08 エルフ、探索者と遭遇する

「おはダンジョン! 今日も今日とて探索に行きます! 危ないやつの生息地や採集物の場所、第二第三の水場からできれば第二階層への階段を見つけられれば!」


『三日目にして逸りすぎ』

『調査するだけでしょ』

『三日目で第二階層への階段が見つかるのが早すぎるのよ』

『ほかのパーティはどのくらいかかったんだっけ』

『三ヶ月強。しかも途中で中継地点を作ったり地上で補給をしながら』


 視聴者コメントは続々と書き込まれていく。俺みたいにどうしても達成したいことがあるという人間以外は前時代の週五勤務とやらとはとっくにオサラバしている。なので暇人はかなり多い。

 攻略三日目になってお気に入りのジャージも少し汚れがついている。……一度配信を止めて洗濯でもしたほうがいいなあ。身体は蒸らしたタオルで拭いているがさすがに風呂にも入りたい。


 ……風呂、風呂か。


 草木が生い茂り、日の光もわずかに差し込むだけの樹海。歩を進めていくと、時折、木々の向こうに光が差している小さな広場が見えることがある。そこでは形を為している精霊たちが合唱をし、踊っている様子が見受けられる。それを見た誰が言ったのか、この階層は木霊こだまの踊り場とも呼ばれていた。


 のどかな見た目に騙されて頓死することは非常に多いらしく、協会調べではもっとも死亡数が多い階層なのだとか。


 スンスンとジャージの胸元を引っ張って匂いを嗅げばやや香るものがある。んー……井戸が開通すればお風呂とかも入れるんだけどなあ。生活魔法でお風呂を張るのはできないことはないけれど、魔力量のことを考えるとわざわざすることではない。


『索敵に抜かりがでるんじゃない?』


「ん、大丈夫。いま気配がいくつか動いているのは分かる。あとこっちに向かってきてるのも」


 直線距離でおおよそ五百メーターほど。入り組んだ通路の分も含めれば実質距離はそれ以上。

 おおよそ五人とデカい一匹がチェイスを繰り広げているのだろう。


『助けない選択肢は?』


「――ない!」


 きっぱりと断言すると直後にスパチャが大量に送られてくる。みんな好きなんだな、人助け。ガラにもなく嬉しくなり、こちらの駆ける速度も速くなるってものだ。

 入り組んだ通路を通らずに、俺は森の中を直線で突っ切って行く。素人がこれをやるとまっすぐ走れないものなのだが、俺は大丈夫。鍛えられたから。


 二十秒弱の疾走。森を抜けると、そこには走るのをやめた探索者たちと大きな蜘蛛のモンスターが相対していた。甲胄を着込み、盾で蜘蛛の液を受けている大柄の男。その周囲には一人の気絶者とそれを横たわらせて戦っている三人の女性探索者たち。


 探索者のひとりから誰何すいかの声が上がると、こちらは短く答える。


「助太刀だ! そこの気絶しているのには回復魔法をかけて!」

「助かる! ヒーラーは気絶してるやつだ!」

「すぐに終わらせるから応急処置だけして!」


 俺が大柄の男の隣を通ると、彼ははっとして呼び止めようとして……やめた。その代わり、大声で「ありがとう!」とお礼が返って来る。


 蜘蛛はターゲットをこちらに変えたらしく口から液体を吐き出してくる。さっきの人みたいに重装であれば受ける選択肢もあるんだろうけれど、こちらはジャージ一本で戦っている。当然、回避だ。

