#6 「実装」




 ライブハウスを訪れてから1ヶ月ほど経過した頃。

 12月も後半に差し掛かり、寒さを徐々に本格化してきていた。


「はあ~ぬくいな~」


 洗濯物を取り込んだ後、少しだけかじかんだ手を暖めるようにストーブの熱気にあたりながら衣服を折りたたむ。

 テレビから流れる天気予報に耳を傾けていると『――――寒波が』、少し気になるようなワードが聞こえ、テレビのほうを向く。


「寒波ねえ。雪、あんまり積もらなければいいんだけど」


 多少降ったところで公共交通機関が止まる地域ではないとはいえ、積もり過ぎれば見た目の美しさよりも面倒くささのほうが勝るのだ。

 水道凍結、配管破裂、雪かき、スリップ事故などなど、考えれば考えるほど性悪説に基づいた考え方に走ってしまう。


 ため息をつき、洗濯物をたたみ終える。

 自室に戻るついでに義母の衣服を引き出しにしまってしまおうと歩きだすと、「たでーまあー」と玄関から声が響き渡る。


「ん、おかえり。あと部屋に行くついでにこれ持ってって」


 リビングに顔を出した義母のカバンと交換するように綺麗に折りたたまれた洗濯物を手渡す。


「おおう、りょーかいであります」


「着替えたら手洗ってね。ご飯できてるから」


「りょおおおかいでありますっ! 超特急で着替えるから!」


 キッチンから漏れる食欲を刺激する匂いに気づき、目の色を変えて行動を開始する。

 くすりと微笑み、自室へ戻るのを取りやめて配膳の準備始める。


 色気のない鼠色のスウェットへ着替えた義母は鼻息を荒くして今日の献立を確認。


「ハンバーグ! 店売りのとは若干違う感じがするけど」


「うん、たまには手作りのハンバーグがいいかなと思って」


 冬休みに入ったことで空いた時間を有効活用しようと、インターネットで動画やレシピを手持ちのノートに落とし込み、実験のように分量や手順を違えず丁寧に作ったハンバーグである。

 テストで作ったハンバーグの味に問題は無かったので、義母にも美味しく召し上がってもらえること間違いなしだろうと在処は思っている。


「お義母さん、これテーブルに並べて」


「はいよー」


 義母が2往復し、3往復目に入ろうとしたところで「お義母さんは先に座っていいよー」とストップがかけられる。

 在処が自分のハンバーグが乗った皿をテーブルに置き、席に着く。


「「いただきます」」


 義母は早速、メインのハンバーグを口に入れると目を輝かせて「うますぎっ!」と叫ぶ。

 その反応を見て、手間暇かけて作った甲斐があったと嬉しさ半分、口に合ったという安堵が半分。

 義母がハンバーグをすぐに平らげ、口惜しそうにしているところを「おかわりあるよ」と手を出して皿を渡すようにジェスチャーする。


 ハンバーグを4つほど胃に収めた義母は満足したようにお腹をさすると、在処に長期休暇恒例の件を聞いた。


「在処は冬休みの宿題はやったの?」


「はいこれ」


 いくつかの冊子をテーブルの上に出し、いつも通りといった顔で言った。


「全部終わってるよ。1日あれば終わる分量しかなかった」


 現役数多の小学生は頭を抱えながらやるのだが、この男は前世の経験をこれでもかと発揮し、機械的に宿題を処理していった。

 元来備わっているやや真面目な性格もあり、面倒なことは先に片付けるという癖がついているのも一因ではある。


「さすがうちの娘、毎回抜け目がなさ過ぎる。私が自慢げに教えられることがない……っ!」


 喜んでいるのか悔しいのかどちらとも取れる言葉と表情に苦笑する在処。

 百面相をしている義母を他所に夕食で出た洗い物を手際よく片付けていく。


 天音家は本日も実に平和だ。








 ******……









 動画投稿サイト"WWTube(ワールドワイドチューブ)"。


 世界中から多種多様な動画が投稿される、世界一の規模を誇るインターネットサイト。

 サイトのオープンからわずか4ヶ月半で全世界のユーザー数が4000万を超えている。


 まだまだ始まったばかりの動画を投稿し、共有していくという文化は瞬く間に広がり、大きな話題を呼んでいた。

 そうした中で、動画投稿以外の新たな機能のテストが始まる。



 "ワールドライブ配信ベータ版"



 今までは収録したものを編集し、投稿するというものであった。

 しかし、ワールドライブ配信ではリアルタイムの映像を視聴することができるようになる。

 技術的な問題で視聴者に映像が届くまで多少の遅延は発生してしまうが、それを帳消しにするほどの衝撃を以ってこの機能は各所インターネット掲示板で話題になった。



 そんな中、とある少女は今回の機能実装を淡々とした様子で確認していた。



「案外早かったな。1年くらいはかかると思ってたけど」


 配信方法を軽快なタイピングで調べ、必要なソフトと配信画面の作成に取りかかる。

 前世の経験のおかげでこういった配信の設定や画面作りについてのノウハウを持っているため、誰よりも冷静に準備を始めることができる。


「画質は少し落として、なるべく音がよく聞こえるように……現状だとこれぐらいがいい塩梅」


 テストモードで画面の映りや音声の状態を確かめ、及第点だと頷く。

 画面作りは元々、いずれ必要になることを見越していたので、画面サイズに合わせるように細かな編集を加えていく。

 フォントやコメント欄の枠は全て自作。

 今回、ワールドライブ配信のベータ版が実装されるまでライブ配信そのものが無かった。

 そのため、インターネット上にテンプレートがあるはずもなく、予めサイズ変更に対応できるように作っていたわけである。


「よしっ。次はチャンネルの登録者への告知……通知を出してっと」


 配信を開始する旨を伝える通知を出す。

 そしてゆっくりと深呼吸を繰り返す。


「さてと」






 ――――配信開始








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