ふしだらバージンロリータ

上雲楽

帰郷

 少女に誘惑されて飯島は強姦した。それから十年の刑期を終えて飯島は故郷の駅に立っているが、当人には十年前と同じくらい古びて見えた。その日最後の電車が去って行って飯島は寒気を感じた。

家に帰ると妹が飯島の頬を叩いてから居間に通した。妹は父と母が自殺したことを伝えると泣き崩れてまた飯島を殴った。飯島は不愉快になったので妹の顔を数発殴って黙らせたが少し黙ってから妹は再び泣き出した。その時飯島は妹の首筋にほくろが一つあるのを発見した。こんなものは妹にはなかった。

「誰だお前」と飯島は尋ねた。

「飯島です」

妹はすっと立ち上がってキッチンに向かい、薄暗いキッチンが冷蔵庫の光で一瞬照らされた。冷蔵庫の中にはホールケーキの箱が入っていた。妹はケーキを切り分けながら鼻歌を歌った。

「お兄ちゃん、私とセックスしたい?」

「何のケーキ?」

「今日はかれんちゃんの記念日じゃない」

その名前は昔強姦した少女に似ている気がした。生きていれば、今の妹と同い年くらいだろうか。しかし目の前の妹はもっと若い。飯島には昔強姦した少女と近い年ごろに見えた。飯島は逃げ出そうと思ったがもう電車は行ってしまった。それに妹は包丁を持っている。包丁で刺されるのはとても怖い。

「痛い痛い痛い殺してやる死ね殺してやる」

と少女は犯されながら言っていたので飯島は自分事のように傷ついていた。飯島は人から悪意を向けられることに臆病だった。飯島が小学生の頃、妹のパンツの臭いを嗅いでオナニーしたことがあったがそれは生理前だったからできたことだった。しかし妹はまだ生理前に見える。鼻歌を歌って上機嫌に見えるかもしれない。ヒステリーを生理だと片付けるのはミソジニーに染まっているかもしれないと飯島は普段なら自嘲しただろうが、今は昔の少女を思い出して勃起していた。

 妹が切り分けたケーキをダイニングテーブルに置いた。ケーキは六等分されていて、そのうち二つが置かれた。

「フェラチオしてほしい?」

妹が股間を凝視している。

「誰だお前」

少女を強姦した時にフェラチオはさせなかった。食いちぎられるのが怖かったからだ。無論、飯島は女のリコーダーを舐めたこともない。唾液で興奮する異常者の気持ちが飯島にはわからなかった。

「かれんちゃん、ケーキ食べよう」

妹が二階に向かって叫んだ。しかし何も応えない。妹が階段の電気もつけずに上がっていった。飯島はその後ろを付いていく。この階段はこんなに急だっただろうかと飯島は思った。

 妹がノックもせずに入った部屋は子供部屋だったが、暗くて中はよく見えなかった。ここは自分の部屋だったはずだった。月明りが差し込んで、かろうじて学習机とランドセルのシルエットを認めた。

「かれんちゃんがいない。どこにやったの」

妹がまた飯島の頬を殴ったので妹のみぞおちを蹴った。妹が階段を下りていったので飯島は付いていったが階段を踏み外した。何度も頭を打って転がり、ちかちかとする視界を上に上げると妹がスカートをたくし上げていた。ボーダー柄の下着だった。

「私とセックスしたい?」

「自分がやったことじゃない」

「頭は強がっても股間は正直だね」

飯島の勃起はとっくに収まっていたが妹の下着を見て勃起した。あの時の少女が何色の下着を履いていたのか思い出せなかった。あの時は脱がすことに注力していたからだった。少女の抵抗がうっとうしかったので見る余裕がなかった。玄関の扉が閉まり、外側から鍵のかけられる音がした。妹が玄関に駆け寄った。

「かれんちゃんの靴がない。どうしよう、靴がないよ」

飯島には靴箱の様子は変わらないように見えたが違うらしい。妹が髪をかき上げた。妹はこんな福耳じゃなかった。妹は鍵を開けると家の外に出ていった。暗がりに残された飯島が家を出ようとすると妹が帰ってきた。その妹は眼鏡をしていて、唇が分厚かったので別人だった。

「お兄ちゃん、何か食べたいものない?久しぶりだもん、はりきっちゃうよ」

「誰だお前」

「でもデザートはケーキって決まっているの、ごめんね」

 妹がキッチンに消えていく。しばらくしてまた外側から鍵のかかった音がした。

「お兄ちゃんはかれんちゃんのことどう思ってるの」

「何を料理しているの」

「嘘ばっか。お兄ちゃんのことなんかお見通しなんだから」

妹が服を脱いだ。ブラジャーはしておらず、乳首が見えた。飯島は勃起した。

「私とセックスしたい?」

少女を強姦したのもこんな月明りの夜だった、と思い返したがそれは捏造された記憶だった。目立たないように新月の日を狙って強姦したからだった。少女は塾帰りだった。飯島は普段、その時間帯何をしていたのか忘れていた。テレビを見ていたのか寝ていたのか食事していたのか。

