05 男もすなるDIYというものを、エルフもしてみんとてするなり

 木を切り出して大きな焚き火を作っていく。木の種を着火剤にすると火は大きく燃え上がっていく。

 その中に魔物の骨をくべていき、じっくりと時間をかけて灰にしていくのだ。


 今までは〈クラフト〉によって手間を省いていたが、護法灰の作製くらいはスキルに頼らずになるべく自分でやっておきたい。

 それに自分としても火が燃え上がってくべたものが爆ぜていく音、そして暖かで乾いた空気の中にいるのは気分がいい。


 俺たち探索者が、ダンジョン内で安全を確保する方法のひとつが護法灰の使用だ。

 なのでこれを作製することは探索者にとっては日常であり、必須の知識、技術である。


 なぜこの灰が魔除けになるかと言うと、一言でいえば魔なるモノであるからだ。毒を以て毒を制すというように、これは魔物の魔力を辺りに示すことで素材より弱いモンスターを忌避させている。

 一部、聖なる力によって保護された場所がダンジョン内にもあるが、そういった場所はなかなか見つからない。だから探索者にとっては魔をもって魔を制すこのやり方が一般的なのだ。


「おはダンジョン! 今夜は護法灰を作っていくけれど、そのついでに汲んできた湧き水を煮沸させていこうと思います」


『夜なのにおはよう』

『業界人だな』


「ダンジョンクラフト部の挨拶はこれにします。良い感じの言葉なので」


『おはダンジョン!』

『おはダンジョン!』


「おっ、ノリがいいやつは好きだよー」


『で、護法灰ってどのくらいの効果があるの?』


 視聴者からの質問に俺はぴっと人差し指を立てて花丸を描く。


「良い質問だね。どのくらい効果があるかというと、素材となった魔物より弱いやつはまず近寄らなくなる。でも時間経過によって効果は減じていくから、フルスペックを保てるのは一日あるかないかだね」


『暴れ猩々しょうじょうの灰なら余程強いモンスターじゃない限り近寄らないんじゃないかな』

『はえー』

『とりあえずワイバーンに襲撃されるのはなくなるんだ』


「へえー。俺も冥境の魔物には詳しくないから助かります」


『護法灰に必要なのは魔力だから、まひろちゃんが魔力を付与した木炭の灰でもいいんじゃない?』


 ちなみにこれは出来ない。

 魔力の付与は大体の探索者ができるのでやりがちだが、魔物の灰以外に魔力を込めて散布しても効果は得られない。


「これはね、護法灰に必要なもうひとつのものが『魔物の臭い』だから、単に俺が魔力を付与した灰を撒いただけじゃダメなんだ」


 理由は諸説あるが、一番それっぽいのは魔物は単に相手の魔力を感知しているだけではなく、強い魔物を倒したやつがそこにいるということを臭いと魔力から察知しているからというのもの。それなら俺の不出来な頭でもなんとなーく感覚で理解できる話だ。


 けどまあ神や悪魔、魔物やあやかしに関してはまだまだ研究は始まったばかりの分野なので、すぐに正解にたどり着けるとは限らない。長い目で見ていくしかないところだ。


「……っていまちゃん付けしたな!」


『ごめんごめん』

『メンゴメンゴ』


 俺は男だ! と言っても説得力がないのは分かるが、こういう時はちゃんと言っておかないと配信内に両親とか兄を名乗る不審者が現れるって聞いたからな。自衛はしておかないと。

 

 底の深いダマクラカス鋼のフライパンを使って水を蒸留している。こうすれば時間はかかるが蒸留した安全な水が得られる。


「身体を拭いたり着火につかう種火は生活魔法でなんとかなるんだけど、飲み水はどうしてもね」


『魔法で生成した水を飲んだらダメなの?』


「非常にマズいね。生活魔法で生成した水はあくまで魔力でできたものだから、取り込みすぎると魔力中毒を起こしてしまうんだ」


『魔力中毒を起こすとどうなる?』


「良くて気絶や吐き気、倦怠感などの症状。悪くて死んじゃいます」


 魔力中毒での死亡は遭難時の死亡率の上位である。喉の渇きに耐えられずに生活魔法で精製した水を飲んで中毒死……という事例が非常に多い。なので政府や協会のホームページ、SNSなどでは魔法水の飲用の危険を徹底的に周知しているのだ。そのおかげもあって、地上での中毒死率はほぼゼロに抑えられている。


