第10話

「ハハハ、仲睦まじいようでなによりです」

「…………」

 本心は知らないが表向きリリアーナにも友好的な辺境伯とは対照的に、エブリンは敵意むき出しの目つきでこちらを睨め付けてくる。


 その後も、王妃様と呼ばれ周りから敬われるリリアーナが視線を感じるたびに振り向けば、そこにいるのは物陰からこちらを睨み付けるエブリンの姿だった。


(でも、呪詛は飛んでこない……)


 どれぐらいの範囲にまで影響を及ぼせる力を持っているのか未知数だったが、昨日飛ばしてきた呪詛しか使えないなら、犯人は近くに潜んでいるのではないかと感覚的にリリアーナは思っていた。


(エブリンさんは、昨日の挙式には出席していなかったし、犯人ではないのかもしれない)


 次々と挨拶にくる相手の表情や目つき、こちらに向けてくる感情を探りつつ推理を続けるが、敵も昨日リリアーナに呪いが効かなかったことを警戒しているのか、なかなか尻尾をみせてはこない。


「本日はお疲れ様でございました」

 そうこうしているうちに、リリアーナのお披露目会はお開きとなってしまった。

 何事もなかったことをリリアーナは残念に思ったが、エドワードはホッとしている様子だ。


「リリアーナ様、お加減はお変わりありませんか?」

 宰相に気遣われ「大丈夫です」と、リリアーナは気を取り直して頷いてみせたのだが、その瞬間――


「っ!」

 ゾワリとする嫌な感覚が、足元から這うようにリリアーナの身体を浸食してきた。

 近くで呪いが発動されたように感じる。

 昨日のように防御魔法で弾く事も可能だったが、それでは呪詛の出所を探れない。

 リリアーナは、こっそりと呪詛返しの呪文を唱え、エブリンの様子を注意深く窺った。


「…………」

 けれど目の合った彼女は、不機嫌そうにプイッと顔を背け、父親と会場を出て行ってしまう。


(エブリンさんではなかった)


 ならばこの会場のどこかに呪詛返しされ、苦しむ首謀者がいるはずだ。

 しかし、さりげなく会場を見渡してみても、そんな様子の参加者は見当たらない。

 相手も呪詛を返されたことに気付き、呪いを無効化したということだろうか。

 ならば、手練れだ。


「……どうなさいましたか、リリアーナ様」

 宰相になにか話し掛けられていたのに、犯人捜しに夢中で気も漫ろだったため、気分が悪いのかと心配させてしまった。


「ごめんなさい、少しボーっとしてしまって」

「……気を張って疲れたんだろう」

 エドワードが気遣うように、そっと背中を支えてくれる。

 本当は元気だったのだけれど、宰相に不審がられないためにも、ここはエドワードの気遣いに乗っておこう。


「ええ、少し人に酔ってしまったみたいで」

「無理もない。外の空気を吸いに行こう」

「はい」

 リリアーナは、そのままエドワードによって中庭の花園へと連れて行かれたのだった。




「なにかあったのか?」

 中庭に着いてすぐ人気のないことを確認して、エドワードが詰め寄ってくる。

「それが……また呪詛を飛ばされたので、そのままそれを送り返してみたのですが」

「そ、そんなことも出来るのか?」

「ええ、魔女ですから」

 けれど、返された呪詛に当てられ倒れた者は、会場にはいなかった。


「ごめんなさい、まだ犯人の目星がつかなくて」

 呪いを返して返り討ちにすれば、あっという間に解決できるんじゃないかと思っていたのだが、そう簡単には犯人も自爆してくれないようだ。


「犯人も手練れなのかもしれません」

「そうか……焦らなくていい」

 しゅんとしたリリアーナを元気づけるように、エドワードが気遣う。


「相手が手練れなのなら尚更だ。無茶をして、キミになにかあったら意味がない。もうこれ以上、一人の犠牲も出したくないんだ」

 そんな風に気遣ってもらえるなんて思っておらず、リリアーナは少しだけ反応に困った。

 こんな時、父親以外の人からは、お前の命など二の次だと言われるような扱いしか受けたことがなかったから。


「どうかしたのか?」

「いえ……わたしも同じ気持ちです。もう、誰一人犠牲を出さずに終わらせましょう」

「ありがとう」

 出逢った時は氷のように冷たかったエドワードの眼差しに、今は温かみを感じる。


 本当の彼は、優しくて思いやりのある人なのかもしれない。だからこそ、自分の周りで蠢く呪いの被害に巻き込まないよう、他人を遠ざけるようになってしまったのだろう。


 そんな彼を救ってあげたいと、リリアーナは改めて思った。



◇◇◇◇◇



 なぜ、あの女は死なないの?

 なぜ、エドワード様はあんな女を傍に置くの?


 心を許したように微笑み合っていた今日の二人を思い出し、腸が煮え返るような思いがする。


 邪魔者は消える定めでしょ?

 そして最後には自分だけが残り、選ばれるのだと信じていたのに……


「なんで、なんで、あの人はいなくならないの!!」


 必死の思いで、いつものように恋の叶うペンダントを握りしめた。


「ねえ、お願い。邪魔者を消して? エドワード様が、わたくしだけを見てくれるように」


 この恋が、叶うように……


『ソノ願イハ、叶エラレナイ』


「なっ!?」


 握りしめていたペンダントから声がする。こんなことは初めてだ。

 だが今はそれよりも……


「か、叶えられないってどういうことよ!!」

『アノ女ハ、呪イガキカナイ』 

「そ、そんな……」


 じゃあ、二人が結婚してしまった今、もう自分がエドワードを手に入れることは不可能なのか。

 恋に悩む娘は絶望の表情を浮かべ、その場に膝を着いた。


『手ニ入レタイナラ、モウヒトツ方法ガアルジャナイカ』

「本当!? 教えて、わたくしはなにをすれば!!」


 娘の懇願に応えるようにペンダントが光を放つ。


『手に入らないなら、殺せばいいのだ。誰とも結ばれる前に。そうすれば、彼は誰のモノにもならず、永遠に君だけのモノ』


「そ、んな……」


 殺せ、殺せと、謎の声が耳に纏わりついて離れない。

 今までは、願うだけでライバルが勝手にいなくなってくれたから、罪悪感なんてなかった。

 けれどこの手で直接誰かの命を奪うなんて。


『いいのか。彼の心が他の女に向けられるのを、指をくわえてみているだけで』


 中庭で微笑み合う二人の姿が脳裏に過った。


「いやっ!」


 エドワードじゃなくて、消えて欲しいのは女の方なのに……けれど、奪われるぐらいならこの手で……


 いけないことだと分かっているのに……恋する娘の意識は、徐々に闇の底へと沈んでいった。

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