ダイニングテーブルに二人の老人の写真が飾られている。

「誰、こいつら」

「お父さんとお母さん。死んじゃった」

妹が泣き出したので殴ろうと思ったが写真の老人が笑いかけていたのでやめた。少女は初めは泣いたり睨んだり忙しかったが徐々に表情をなくしていった。笑顔に勝る表情はないと飯島は確信していた。笑うと歯茎が見える。しかし飯島にとって唾液はささいな問題だった。写真の老人は口角を上げるだけで歯茎は見えない。歯並びも見えない。老人だから何本か抜けていたかもしれないが、見えないものはわからない。妹の乳首は薄ピンクで、胸は盛り上がっていなかった。第二次性徴以前の大きさに見えた。

 玄関のドアがガチャガチャと鳴った。誰かが外側から開けようとしているらしい。こんな田舎では音など誰も聞かない。事実、少女の防犯ブザーは無意味だった。

「かれんちゃんかもしれないね」

妹が飯島の股間を撫でながら言った。刑務所ではトイレでオナニーしていたから広い場所で勃起することに違和感があった。トイレには監視はないが妹が見ている。

「殺す、お前の顔覚えたからな。絶対殺す。みんな殺してやる」

少女は自分の顔を覚えていたらしいが、飯島は鏡を見てもなかなか自分の顔を覚えられなかった。集合写真でも自分を見つけられない。少女に目を付けたのはどこかのクラスの集合写真だった。

「私の何が見たい?」

妹がこちらの顔を見ている。妹は斜視だった。ずれた左目の見ている方向を振り返ると窓があった。窓に自分と妹が反射している。窓の向こうに誰かいる。何かの影が揺らめいて見えたがそれは刑務所暮らしの職業病だったのかもしれない。

「誰だお前」

窓に向かって呼びかける。飯島を監視する者はもういないはずだった。かれんちゃんが見ているのかもしれない。知らない名前だがそれは飯島を知っているのかもしれないし、飯島が知っているのかもしれない。家を出たら見つかってしまうから、飯島は逃げることができなかった。誰に見つかるのかはわからないが監視されていることは明白だった。

「私とセックスしたい?」

妹が乳房を飯島に押し付ける。飯島は勃起していたので陰茎が妹に押し付けられた。少女に挿入したとき、流血したので処女だとわかったが、処女膜が破れても流血しない、あるいは非処女でも流血する人がいるらしい。これは刑務所で知ったことだった。飯島は内気だったので刑務所では誰とも会話しなかった。

「処女なの?」

「奪って」

「殺す」

窓の外から声がした。飯島は振り返ることなく妹の乳首を見ていた。乳輪は小さく、産毛も見えない。老人が笑いかける。振り返ることができない。

「誰だお前」

「処女」

 二階の明かりがついた。誰かが二階にいる。振り返らずにそれがわかったのは妹の目を見ていたからだ。妹の目の中で、飯島が映り、その背後が、光っている。妹の左目は飯島を見ていないように見えるのは欺瞞だ。少女の頭にも黒いビニール袋をかぶせてから強姦したのに自分の顔を覚えていたからだ。きっと少女も飯島をずっと前から見ていたのだが、それは飯島にとっては前提だった。少女はずっと誘惑していた。こちらを見て、視界に姿をさらしていた。集合写真に写った少女も笑っていた。飯島にはかれんちゃんの笑顔が容易に想像できた。何本か乳歯の欠けた笑顔。少女は生きていればもう小学生ではない。飯島の中の少女は十年前から変わらないのにもう少女の顔を思い出せない。

「私とセックスしたい?」

「妹なんだろ」

「お兄ちゃんじゃダメなの?」

ドアがガチャガチャと動く。

「助けて。お兄ちゃん、助けて。いるんでしょ。私だよ、嫌だ、犯されるの嫌だ、助けてお兄ちゃん、助けて」

家の外から聞こえる音は何もない。目の前の妹はいなくなって飯島はただ勃起していた。オナニーか強姦しないといけないと思った。しかしこの家は監視されている。監視されていては射精できないのが飯島だった。だから強姦したときも少女は飯島を見ていなかったんだと思う。だから犯される前に誘惑し続けたわけだ。赤いランドセルや、ピンクの習字カバン、青いリコーダーの袋、その他さまざまなメッセージで。

 叫び声は飯島のものではなかった。笑い声も。笑いながら射精する人はいない。だから飯島が射精することはなかった。

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