19 エルフ、相棒をしつける
「……」
「……」
じっと見つめているとシロガネのことが段々と分かってくる。こいつもブレることなくこちらを見つめている。
彼と接していて分かることは、かなり賢いことと自制心があることだ。俺は犬を飼ったことがないので普通の彼らがどういった知能を持つのかは知らない。だがシロガネに関して言えば、こうしてじっと見つめているときは指示を待っているし、狩りの時はアイコンタクト一つで獲物を追い込んでくれる。
ルールに対しても理解が深く、一度「これはするな」と指示をすると同じ失敗をすることはほとんどない。というか先読みなのか野生の勘なのかは分からないが、なかなかミスをしない。
「シロガネ、よし!」
「ワウ!」
フェイントを織り交ぜて〈ストレージ〉からフリスビーを取り出しつつ投げる。シロガネはフェイントに騙されることなく悠々とフリスビーを追いかけて余裕でキャッチをする。
こちらも本気で騙そうとしているのだが、なかなか出し抜くことは出来ていない。人間相手ならやれたことがホワイトウルフ――シロガネ相手ではあまり通用しない。これは種族としての強さなのか、シロガネ自身が持ちうるものなのか。前者ならおそらくまたやってくるであろうホワイトウルフの群れの対処も考えなければならない。
「ハッハッハ」
「よーしよしシロガネ、偉いぞ」
フリスビーをくわえてこちらに持ってくるシロガネ。彼が撫でて欲しそうな表情を浮かべるので全力で撫でてやる。わしゃわしゃと撫でている間に〈ストレージ〉の設定をいくつか変えて、運指によって果物が即座に取り出せるようにしておく。――そして機を見計らって取り出して投げる!
ぐわん、と大きくなってきた相棒の身体が起き上がり、三方向に投げられたリンゴ三つを地面に落ちる前に全部飲み込んでいった。
うーん……やっぱり不意打ちが通用しないなあ。なんでだろう。
などと考えていると駆け寄ってきたシロガネがこちらの顔をペロペロとなめ始める。
「わふ」
「わかったわかった、試して悪かったって。リンゴが欲しいなら採りに行くついでに狩りに出かけるぞ」
◆
この階層で採れるリンゴで最も美味しいものと言えば姫リンゴである。紅顔を思わせる色艶、みずみずしく甘い食味のそれはこの冥境でしか採ることのできないものである。探索者がいくつか持ち帰っていて地上での栽培も試みられているが、なぜか人の手が加わったものよりも野生で採れる物の方が美味しかったりする。これは姫リンゴだけではなく迷宮美食の一般常識である。
シロガネの背に乗りながらリンゴの実を採集していく。その最中でもシロガネは我慢できないのか姫リンゴをねだるので、ついつい甘やかしてしまう。あまり甘やかすのは良くないと聞くけれど彼の喜びようを見ると俺の自慢の鉄の自制心もあまり用をなさない。
自制心といえば、シロガネは賢く機転も利くが唯一、自制心だけはまだまだ甘い。それは彼がまだ子供――有識者によると生まれて一月も経っていないのではないかという話もある――だからなのだろう。いかに彼が身体能力などの天賦の才に満ちあふれていても少しずつ積み重ねていくものに関してはまだまだ年相応の反応を見せる。
「よし、後は動物でも狩りにいくよ」
「……!」
「……シロガネ?」
こちらが問いかけるとバウ! と短く鋭く虚空に向かって吠える。その直後、そちらの方角の森からガサゴソと音を立てて複数の魔物が逃げ去っていく。……これはホワイトウルフだな。尾行されていたのかばったり感知範囲と重なったのか。それは不明だがシロガネのおかげで難は逃れたということは間違いない。
シロガネの背中に乗っている俺は彼の背中をポンポンと撫でて努めて落ち着いた声音でお礼を言う。
「ありがとな、シロガネ。……今日はもう帰ろう」
……しばらくこのルートは使えないな。
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