 ただ生活魔法が使えるのは事実だ。こうやって真水を蒸留するためにフライパンの蓋を水で冷やすのは全くもって問題がないし、なんなら身体を拭いたりお風呂にだって使える。そういった意味では下手な戦闘用の魔法より役立っている。

 まあ俺が戦闘用の魔法を使えないから持ち上げている面はあるんだけれどもね……。


 フライパンを置いている石のかまどから離れて、燃え上がる焚き火に近づいていく。魔物の骨は徐々にではあるが砕けていっているので、そこに追加の燃料と骨をくべていく。


「……思ったより暇だから今後の準備をしていくね」


 多分、焚き火の映像だけで視聴者はふわっとついてきてくれるんだろうけれど、なにかを話さないといけないと思うとこちらの間が持たない。


 なので探索に使う道具を作っていくことにする。

 女になったこと、レガリアという上位のスキルを得たこと。それらの違いはあるとしても、探索者としての俺の戦い方、探索の方法は変わらない。

 ダンジョンで採取したり店で買った素材でアイテムをつくり、それと鍛えた基礎能力を駆使して戦う。つぶさな観察によって敵の力量を看破し、安全に倒せる数を相手にする。


 冥境の第一階層で拾った薬草をゴリゴリとすり鉢で煎じながら、俺は問いかける。


「じゃあ俺からみんなに質問です。ソロでダンジョンに潜るのに俺が重要視しているものは、強さ以外でなんだと思う?」


 これの答えは俺が考えたものではない。上京するにあたって師事した探索者の先輩が言っていたことだ。

 俺の出題にコメント欄は大いに盛り上がりをみせる。その中からピックアップすると……


『武器?』

『まだ行けるはもう帰れ』

『いざというときの娯楽』


「うん、どれも重要だけど不正解。正解は――毒や恐怖などの異常への対策」


 ソロというのは文字通りひとりで行うことだ。

 たとえ麻痺毒を貰ったとしても、パーティであれば回復役が健在であったり薬の備えがあれば難なく乗り越えられる。


 翻って、ソロであれば?

 答えは簡単。敵前で動けなくなった段階で詰みだ。

 精神状態を極端に悪くされても、麻痺になっても、石化しても、眠ってしまってもソロであればそれだけで終わりだ。

 ひとりというのはそういう脆弱性を常に抱えているとても弱い状態なのだ。


 だから師匠から言われたことはひとつ。

『どんな状況であっても意識喪失や身動きが取れなくなる事態に陥らないように備えろ』と。


 麻痺毒や興奮状態、石化や睡眠の毒を日常的に盛ってくる師匠の元で「それだけは喰らわない」ように鍛えられてきた。


 当時は鬼畜、悪鬼、悪魔、マンチキンと散々罵倒したものだが、いざ迷宮に潜ってみるとあの所業に助けられたと何度も実感したものだ。


『たしかに行動不能になったら死ぬな……』

『敵が待つわけないしね』

『俺たちパーティで潜ってる探索者は薬を使って貰えばいいし、最悪、帰還用のアイテムで帰れば問題ないからなー』


「なので俺は親知らずを摘出した場所に万能解毒薬のアンチドートを仕込んでいるし、状態異常への耐性を上げる薬を常時服用してるんだ」


『でも薬って結構高いんだよね……』


 それはそう。特に耐性上昇の効果をもつものは一時的にしか効果がないもののかなり高い。だから普通のパーティは回復役を組み込んでいる。


 煎じた薬草を別の容器に入れて、また別の薬草をすりつぶしていく。

 そういったことを何度も続けて、次は薬草を組み合わせて丸薬を作っていく。


〈錬金術〉でも〈クラフト〉でもそうだが、実はレシピを知っていて〈鑑定〉の能力が高ければ手持ちの物品から逆引きで作りたい薬を思い浮かべることができる。

 成分が似通っていれば細部は違ってもおおむね同じ薬が作れるというわけである。


「というわけで解毒薬の完成! 次回の探索もよろしくね!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る