24 エルフ、探索者を鍛える

 十神少年の鍛錬をスケジュールにねじ込んでしまって半日ほど。日は徐々に沈みかけていた。

 この龍人の少年、十神亮一君だが、非常に筋が良い。


 単純に頭が良い。こちらの一挙手一投足を観察して逐次自分の中に取り入れようとしているし、分からないところはまっすぐに質問をしてくる。どうしてかは分からないがこちらの顔をまっすぐに見てくれないのは困るけれど、態度そのものは真面目なんだよなあ。

 目が合うと……あ、また逸らした。


 木霊の踊り場を散策して、会敵してはこちらが注意を引いてその隙に亮一君に倒させるというやり方でここら辺の敵に慣れて貰っていた。

 探索者は魔物を倒していって強くなる。技術は訓練で主に鍛えるが、魔物を倒すことによって得られる魔力は実戦でしか得られないものである。


 亮一君はあと数年も経って頼もしい仲間も居れば冥境への攻略も夢ではないほどの素質に溢れている。ただその優れた能力ゆえに、これまでは敵を圧倒できていたためか力を要所で上手く使うといった駆け引きは苦手なようだが。


 もはや俺にとっては見慣れた回廊。そこでモンスターを倒しては肩で息をしている亮一君を見やり、タイミングを見計らう。


「まひろさん、本当にこんな場所で暮らしてるんですか?」

「不本意だけどね。でも最近はこの子――シロガネもいるしそこまで大変じゃあない」

「ワフン」

「いまこいつどや顔しませんでした?」


 たしかにしたねえ。シロガネの中の序列はもう俺、シロガネ、亮一君の順で決まってしまったようである。


「幸い君は伸びしろもあるし飲み込みも早い。狩りのおかげで昨夜よりも強くなっている。……今なら暴れ猩々しょうじょうにも勝てる! ……はず!」


「はずって……」


「戦力比だとそうなんだよー。あと苦手意識とかが拭えなかったらその分不利だし。……でも、冥境のそいつを単独で倒せる探索者ってのは世界が広くてもそう居ないよ。見返したいヤツらがどれだけ強いかは知らないけれど、少なくともそこまで強いってことはない」


 ここまで言って、亮一君は真剣な面持ちのまま息を呑んだ。拳をぎゅっと強く握り、深く息を吸い込む。そして自分の中にあるなにかを振り払うように頭を振って、こちらをまっすぐに見据えた。


「やります、やらせてください」


「よし、じゃあ行こうか。シロガネ、偵察頼んだ」


 体毛のほとんどが黒く染まっているシロガネは、タン、と音もなく疾駆すると木々の影のなかに溶けて消えていく。こうなるともう俺でも追うことは難しい。となりの少年はもうどこに消えたのか分かっておらず唖然としているだけである。


 シロガネの向かったであろう先へと俺は先導していく。後ろからついてくる亮一君は警戒を怠らずに、しかし気になることがあるのかこちらに問いかけてくる。


「シロガネ君、ホワイトウルフの変種ですよね。どうやってテイムしたんですか?」

「ひとりぼっちのところで言葉をかけてエサをあげたら……今に至る?」

「なんで疑問形なんすか?」


 なにがおかしいのか亮一君はくすくすと笑った。それにつられて俺もつい笑ってしまう。


「ようやく笑った」

「え?」


 ぽかんと間の抜けた返事をする少年。そんな彼に俺は言葉を投げかけ続ける。


「意識が戻ってからずっと目をそらされるか思い詰めた顔してるかでさ、ずっと笑ってなかったじゃない。……笑ってたほうが魅力的だよ」

「――」


 後ろでなにかあたふたとし始める亮一少年。……なにか要らないことでも言ったかな。

 転びそうになる気配を感じたので立ち止まって彼の身体を支え、手を引っ張っていく。


「ちょ、え――」

「ほら、行くよ」


 剣ダコをたくさん潰した努力家の手を引いていくと、見計らったかのようにシロガネがヌッと現れて間に割り込んでくる。

 こちらの手に頭をすりすりとなすりつけて甘えようとしてくるのでひと撫でした後に注意。


「今はそんな時じゃないぞ、シロガネ。さ、やつはどこに居た? 教えてくれ」


 両耳を下げて不服そうにするが、シロガネはしっかりと集団の先頭に立ち、先導していく。


 回廊を通らずに森の中を通っていく。これが出来るのはシロガネが居るからだけではなく、俺たちが木霊の踊り場という場所に精通してきたからでもある。いつか遠くないうちに来るであろうホワイトウルフの群れとの戦いもあるため、こういったことをやれるのはもうあまりないかもしれない。


 むかしは人と関わるなんて自分の時間を削られるとしか考えられなかった。けれども自分の時間を与えるということは誰かの人生の中に自分が存在しているということでもある。誰かと積極的に関わる必要なんてどこにもないかもしれないけれど、積極的に孤独になる必要だって同じくらいないのかもしれない。


