第9話
翌朝、マーガレットはエドワードを起こすために、いつもと同じ時間に王の寝室へと向かった。
といっても、寝起きのいいエドワードは、この時間には一人でとっくに起床しているので、マーガレットの仕事というのは、起こすことというより主に彼に紅茶を淹れ、身支度の手伝いをすることだった。
寝室に到着し、ノックをすると中からいつものようにエドワードの返事が聞こえる。
「エドワード陛下、おはようございまっ……えっ」
しかし寝室に入ってすぐ、いつもと違う光景が目に飛び込んできてマーガレットは固まった。
◇◇◇◇◇
「あ、おはようございます、マーガレットさん」
リリアーナはやってきたマーガレットに、ニコニコと笑顔で挨拶をしながら、エドワードが一杯目に飲む紅茶を淹れる。
「な、なんで……えっと」
昨夜、エドワードはリリアーナが寝室に来ないよう伝えるよう彼女に頼んでいた。
それなのに、どうしてリリアーナがエドワードの寝室にいるのだと、マーガレットは戸惑っている様子だ。
「エドワード様、どうぞ」
リリアーナは、そんな彼女の反応をこっそり確認しつつ、エドワードの前に紅茶を差し出す。
「ありがとう、リリアーナ」
「っ!」
二人の距離感が昨日までと違うことを、マーガレットも察したようだ。
なぜリリアーナがここにいるのか、そう聞きたそうではあるが、夫婦となった二人が一緒に朝を迎えた理由を問い詰めるなんて不躾なことはできないだろう。
「……紅茶ならわたくしが淹れましたのにっ」
「ああ……マーガレット。これからは、朝の時間をリリアーナと供に過ごそうと思う。紅茶の彼女に淹れてもらうので大丈夫だ」
「そ、そんな!」
「なにかあれば呼ぶ」
だからそれまでは下がっていろと、彼が言いたいのはそういうことだ。
エドワードにそう命じられ、引くしかなくなったマーガレットは素直に頷くと大人しく部屋を出て行ったのだった。
「……どうだ。呪いは飛んできたか」
「いいえ、なにもありませんでした」
マーガレットが部屋を出て行った後、二人は顔を突き合わせ小声で話し出す。
まず疑惑の目が向いたのは、ずっとエドワード付きのメイドでいても、呪いで死ぬことのなかったマーガレットだったがなにも起きることはなかった。
まだ油断は出来ないが……
「本当に続けるのか?」
「もちろんです。丁度良いことに本日は、外の方たちとのお披露目の会もあることですし」
式を終えることなくまた花嫁は謎の死を遂げるのではないかと思われていたので、昨日は式にも殆ど人は呼ばれず披露宴も城の関係者のみのものだった。
しかし何事もなく式を終えリリアーナが正式な王妃となったことにより、実は王室が裏でバタついているようだ。
まずは王室と縁のある方たちと顔合わせをして、それでもなんともないようならば国民へのお披露目の準備を始めようという話になっているらしい。
近々、王妃教育も始めて貰うことになると聞かされているが、呪いを解決したら自分は身を引く予定の仮初めの花嫁。どうせなら国民に顔を知られる前に、そして大変そうな王妃教育が本格的に始まる前に解決して退きたい。
(早く呪いの犯人をあぶり出そう)
そのためには、嫉妬深い犯人の感情を煽るのが一番簡単な方法だ。
エドワードは心配そうにしていたが、リリアーナはやる気に満ちていた。
この任務を達成できれば、森に小さな小屋を建てて貰って、動物たちとのんびり暮らせるのだ。そんな妄想を膨らませながら。
「王妃様、お会いできて光栄です」
お披露目会が始まり、リリアーナは次々と挨拶に来る来賓の貴族たちへ愛想良く微笑みを浮かべ会釈をする。先ほどからずっとその繰り返しだ。
まだ王妃教育も受けていないリリアーナがボロを出さないよう、今日はエドワードの隣で微笑んでいれば良いと城の者たちから強く言われている。
「エドワード陛下、ご結婚おめでとうございます」
恰幅の良い中年男性がやってくる。彼は本日急遽馬車を走らせ駆けつけてくれた辺境伯と、そのご令嬢だとエドワードが耳打ちで教えてくれた。
「エドワード陛下、お久しゅうございます」
辺境伯の後ろから姿を現した令嬢は、濃いめのメイクに涙ぼくろが色っぽい、自分たちより少し年上の女性のようだった。
深紅のドレスに、煌びやかな宝石をちりばめたアクセサリー、この会場にいる女性の中でリリアーナの次に着飾り方が豪奢かもしれない。
「初めまして」
リリアーナは、先ほど繰り返している挨拶の言葉だけを伝え、あとは大人しく微笑みを浮かべる。
「エドワード陛下、もし次の花嫁にお困りになったら、私いつでも立候補いたしますわ」
リリアーナの存在を無視するように前に出た令嬢は、熱っぽい眼差しをエドワードに向けている。
「こら、なんてことを言うのだエブリン、縁起でもない。申し訳ございません、陛下。けれど、今までのことがありますから……ねぇ」
表向き娘のエブリンを咎めるような口振りを使いつつ、辺境伯も次の花嫁は是非うちの娘を候補にと言いたげだった。
エドワードは、そんな親子の言動を聞き僅かに眉を顰める。
「冗談でも聞きたくない、また不吉なことが起きるような言動は」
「あ~ん、そんなお顔をなさらないで」
エドワードの冷たい目に辺境伯は怯んでいたが、エブリンは構わず甘えた声を出す。
なかなか肝が据わっている令嬢のようだ。そして、王妃の座が欲しくてたまらないと見える。
「なんのお話か分かりませんが、次の花嫁なんて必要ありません。だって、わたくしがこの国の王妃になったのですから」
そう言ってエドワードの腕に腕を絡めながら、さりげなく高価なアクセサリーをちらつかせて見せた。
エブリンは目の色を変えて、宝石に釘付けになっている。
「ふふ、エドワード様。わたくし、幸せです。こんなに煌びやかなドレス着させてもらって、世界に一つしかないティアラまで」
「……リリアーナ、キミが望むなら、それぐらいいくらでも。世界中の宝石を捧げてもいい。キミは、この国の王妃なのだから」
リリアーナの意図を汲み取ったように、エドワードが相手の物欲を刺激するような台詞を言ってくれる。
そのたびに、エブリンの目がどんどん険しいものになっていった。
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