 ワイバーンのブレス? あれは喰らいたくて喰らったわけじゃないよ。


 蜘蛛が口から発射する液体は毒のようで、それに当たってしまった通路に生えている草がみるみるうちに枯れていく。

 距離を詰めていくこちらに対していまの攻撃が効果がないと判断したのだろう。蜘蛛――シルクスパイダーは地面に糸を射出する。

 これで間合いを詰めさせないつもりだったのだろうが――


「蜘蛛系のモンスターのそれには慣れてるんでね」


 通路いっぱいに広げられた蜘蛛の巣の上を跳ねるように渡っていく。

 こうした糸に絡め取られないために、師匠からしこたま蜘蛛の観察をさせられている。なんなら蜘蛛糸を渡れるようになるまで練習をさせられているのだ。


『バグ技か?』

『蜘蛛は自分が引っかからないように巣を歩いていてぇ……それを人間の身で実践していてぇ……』

『たまにネタ配信でやっている人がいるけど曲芸じゃなかったんだ』


 曲芸じゃないよ、理にかなった技だよ。

 ともあれあと十歩ほどで刃圏に入る。だがそれでは一手遅い。


 俺は腰に佩いた小剣に手をかけ、呼吸を整え――抜刀。


〈スラッシュ〉というアーツがある。〈剣術〉スキルがあれば誰でも覚えているし、なんならなくてもその技自体は習得できる、非常に簡単な技だ。単純に、脱力と緊張を軸とした振り下ろし。

 俺は指導員に教えを請うて有料レッスンを受け、一番下のランクの〈剣術〉を習得した。


 それからダンジョンに潜るたびに、いや、潜っていないオフの日でもひたすらに〈スラッシュ〉を使い続けた。

 磨きに磨かれ、そして師匠とのレッスンによって最後のエッセンスが追加される。


 そうしてただの振り下ろしだった〈スラッシュ〉は――離れた相手にも届く、圧縮した魔力を解き放つ斬撃にまで昇華されたのだ。

 探索者たちは他者から受け継いだ技を自らの血肉として昇華したとき、口伝に至ったと言う。


「よし、勝利勝利」


 頭から真っ二つになった蜘蛛を確認して、俺は襲われていたパーティの元に駆けつけるのだった。



「はい、今日はね、お風呂を作るよ」


 ベースキャンプにて椅子に腰をかけている。木の枝をナイフで削ってミニチュアの仏像を彫りながら、俺はコメントに目を通す。


『R18チャンネル移動か』


「違うわい。さっき助けた人たちから入浴剤を貰ってね。作るよ、露天風呂!」


『……ダンジョン潜ってるのに風呂に入るのか』

『臭い消しにはいいんじゃね?』

『危ないんじゃないかな』


 むう、少しばかり劣勢だ。

 だがここは退けないところなのだ。


「こちとらダンジョンから帰れないんでどこかでガス抜きしないとストレスが溜まるんだよー。分かってくれよー」


 実際、長期間のダンジョンダイブを予定しているパーティはなにかしらストレス解消手段を持っているものだ。知っている人では家で履いていた靴下をパッケージしておいて嗅ぐという強者もいる。


 地上にいるときほど身ぎれいにする必要はないのだが、身体を洗えなくてストレスが溜まることはままある話だ。パーティであれば交代制で水浴びをしたりするのだが、ソロだとどうもね……。


「それと他にも食料や飲料水、塩も貰ったし、ルウがあるからカレーやシチューも食べられる」


『蜘蛛の糸はどうするの?』


 蜘蛛の糸も先ほどの戦闘で大量に得ることができた。七対三の割合で俺が貰うことになったけれど、服を数着作ってもおつりが来るほどではないだろうか。


「それも考えてます。やっぱり魔力の多寡で防御力が決まる世界なので、これはやっぱり作るしかないです、服を。というわけで近いうちにジャージも作るよ」


『もうちょっと映える衣装を』

Gagisonガギソンだと売ってないだろうね、そのクラスの素材は』

『売ってたとしても買えないな、間違いなく』


「俺はジャージが楽だから着てるの。そういうのを求めるならアイドルやりながら潜ってる子たちを見つけなよ」


 こちとらDIY系配信者である。ドル売りは畑が違いすぎるし、なによりやるつもりはない。


『ド正論』

『だけどよぉ、売れるぜ? アイドルは』

『この距離の近さはアイドルというよりサークラじゃね?』


 おいこら、結構傷つくぞ。

 いやでもこの姿で大学に戻ったら研究室での扱いがガラッと変わりそうなのは予想に難くないんだよな……。


 まあ男に戻るまで、女神を殴るまで地上に戻る気はないんだけどさ。


『で、まひろちゃんはなにを彫ってるの?』


「ミニチュア仏像」


『どっちかってーとコケシじゃね……?』

『美術センスがあんまりないよね』

『デッサンが狂ってる』


 なんだとお前らー。俺の高校の時の美術は3だぞ? 仏像くらい……うん、コケシだわ。

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