第2話


 私はナイジェル王国の第一王女セシリア・ナイジェルとして生を受けた。

 生まれた当初から後宮へと囲われて、籠の中にいる鳥のように全く自由のない生活をしていた。

 初めの頃は王族だからこのようなものだと思っていたが、どうやら私には別の理由があった。

 それは私が生まれた時から膨大な魔力を保有していたから。

 歴史の背景からも私ほどの魔力を保有しているのは稀有な存在であったため、他国に私の存在を知られないように後宮へと囲われたのだ。

 後宮にいる侍女なども王族に絶対的な忠誠を誓っているものだけで集めて、私が成人するまで存在を秘匿し続けた。

 成人するまでの間は、保有している魔力を安定して行使できるように魔力制御から習得した。

 どうやら私の魔力は魔法使いであれば近くに寄るだけで魔力酔いをしてしまうほどに膨大なのだという。

 逆に魔力を殆ど保有していないものであれば、何も感じないらしい。

 この国にも魔法使いは数多くいるため、私の魔力が膨大であることを認知されないために魔力制御によって自己の魔力を隠蔽する技術は必須であった。


 魔力制御は一見簡単そうに思えたが、全く習得することができなかった。

 普通の魔法使いであれば、半年程度で習得ができるのに対して私は魔力が膨大なのが影響して、一般的な魔力に感じさせるように制御するのができなかった。

 結果的には一般的な魔法使いレベルまで魔力を制御できるようになるまで、3年の月日を要した。

 その後は、実際に魔法を行使してみる訓練に移行した。

 初めて魔法書に記載されている魔法の呪文を詠唱して魔法を使った時は驚きもあったが嬉しい気持ちになった。

 火・水・土・風魔法として基礎的なものから、空間を意のままに扱う瞬間移動テレポートや重力魔法、更には聖魔法まで行使ができるようになった。

 そして味方に付与する魔法として身体強化魔法や魔力譲渡なども習得した。

 12歳になる頃には、すでにこの国にいる魔法使いの中でも最も優れた存在になっていた。

 歴史上では一度だけ魔法に優れた者に対する称号として『賢者』というものが与えられていたが、明らかにそれを凌駕する私には歴史上で初となる『大賢者』という称号が与えられた。


 そして15歳になり成人になったことで、少しずつ第一王女の存在が噂せれるようになってきた。

 そんなことから私も将来のことを考えるようになり、一番最初に思いついたのが嫁ぎ先についてだった。

 何故なら2つ歳が下の妹である第二王女フローラが他国の王族と婚姻が決まったためだ。

 私という強大な力を保有している者を他国に嫁がせるわけがないので国内の貴族との婚姻は確実だろう。

 しかし、一度も公の場に出席したことがない第一王女だったために貴族間で様々な噂が広まっていた。

 国王陛下である私の父からは病弱であるため自室から出るのが難しかったという説明をしていたらしいが、これを信じる者は少なかった。

 娼婦から生まれた子供ではないか。

 人前に出られないほど顔が醜いのではないか。

 王族の象徴を持って生まれなかったのではないか。

 そんな噂が広がっていたようだ。

 私の侍女達は身勝手な噂に心底腹を立てていたが、あくまで噂は噂。

 私が公の場に出たらその噂はすぐに消え去るだろうと考え、侍女達を宥めたりしていた。


 噂の多い私ではあるが、婚姻は避けることはできない。

 健康体で子供を産めるのであれば王族の血を後世に残すために、政略結婚であっても受け入れるしかない。

 とはいっても一つだけ問題がある。

 それは生まれてから一度も父以外の男性と私は話をしたことがない。

 それは私の身を隠すためでもあったが、何より私の容姿は世の男達を一瞬で虜にするほどなのだという。

 でもそれは親目線や私に仕える侍女だからこそ贔屓目で言っているのだろうと思っている。

 改めて自分の姿を鏡で確認してみた。

 王族の象徴でもある青色の髪に、母親譲りの灰色の瞳。

 目は少しだけ吊り目で、相手を睨めば威嚇しているかのようだが、そんなことさえしなければ優しい目元をしている。

 そして母親の遺伝により身体が成長するのに比例して胸もどんどん大きくなっていった。

 侍女達の胸を見ても私ほど大きくはないので、私が特別に大きいのだろう。

 そんな侍女達は私の容姿のせいか極力男性に接触しないように気を利かせていた。

 私としては会って話をしてみたかったのだが、公にされていない王女だからこそ何の後ろ盾もない令嬢と思われて良いように利用される可能性もあるからと用心をしていたようだ。

