬草ってなに?』
「んー、一般に教えると危ないから教えられないです。ギルドには後でレポートを提出しておくけれど」
向精神薬に使えるものは一般流通するととんでもない事態を引き起こしかねないと言われているので教えてはならないと言われているのだ。だからこちらとしても「こういうものを作ります」としか言うことができない。
「よし、今日のお仕事は終わり。今からレポート書くので一旦配信を切りますね。おつダンジョンー」
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