04 エルフ、唯一無二になる
「フンフフンフンフンフーン フンフフンフンフンフーン」
『なぜアメリカの国歌の鼻歌を』
『著作権対策じゃない? 徴収しに来るらしいよ、ダンジョンにも』
『後から口座上で徴収されるだけだよ』
ちなみにこの配信サイト『グシオン』でも著作権は守らなければならない法とされている。
SNSや通販サイト、配信サイトなどは悪魔が噛んでいることも多い。悪魔の名前の商品、サービスがあればほとんど本物が絡んでいる……らしい。これからよく使うことになる通販サイト
俺は新しい剣の感触を確かめながら冥境の第一階層を進んでいる。
この層は一言でいえば森林だ。天には太陽や月、星々が昇るし、草木は生い茂っている。気をつけなければ毒蛇に噛まれかねない危うさもある。
一定の規則内で通路が敷かれており、少なくとも迷路にはなっていた。草木が生い茂る場所を無理矢理に通ることもできるが、そうすると足下がかなり危険である。具体的に言うとトラバサミのように噛みついてくる植物が生えていたりするので、これと言った抜け道でない限り道を無視するのはおすすめできない。
今手にしている小剣はワイバーンの牙を〈クラフト〉で研いだものだ。小さく弧を描いているので曲刀に近いかもしれない。刺突と斬撃の性能に優れ、耐久力も折り紙付き。裸で持っているのも危ないのできちんと鞘も作ってある。正直、ここで得られるもののほとんどは余所では手に入らない性能のものばかり。この小剣だって売ればそこそこのお金になるに違いない。
多分、この剣を上手く高く売ればドロップアウトをして残りの人生をアフターライフにすることだってできるはずだ。
ただし収入がない状況に耐えられるか、自分の人生の上がりをここにする覚悟があるか。そういった心づもりがなければなかなか売ることはできない。
『まひろちゃんはどうしてその腕前があって探索者をやってるの?』
『お酒が飲めるってことは二十歳は超えてるし、学校に通っていなければ教官や研究員補助って道もあるから安全地帯にいられるのにね』
「そこも考えてはいたけど、ダンジョン用の販売士の資格を取って製造の仕事やろうと思ってるんだ」
『〈クラフト〉があるから?』
「……そうかもね。本質的に物作りが好きなのは、そういう能力を発現する要因だったのかもしれない」
ひとりでモノを作っている時は外のことを気にしなくて済む。人付き合いとか、それに伴うマウンティングと無縁でいられるのはありがたい。
俺はモノを作れて、気の合う友人とたまに会って、それで後はだらだらと過ごすことが好きなのだ。ダンジョンに潜るのは山登りみたいなものだ。
こちらが張っていた意識の糸がピン、と張り詰める。近くにモンスターがいるな……。
足音を殺して敵がいるであろう方角にこっそりと歩を進めていく。視線の先にいたのは赤色の果実がなっている大きな木を揺らしている巨大なオランウータンの姿。尻尾は三叉に別れ、その先にはろうそくのように火が点っている。
スマホと意識をリンクさせてスキャン。どうやら暴れ
だが不思議と緊張はない。三メートル近いあの巨躯から放たれる攻撃にだけ当たらなければどうとでもなる。
「よし、じゃあ行きます」
『いけるんだ……』
シッ、と地面を踏みしめ疾駆し、猩々に強襲をしかける。
猩々は一瞬のもたつきをみせて拳を振るう。しかし拳が捉えるのは俺が過ぎ去った地面。轟音を立てて地面に数メートルのクレーターが作られるが、その隙に俺は敵の懐に入っている。ワイバーンの牙で作られた小剣を敵の腹部に刺し穿つ。暴れ猩々はこちらを抱きしめようとするも、すでに遅い。俺は刺さった小剣を踏み台にして猿の肩まで登り、異空間からもう一振りの小剣を即座に取り出し、首を斬った。
ズシン、と力なく敵は崩れ落ちる。
はっきり言って余裕すぎる。実力が競り合ってくると行動は一手ずつになるが、今回の相手はそれすらもなかった。
これがこの辺りでの強者ならばもう少し冒険してもいいだろう。
『一瞬じゃん』
『カメラで追えていないところがあるんだけど』
「昨日のワイバーンもそうだったけど、武器と防具の問題さえ解決すれば負ける相手じゃないね」
ブンブンと小剣を振り回して風を切る。時々、身体を動かし間違えて胸に当たったりするが別にドキドキはしない。自分の身体だからかな。
モンスターがいなくなったこの森はとても静かで空気が澄んでいる。こういう空気を美味しいと評するのだろう。
んー、東京に住み続けなくても、家はここで時折人里に降りるくらいでいいのかもなあ。いや、さすがに危ないか。