 そんなことを貴族の子息がする訳がないとも思ったが、世の中の男達は人の皮を被った狼だと教えてもらった。

 美しい女性を見れば男は欲望のままに襲ってくると耳が痛くなるほど言われた。


 このようなこともあり私はたくさんの人から大切に育てられて成長をしていった。

 そして15歳を迎えた日に父である国王から初めて呼び出しを受けた。

 侍女達はついに婚約相手が決まったのではと盛り上がっていたが、いざ父から話された内容は全く予想をしていないことだった。


「魔王復活の兆しがあるのは知っているか?」


 魔王。

 この世界に存する魔物を使役し、人類の滅亡を計画していた邪悪な存在。

 数百年前に勇者として選定された人物が、自分の命を犠牲にして魔王を封印したのは人間であれば誰でも知っていることだ。

 そしてその魔王がこの10年以内に復活するという予言がされていた。

 その前兆として、近年では魔物の活性化が問題視されており、もしかしたらあと10年くらいで復活する可能性があると聞いたことがある。


「はい。勿論存じております」

「魔王を倒せるのは聖剣を扱える勇者のみである。しかし、勇者に選定されるためにはその素質がある者が勇者として覚醒を果たさねばならん」

「……なるほど」


 正直、勇者にどうやってなるのかは知らなかったため、あまりピンとはこなかった。


「勇者の素質がある者は数多く存在している。しかし、覚醒するとなると話は別だ」

「はあ……」

「いつ魔王が復活するかわからない以上、なるべく早い段階から勇者覚醒を果たした者を選定しておかねばならん」

「そうなんですね」

「勇者覚醒に求められるのは屈強な精神力、民を守る正義感、そしてどんな困難にも立ち向かうことができる勇気だ」

「はい」


 ここまで話を聞いて真っ先に思うのは、何故この話を私にするのか。

 勇者は男性にのみ適用される称号であり、女性である私には勇者になる前提資格が存在しない。

 それなのに何故私がこの話を聞かされるのか。

 父と会話をしながら思考を働かせるが、一つとして理由が思い浮かばない。


「そこでだ。勇者覚醒のためにセシリアには協力を願いたい」

「協力……ですか」

「そうだ。効率よく勇者覚醒をするために、勇者としての素質のある男の傍で覚醒に至るまで補佐をするのだ」


 理解はできる。

 私であれば、勇者として素質のある男性のそばにいれば死なせることはない。

 それに身体強化魔法を付与することで、成長速度も向上する。

 一番の問題は、私が男性とまともに会話をしたことがないこと。

 男性は女性を襲う狼だと教えてもらっているため恐怖もある。

 その勇者候補が襲いかかってきた場合、私はどのような行動に出てしまうのだろうか。

 いや、流石にその男性と2人きりの状況になるなんて父が許す訳がないか。

 いらない心配だろう。


「具体的にはどのように補佐をすればよろしいので?」

「セシリアには身分を隠して冒険者になってもらう。そして、勇者候補の補佐として共に過ごしてもらいたい」


 え?

 この王城の敷地内で補佐をするわけではないの?

 それだと本当に男性と2人きりという状況が出来上がってしまうのではないか。


「えっと、何故冒険者になって補佐をしなければいけないのでしょうか? 騎士団の練習場で成長させていくこともできると思うのですが……」

「当然の疑問だな。それについては、勇者覚醒の過程で最も必要とされているのは自然体でいるという事にある」

「自然体ですか……」

「そうだ。自分が勇者になるという志を持っていると覚醒するのが困難なのだ。覚醒するためには、自然体で数々の困難を乗り越えて己自身の本質を変えていく事にある」

「本質ですか……」

「人間の本質というのはそう簡単に変わる者ではない。しかし、それを乗り越えた先に覚醒という自分自身の進化を果たすことができる」


 なんか頭が混乱してくる。

 言っていることは分からなくもないけど、結局私は補佐として何をすればいいのか。

 ただ一緒に冒険をして魔物を討伐するだけでいいのか。

 それとも何か特別な役割があるのか。


「私はその勇者候補と冒険者として活動し、覚醒の補佐をするのですよね?」

「そうだ」

「覚醒するには自然体でいることで、更には困難を乗り越え本質を変化させることが条件でよろしいのですよね?」

「その通りだ」

「……で、私はそのためにどのような補佐をするべきなのでしょうか」

「簡単だ。セシリアはただ見守っていればいい。その者が死にさえしなければ基本的には手を出さずに、強化魔法を掛けるなり勇者候補に勘付かれないよう補佐をしてそばにいろ」

「なるほど……。であれば、私は自分の力を誰に対しても隠し通して、勇者候補が窮地に立った時に本来の力を発揮すれば良いと……」

「いや、ちょっと違うな」

「え?」

「窮地に立った時こそ、何もするな」

「どういうことでしょうか? その勇者候補に死なれては困るのですよね?」

「そうなのだが、勇者覚醒の絶対条件として死の恐怖に打ち勝つというのがある」

「死の恐怖に……ですか」


 なんかどんどん新しい情報が出てくる。

 出来れば一気に説明して欲しいものだ。


「ああ。誰しも死ぬ瞬間に直面してしまうと、生命を維持するのを諦めてしまう傾向にある。しかし、そんな時にこそ己を奮い立たせて戦えることこそが覚醒に必要な条件なのだ」

「なるほど。それも覚醒に至る条件ということですね」

「そうだ。そのため、セシリアには自分の力や身分を隠して勇者覚醒の補佐を行ってもらいたい」


 話の内容は理解できた。

 しかし、今まで後宮で過ごしてきた私が街に降り立って生活などできるだろうか。


「……とは言っても、セシリア1人だと不都合もあるだろう。そのため護衛の騎士を2名手配させておく。だから心配するでない。とは言ってもその騎士達も最低限の護衛しかしないことは頭に入れておいてくれ」


 私が困惑しているのを察したのか、護衛の騎士がいることを話してくれる。

 最低限の護衛ということに多少の不安はあるが、完全に1人でないなら安心もできる。


「分かりました」

「ああ。セシリアには迷惑を掛けるが、勇者覚醒には最も重要な役割だ。セシリアであれば問題ないとは思うが、気を付けるように。この国……いや、この世界のためによろしく頼む」

「分かりました。期待に応えられるように努力致します」


 そうして私の勇者覚醒に向けた冒険者生活がスタートした。

 身分を隠すために王族の象徴である青色の髪を黄金色に染め、瞳の色も灰色から碧眼へと変えた。

 これで私は誰が見ても一般人だ。


 そして後日、父から通達された勇者候補は、ルークという男だった。

 農村出身であるが近頃冒険者ランクを飛躍的に上げていき、向上心もあり最も勇者覚醒に近しい存在だと認定された。

 そのため私は冒険者ギルドでルークを勧誘して偽名であるカグラを名乗りパーティーを結成した。

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