 先導しているシロガネが立ち止まり、視線で獲物がその先にいることを訴えかける。俺は亮一君を手で制し、ハンドサインを出して一匹で木の蜜を食べている暴れ猩々を注視させる。


「今回、俺たちは手を出さない。危なくなったら手出しはするけれど、そうなった時だけ。いつ突っ込むかも君に任せるよ」

「……分かりました」


 亮一君にポジションを譲ると、彼は手をグーパーと握ったり開いたり深呼吸をしたりして落ち着こうとしているがどうにも効果がいまいちのようである。そわそわとしてこのまませわしなく駆け出しそうな彼の手をぎゅっと握って掴む。

 ぎょっとした表情の亮一君。だが少し時間が経つと嘘みたいに震えが止まっていく。


「……ほら、これで大丈夫」

「……ずるいっすよ」


 亮一君は左腰に佩いた長剣を抜き去り、先ほどまでの慌てようと打って変わった落ち着きぶりで暴れ猩々へ向かって歩を進めていく。

 彼の歩法は今日一番の冴えを見せており、勘の鋭い大猿でさえ接敵に気付くのに数秒を要した。

 俺はワイバーンの短剣を〈ストレージ〉から抜いて草むらから出る。


「シロガネ、お前はホワイトウルフたちの横やりが入らないか警戒を頼む!」

「ワウ」


 分かっているよとばかりに落ち着いた返事をするシロガネ。彼のことは放っておいて亮一君のことを見守る。

 といってもやることは簡単だ。暴れ猩々の視界に入り、相手にとって居て欲しくない位置に居続ける。それだけ。

 この戦いに手を出すつもりはないが、苦手意識が入っている相手に負けて貰っても困る。それを払拭するために気持ち良く勝ってもらおうって話なのだ。


 亮一君も次第に動きから固さがとれてきている。苦戦はしていてスタミナの消耗も激しいが、これを乗り越えれば探索者として一皮むけることだろう。界隈ではこういう試練を乗り越えた時にいいスキルを授かることが多いと噂されているのだけれど……。

 精神的にも技術的にも自身の殻を破っていければいいのだが。


 暴れ猩々が攻撃や防御の度に体勢を変える。姿勢がズレるたびに敵がギリギリ認識できる場所で、かつ相手から見て刺しに来られたら対応が面倒臭い側面部などに位置取りをし続ける。


 攻撃を長剣で弾き続ける亮一君の集中力が暴れ猩々を上回ったのか、モンスターはここで大きくたたらを踏んでしまう。そこを見逃すほど甘い探索者はいるわけもなく、亮一君は九連撃の斬撃を放ち敵を倒してのけた。


 あの凄まじい剣技は反動があるのか、亮一君はよろけてしまい――その隙をついて草むらからもう一匹の暴れ猩々が彼に襲いかかってくる。先ほどよりも強大な個体を前に彼は動けずにいる。手札を使い切った亮一君をかばうべく、彼の前に立ち、暴れ猩々の急所を一瞬で突く。


 悲鳴も発さずに地面に崩れ落ちるモンスターを、亮一君はどこか信じられないようなものを見る目で見ていた。


「……まだ、これだけ」

「お疲れ様。その年でソロで暴れ猩々を倒せるってのはもうあとはどれだけ腐らずやるかだね。……心配しなくていいよ、実戦経験は訓練ありきだからさ」

「……うす」

「なにふてくされてるのさー、見所あるって言ってんのに」


 バシバシと背中を叩いて立ち上がらせる。

 俺も変生へんせい前だったらたくさん準備してやっと倒せてたくらいだろうしなあ。



 結局、翌日に亮一君は地上に帰ることになった。

 Gagisonガギソンで帰還用のアイテムを買って、昼前に地上に帰っていった。

 これ以上はホワイトウルフとの戦いに巻き込んでしまう可能性があるからこちらとしても都合がよかったところではある。ただまあ、一緒に居てご飯を食べさせたくなるような人ではあるのでもうちょっと居たかった気持ちはある。


 けれど、これは亮一君の希望だ。

 どうやら俺は結構、彼のことを気に入ってたみたいで「パーティでも組まないか?」とつるっと話してしまった。そうすると彼は顔を真っ赤にして下を見てなにかを呟いたあと、真剣な面持ちでこちらを見据えて「こっちの準備が整ったら、そっちに行きます」と宣言されたのだ。


 どういう気持ちの変化が彼に起こったのかは分からないし、それを聞こうとは思ったけれどしなかった。聞いても教えてくれそうになかったし。

 おっと、そういえばもう亮一君は帰ったことだし、配信のミュート切らないとな。


「……ごめんねみんな。さすがに青少年の生活模様を無許可で出すわけにはいかないからさ」


『大丈夫。切り抜き技術でまひろちゃんとシロガネ君に関するところだけ抽出しているから』


「悪魔の技術ってこえー……」


 これ神々との協定がなかったら悪魔がもっとヤバい商売してただろ……。

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