俺は〈クラフト〉で死骸を解体していく。ここで気をつけなければならないのはあまりの量は受け入れられないということ。俺の〈収納〉にも制限はあって、保存するにあたって魔力で空間を維持している。魔力切れとかを起こすとどうなるか……。多分、大量の荷物が外に出て行くのかもな。
というわけで毛皮と骨、あと食べられそうな肉だけを回収していく。護法灰と料理に使えるからね。
◆
石のかまど……ではなく鉄のフライパンからじゅうじゅうと肉の焼けるいい音が聞こえてくる。野性味に溢れ、香草なども付け合わせることによって香り高く仕上がってきている。
「どうよ、これ。鉄とミスリルの合金フライパン!」
『ダンジョン攻略チャンネルってよりかはキャンプ飯チャンネルっぽくなってきたな』
『ダンジョンチャンネルでもあり……DIYチャンネルでもあり……キャンプメシチャンネルでもある』
『なんだか唯一無二になってきたな』
『冥境を攻略するまで帰りませんって時点で唯一無二だよ』
鉄はGagisonで鉄鉱石を頼んだのだ。本当は精錬された鉄がよかったのだけれど、高くて手が出せなくてェ……。そしてミスリルはなんと冥境産である。市場にはほぼ出回らない、大手の事務所が自力で採取して自力で加工するレベルのものがホイホイと手に入ってしまった。いやあ、運が良い。でも女にされた結果ここに来てるんだから本当に運がいいのか……?
「で、この合金……ダマクラカス鋼ってのが生まれちゃった」
『ダマスカス鋼じゃなくて?』
『ダマクラカスってなんだ』
『どことなくパチモン臭いな』
しかしこいつ、よく手に馴染むんだよね。あと鉄オンリーじゃないからか結構軽い。それでいて脂を蓄積して大丈夫らしく、このままこのフライパンを育てていけばきっと今より美味しいものが作れるぞー!
良い感じに焼けてきたワイバーンの赤身をフォークで刺し、ナイフで切り込みを入れる。すると肉に閉じ込められていた脂が熱されたフライパンに流れ出して蒸発していくではないか!
その辺に生えていた安全で香りのいい草と一緒に焼いていたら香りだけでご飯が食べられそうだ。……ご飯はないけど。
さて、と。
両手を合わせたのち、フォークに刺さったステーキを一口頬張る。
「うん……」
肉は堅いけれど、それがまた良い。噛めば噛むほど脂の旨味が口に流れ込んでくる。それに堅いと言ってもゴムみたいなものではない。
ちゃんとかみ切れて飲み込めるものだ。
「うん……!」
もう一口。
さらにもう一口。
『あのー』
『幸せそうだからいいんじゃない?』
『人が美味しそうに飯を食ってるだけで自分も食べたくなるのはなんでなんだろうな』
さあ、知らん。
……いや、ひとつ良い方法がある!
「……このワイバーンの赤身、Gagisonのマーケットプレイスで出品します! 配送サービスを使うので本当に高くなってしまうけれど、応援して貰っているので配送料と少しの対価だけで!」
瞬間移動の配送サービスはお高いのだけれど、ここで自分に興味を持ってくれるのであれば是非使うべきなんじゃないか。それに美味しいからみんなにも食べてみて欲しいし。
だが、コメント欄の反応はまちまちだ。
『うーん……』
『実際どのくらいかによるなあ』
『たしかに見てて美味しいのは分かるんだけれどね』
……たしかに。
さすがに配送料を全てこちらで持つと大赤字なのでそれはできない。そうなると当然、購入者の負担が大きくなるので財布の紐も固くなる。
俺はスマホに入力をして、配信画面におおよそこのくらいの金額であると示す。
『じゃあ俺ちゃんいっちょ買ってみますわ』
『成金先輩!』
『たしかに二日くらい日雇いで働けば十分に買える範囲内だから買ってみるか』
その声を皮切りに続々と購入者が現れてくる。こうなるともうワイバーンの肉がなくなるほどだ。
……てか即座になくなったぞ!?
〈収納〉の異空間を覗いてみればきれいにワイバーンの肉がなくなっている。
そしてスマホアプリで銀行口座を見てみると……すごいことになっていた。
迷宮内でもちょっと豪華に暮らせるんじゃないかな……ってくらい。
『ここって通販チャンネルだっけ?』
『いよいよ唯一無二になってきたな』
『ワイバーンの刺身美味しいです』
『生で食ってるんじゃねえ!』
「……迷宮攻略チャンネル兼、DIYチャンネル兼、キャンプ飯チャンネル兼、通販チャンネルってことで!」
しらねーよこんなになるなんて!
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