25 少年、決意をする

 俺の名前は十神亮一とがみりょういち。高校二年生の探索者だ。

 探索者のランクはA++、パーティ内での役割は攻撃手。幼なじみの和花のどかと長らく探索者を続けていたが、なかなかどうして学業との兼ね合いというものは大変だと思い知らされる。


 幼なじみという関係に終止符を打つべく探索者になり、和花と一緒に活動するようになり、若手としては上澄みのAランク帯にまで昇格するまでになった。しかし、探索者としての実力は上がっても好きな人に告白……いや、距離を縮めるような行為をすることすら出来ずに時間だけが過ぎていくだけだった。


 そんな中、呉島くれしまという大学生くらいの男がパーティに入れてくれと頼んできた。彼は口調からなにまで軽薄で、俺はうっすらと嫌な予感を覚えたものの、人を見かけで判断してはならないというのも世の中の大人たちはよく言うものだ。

 俺は結局、その嫌な予感を飲み込んで、彼をパーティに入れることにした。


 最初のうちはよかった。軽薄さはまだ気さくな性格だと捉えられたから。まだ経験の浅い俺と和花に人や場所を紹介してくれたり、普段では味わえない刺激があったのも確かだった。

 ただそれがじわじわと俺が入り込めない隙間が出来てきて……気がついたときには自分ひとりになっていた。


 家にも帰っておらず、チャットアプリも短く別れの文章を突きつけられてからブロックされていて。

 呉島に文句を言いに行く勇気もなく、俺は夢遊病患者のようにダンジョンに潜っていって――あのざまだ。


 どうして自分でも冥境めいきょうに行ったのかは分からない。適当に買った一日乗車券でたどり着いたのがたまたまそこだったからか、どうせ死ぬならまだ見ぬ強敵にやられてなんてやけっぱちになっていたのか。

 冥境に潜るなりすぐに迷子になってしまい、挙げ句の果てには敵いもしない相手と戦っていたなんて馬鹿げた話である。


 周りから見れば若気の至り、視野狭窄。そんな言葉で片付けられるものだろうが、俺の中ではそんな簡単に諦められるようなものではなかった。飲み込めて明日からなかったものにできるようになれるわけがなかった。


 腹部を突き抜ける痛みを抜けて起きると、そこには銀糸の妖精が朝焼けを受けてほのかに輝いていた。

 少女――まひろさん――は無防備にこちらに身体を預けて眠っていた。窓から注がれる朝日をまんべんなく受け取る彼女はどこか幻想的で、この世のモノとは思えないほどに美しく、けれど寄りかかっている身体の柔らかさが現実なのだと分からせてくれる。


 少女の柔らかさに驚いて身じろぎをすると、彼女は寝ぼけ眼でこちらを見やり、不思議そうに首をかしげたのだ。


「おーい、君、生きてるか?」


 笛の音のような美しい声にたじろぐ。上体を起こしたまま後じさりをすると、少女は迷わず近づいてきたので反射で手を突き出してしまい――柔らかい感触が手に広がった。顔に近い髪やうなじから少女の良い香りが鼻腔を満たして、やましいことなどなにもないのに変な感情で満たされてしまいそうになりそうだった。


 だって凄い格好してるんだもの……。身体のラインは出ているし、白く細い手足はその美しさが際立つように服によって強調されている。……目に毒とはこのことだ。


 衝動的に身の上を打ち明けて面倒臭そうな顔をされるかと思ったが、まひろさんはなんと短い間だけど鍛えてくれるとまで提案してくれた。あまりにもこちらに都合の良い話なため、疑問を呈すと彼女ははすっぱに「気分だよ、気分」と笑って返すだけだった。


 まひろさんは街を歩いていれば誰もが目を奪われるような容姿だというのに、どことなく気安いというか無防備だ。あまり近づかれると理性を保てるか危うくなってクラクラとしてしまう。


 ちなみに作って貰ったパスタだが、とても美味しいのだが量が多かった。だが不思議と出された以上に食べたくなったのできっと隠し味とかがあるのだろう。




 まひろさんが鍛えてくれると言ってから半日ほど、木霊の踊り場で狩りに同伴させていただいた。そこで実感したのがレベルの差があまりにも隔たりがありすぎて、お手本として見せられた行為を説明されても真似が全然できない。これでもまひろさんが二十歳で俺が十七歳。年齢的にはそこまで変わらないはずなのに技術的には大きな断絶があった。


 そういったことも想定内なのかまひろさんは言われたことを俺が達成するたびに褒めてくれる。それはもうクールに、「やるじゃん」と不敵な笑みを浮かべて。


 そのたびに言いようのない喜びと狂おしいほどの力への渇望が同時に駆け巡ってくるのだ。

 普遍的な「並び立ちたい」だとか、そういった感情が沸き立つたびに自身の至らなさを痛感してしまう。俺の探索者としてのランクはA++と、若さにしてはなかなかと言われるものではある。だがまひろさんが立つ場所はそのようなところから遙か遠くにかけ離れているのだ。


 一緒に居たい。せめて、近づきたい。

 一日足らずの狩りのなか、俺は自然とそういった想いを抱くようになった。



 暴れ猩々しょうじょうを見つけたと言われて心臓が早鐘を打った。

 やけっぱちになってぶつかった挙げ句、手も足も出ずに腹部に一発パンチを貰っただけで意識が飛んでおしまい。それが俺の対戦内容だ。戦いというのもおこがましいレベルである。


 あの荒々しいテレフォンパンチをもう一度放たれて、そのとき俺は動けるのだろうか。意識がブラックアウトする直前が何度も思い起こされ、全身がこわばってしまう。


 落ち着け、怖がってもいいことなんて一つもない。そう自身に言い聞かせてもビビリってやつは俺の腹の中からどいてくれることはない。


 一度、大きく深呼吸をしようとした瞬間――まひろさんが両手でこちらの手を握ってきた。

 細く柔らかく、けれども所々にもうクセになっていてとれないタコができている手。俺なんかよりも余程、探索者としての技能向上に情熱を費やしたのだとそれだけで理解させられる手。


 ドキドキするような、安心するような。なんだか言葉にしがたい感覚。

 その感覚を追っていくと不思議と緊張はとれていて、今までで一番脱力ができていた。


 不意打ちをかけてからの戦いも、常に有利な状況で戦うことができた。

 冥境のモンスターを倒した俺自身の成長もあるのだが、それ以上にまひろさんが常に暴れ猩々にとって嫌な位置を取ってくれていたのが大きい。


 戦いの最後に芽生えた感覚――新たなスキルを使用して、前回は相手にもならなかった敵を倒すことができた。消耗は激しく、連戦となるときちんと準備をしてからになるが、この一戦を乗り越えたことによる自信は大きなものになった――はずだった。


 暴れ猩々を倒した直後、もう一匹のそれが草むらから飛び出してきた。突然の出来事に俺は対応することが出来なかったが、まひろさんは違った。彼女は待っていたかのごとく小剣を抜き、一撃で葬り去ったのだ。

 俺が据え膳でようやく倒した敵をこうもあっけなく……。


 まだ、これだけの差があるのか――。


 一日、鍛えて貰うことでどれだけの差があるかを知りたかった。ついて行けるのであれば頭を下げてでも探索を手伝うつもりだったが、ここまで隔絶しているとなると今から本気で鍛え直してようやくついて行けるかどうかだな。


 ……まひろさんは地上には帰らずに冥境に挑み続けるらしい。

 いつか追いついて、彼女の助けになるぞ!

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