グラタン。

さんまぐ

第1話 父の逝去。

父が死んだ。

癌だった。


会社の健康診断で異常が見つかり、病院で精密検査を受けて、告知された余命宣告から2年。

あっという間の事だった。


父は中途半端に終活をした人だった。

中途半端と言うのは、妻である母を必要とする終活は何もできなかったから。

書類を用意して説明しても、母は話すら聞かなかった。

サブスクリプションなんかは、死後の解約方法を調べ上げてメモを残して行ってくれたので楽だった。


母は面倒くさがりなのか、「その時に考えればいい」というタイプで、その時になると騒ぐばかりで行動力はあまりないが、代わりに土壇場になって火がつけば、キチンと行動はできる人なので、その成功体験があるからすぐには動かないのだろう。


父と母のデコボコな組み合わせに、よく結婚生活が26年も続いたものだと子供ながらに思っていた。


父からは母との馴れ初めやエピソードを聞いたことがあるが、母からはろくに聞かなかった。


その中でも父は出来る限りの終活をしていた。

中には、古い友人に会っておきたいというものもあって、俺は休みに付き添いを頼まれて、西や東へと車を走らせた。


父は会った友人達に「もう死ぬんだ」と語り出し、食事の申し出には、「胃が…だめでね。すまないね」と断って、大体30分の会話をすると「そろそろ帰るよ。息子を待たせているし運転も頼んでいる。明日は仕事だからね」と言って、最後の最後に俺を紹介してから帰る。


帰りの車の中では「今の彼は相田君だ。年賀状のやり取りもある。彼も葬式に来たがってくれたが、お前が喪主になってしまうと思うから、お前が大変なら年賀状のリストは準備してある。それを見ながら葬儀の連絡はせずに、喪中ハガキを出してくれればいいからね?」と直近と死後の事を伝えると、「相田君は高校の時の同級生だよ。彼は足が速くて体育祭でリレーの選手だったんだ」と何かしらのエピソードを話してくれた。


それは父の死後に効果を発揮した。

名ばかりの喪主になった母は、放心という誤魔化しで何もしない。来てくれた人に挨拶もしない。

そもそも父に興味がなかったので、父の知人友人に関して顔と名前が一致していない。

それもあって、周囲から見れば自分の方が上だという感じで座っていて、相手が声をかけてきたら初めて挨拶をしていた。


名ばかりではない実務的な喪主になった俺は、葬儀社からの問い合わせにも対応し、母の代わりに参列してくれた人に声をかけると、挨拶をした人は直近半年で会った人ばかりでわかったし、帰りの車の中での話があった事で、「父から相田さんの話は聞いていました。リレーの選手に選ばれたんですよね?」と言うと、相手は喜んで「懐かしいな。本当に坂上はよく覚えていてくれる」と言ってくれる。


この時になって、父が母を連れて行かなかった意味を理解した。母には覚える気がないので車中で話しても聞かないし覚えない。

父は残された時間で最大効果を得るために、俺を選んでくれたんだと思った。


「それにしても胃がんとは残念だ…。坂上は料理が趣味だったのにね」


皆そう言ってくれた。

父はごく普通のサラリーマンで、飲食業の人ではない。

ただ趣味で色々な料理を作ってくれた。


それを知る人たちは、皆そう言って痩せこけた父の遺影を見て手を合わせてくれた。


父は胃がんになり、趣味の料理が楽しめなくなっていた。

レシピなんて立派なものはなく、メモ書きの山と、ガラケーやスマホで撮った写真しかない。


もう父の作る茶碗蒸しが食べられなくなったのかと思うと涙が出てきた。



父はギリギリまで働いていた。

真面目で責任感が強かったので、皆は「最後まで働くなんて坂さんは責任感が強かった」と言っていたが、俺には何となくわかる。

作った料理を美味しく食べられなくなった父には、家に居場所なんてなかった。


母は薄情な人なのかも知れない。

父に特別なことは何もしなかった。

友達に漏らすと、友達は「それも愛だよ」と返してくれた。


「日常の中で見送る。特別な事をしてお別れ感を出したら、親父さんだって辛かったはずだよ」


その言葉を聞きながら正解について悩んだ。

逆に母が父を最後の旅行に誘って、景色のいい場所に連れて行ったり、思い出を作る人なら俺は「死を意識させて酷い母だ」と漏らして、友達は「日常で見送ることもできるのに、キチンと特別な事をしてあげて優しいお母さんだね」と言ったかも知れない。



父が骨になり家に帰ってくる。

その時はもう大変だった。


存命の父方の祖父母はカンカンで、母に「今まで我慢してたけど」と言いながら、結婚生活26年の恨みつらみと共に、「余命宣告を受けてから、時間があったのに何もしないで。真に全部やらせて。1人で出来るだけの準備をキチンとしていた真が可哀想だ」と遺骨の置き場、祭壇の用意もサボっていた母に言い放った。


その言葉を聞いたのは2度目だ。


母方の祖父が亡くなった時に、母は何もしなかった。

父や俺が行くお見舞いにも眉をひそめた。

10回は行けたし、行きたかったのを、4回にして我慢をした。

祖母にはそれが許せなかったのだろう。


「お父さんが入院してから時間があったのに何もしないで。4回しか来ないで!」


そう父に怒鳴った。

父だけに怒鳴った。

祖母は母が何もしない事を知っていたので、父に当てつけるように怒鳴る。

だから父は祖母が苦手だった。

ちなみに母は3回しか行かなかったし、1回は寝ている祖父を見て、寝ていたからと言って秒で帰ってきていた。


祖母は父の為に何もしなかった母に、「やぁねぇ。幾つになってもだらしない」とニヤニヤ笑いながら言っていた。


祖父母が怒鳴る中で、父と旅行に行きたかったのにと漏らす声を聞いた。

だが母は無表情でチャンネルを切って無視していた。

老齢の祖父母と弱った父を連れての旅行、負担は全部母と俺にくる。お金にしても祖父母の分まで出したら相当な金額になる。


母は最後だからと頑張る人ではない。

父の為に特別頑張る真似なんてしない。

父はその事まで考えたのかも知れない。


そんな修羅場の中でもニヤニヤと、「旅行、いいわね。全部片付いたら、匠ちゃんと3人で旅行行かない?」と空気も読まずに言い放つ母方の祖母が恐ろしかった。

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