#4 「誘い」
動画投稿をしてから丸1日が経過。
ノートパソコンの前にちょこんと座り込む少女。
「どれくらい再生されたかな……」
心臓が平常時より早く鼓動を打つ。
生唾を飲み込み、意を決してマウスでクリックした。
再生回数:12,000回
「ひょ?」
少女――――在処は思わず目を見開いた。
「いちまんにせん……?」
多い。
まだまだ新興のサイトかつ投稿した動画は低クオリティ。
せいぜいが500再生程度だろうと思っていたところに現れた数字。
だが、在処は勘違いしていた。
彼の基準は動画投稿サイトができてから20年経過し、かなり成熟した状態であったこと。
その世界の動画編集技術では中の上ほどであったとしても、今の世界では比較的上澄みであること。
更に彼自身が子どもであるという要素。
それらが組み合わさった結果、全くの無名にも関わらず、強く関心を得られたわけである。
「取り敢えず、次の動画考えよう」
在処は半ばオーバーヒートしかけた頭を冷やすために無意識でギターを手に取り、腰掛けた。
「~♪」
前世で作ったオリジナル曲を口ずさむ。
少しだけ昔の記憶を辿るように思い出し、2曲ほど演奏したところで手を止める。
「そろそろ時間だな」
ギターをスタンドに置き、キッチンから漂う匂いに食欲が刺激される。
キッチンでは圧力鍋が湯気をだして機関車さながらの音を出していた。
「……弱火にして、少ししたら火を消す」
以前書いたメモ書きの通りの手順で作業を進める。
何度もやっているので覚えてはいるが、圧力鍋などのリスクの高い調理器具の慣れ作業は禁物だ。
少しの間蒸らした後、蓋を開ける。
すると、白い大量の湯気が在処の顔を覆うように漏れ出す。
「すぅ~、いい匂い」
作ったのは肉じゃがである。
予め大きめカットしたことでしっかりと形状を保っているじゃがいもだが、箸でちょっと力を加えるだけでほろほろと崩れる。
「今日はお義母さん早いって言ってたけど、帰ってくるまで練習するか」
圧力鍋の蓋を閉じ、再びギターを手に取った。
******……
学校、家事、練習、動画投稿。
これらを実行するのはそれなりに体力を要求される。
「よしっ! 掃除おしまい!」
掃除道具を片付け、ゆっくりと身体を伸ばす。
「ありかー、こっちも終わったよー」
「それじゃお昼にしよっか」
「りょーかいです家長」
朝食を作るついでに用意していたサンドイッチ用の具材を耳だけ切った食パンで挟んでいく。
耳はフレンチトースト風にし、甘めの味付けにしている。
「うみゃい、うみゃい」
「……落ち着いて食べなさい」
「はーい」
子どもか、と内心思うが、こういうところもライブハウスの従業員に慕われている、いやいじられている一因なのだろうと勝手に納得する在処。
「あ」と食べる手を止め、指に付いたマヨネーズを舐め取ってから思い出したように言った。
「ライブハウスの子達がありかに会いたいな〜って言ってるんだけどさ、今日一緒に行く?」
紅茶を飲む手が止まる。
一度ゆっくりと胃に流し込んでから、一息つく。
「ゑ?」
「店長の私が毎日ありかのかわいさと素晴らしさを語ってる内にどんな子か会いたいって話になってねえ〜」
「なるほど」
(良い笑顔で言ってるだけに拒否しづらい。正直ライブハウスの雰囲気は苦手なんだけど、しょうがないか)
一息がため息に変わり、困ったように眉を動かしながら言った。
「たまには行こ「言質とったぞお!」か……な」
立ち上がってガッツポーズをする義母。
ふと、在処の瞳に太陽光に照らされた埃が映る。
「……埃が立つから座りなさい」
「……はい」
氷のように冷徹な表情で注意する。
昼食を食べ終え、食器を洗った後にギターを少しだけ触る。
日課のチューニングをしている時間は弾く前に集中力を高めるのにちょうどいいルーティーンだ。
「ずいぶん手慣れてきたわねー」
「うん」
部屋の入り口から優しげな目を向ける義母。
かつては在処が手入れしているギターを手に青春時代を過ごしていた彼女は感慨深く昔のことを思い出していた。
「……なんか私より丁寧に使ってるような、むしろ前より綺麗に?」
「軽く修繕できるところは自分でやってるから」
「つまり私の出る幕はない!?」
「まあ、その、うん」
擬音語が聞こえそうなほどに衝撃を受ける義母に苦笑いする。
落ち込んでいる義母を慰めるように比較的やる気が出そうな曲を弾いたところ、いつ間にか笑顔に戻っていた。
テンションのアップダウンが激し過ぎてみている方が風邪をひきそうになるとの在処談。
数曲引いた後、2人は冷たさ肌に感じる冬空の下、義母が経営しているライブハウスへ向かった。
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