12 月下の騒動 其の二
月鈴も後ろから付いて来る。
自分の事は二の次でいい。とりあえず布か何かで紫釉の頭の傷をきちんと止血しなくては、とはいうものの、そんな早々都合のよい物なんて無い。
「くそぉ、男装なんてしてらんない! こっち見ないでくださいよ!」
「
「あ、あぁ」
「…弟君の体が弱いのは、妖に襲われたせいなのか」
「正確に言うと、体が弱いというわけではないです。目が見えません」
「何…」
「八歳の時、姉弟だけで留守番をしている時に家が妖獣に襲われたんです。わたしを
「呪い、か… 厄介だな」
「だからわたしもずっと、弟の呪いを解く方法を探しているんです」
「そ、か。呪いをかけた妖を殺せば解けるらしい、と聞いた事はあるけれど… こっちも何か力になれる事があったらいいよな」
呪いをかけた妖とやらを見つければいい。そうなのか。
答えの手がかりが見えたただけでも、ここに来た意味があったかもしれない。宮廷の然るべき方々に伺えば、もっと情報を集められるのだろうか。
だからといって今のわたしでは、見つけたってそんなもの相手に戦う力は無いけれど…
取り急ぎ、出来た香油を白磁の小皿に移し入れ、紫釉の鼻に近づける。
「それは?」
「薄荷と少量の樟脳ですね、気付けに効果のある香りです」
「……ん」
「紫釉様、気が付かれましたか?」
「あれ、ここは…」
「花繚宮からすぐ、祭礼局のある奥手に位置する蔵です」
「妖にやられた後、僕は… きみは一体… それに
「紫釉様、花繚宮に入り込んで、妖獣を使って事故と見せかけ、婿殿を殺害しようとなさった事は本当ですか?」
「すみません、どうかしていたのです… あれ、お声が少しいつもと違…」
「し、少々喉の調子が悪いのです、ごほっ。それより…」
「あぁ、すみません。…わたくしが
「そう、ですか」
「ところが十七になり、婚約されたと聞き及びました。それにここ一ヶ月、姿をお見かけする事も無くなった。以前なら話しかけてくださったのに、お見かけして目が合っても他人のようなふりをなさる。絶望しました。失恋で死んでしまいたいとも思った…」
紫釉は、袖から黒くなった瘴石を取り出した。
「そんな時、ある者からこれを貰ったのです。石には妖獣が封印されている、花繚宮に忍び込んで、これを使って婚約者を亡き者にすればいいと。自分で人を殺めるなんて事は恐ろしくて出来ない。でもこれを使えば自ら手を下さなくてもいいと
紫釉は有能な人材だと聞き及んでいるのに、このような事で罰せられるのは勿体ない。それに本当の
それよりも、この一件を
紫釉はハッと現実に戻り、
「… ところできみは?」
「わたしは祭礼局に仕える調り師で、下っ端のいち女官でございます」
「しかし女官の格好では… というかその服、左腕の傷… まさか…」
香麗は、シーと口に人差し指をあてる。
持っていた
「一時の記憶を無くす菖蒲の香油を染み込ませたものです、次に目が覚めたら今夜の事は忘れているはず。妖術でもないですよ。医術では麻酔に使われているものです。危険なのでこの香りは普段使う事がないんですけど、いたしかたありません」
「そ、か。いつの間に、やるじゃん。てか香麗だって怪我してんだから、早く医官を連れて来ないと…」
「わっ、わたしは頑丈なので大丈夫ですっ、後で見てもら… っ…」
(あ、なんか張り詰めていたものがプツッと… ホッとしたらフラフラ、する な…)
「お、おい、香麗?!」
あれ?!
目の前がチカチカ、あ、真っ暗…
音が遠のいていく。
星塵様が何か話しかけている…
わた、し、… 貧血…
そして、その夜の記憶は途切れてしまった――
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