第3話 預言者のうた

私とサンタクロースは、かちんとビールの缶を合わせて、その後お互い無言でビールの注ぎ口にくちをつけた。静かな夜にごくごくとビールを飲み込む喉の音だけが部屋に響いて、私は少し、いやかなりいい気分になってきた。ビールを飲むのは実に一年ぶりだった。


「おいし、こんな美味しいビール久しぶり」

サンタクロースは11本目のビールを飲み干してからいった。


私は、ビールを一口飲んでテーブルに置いた。

「どうしたの?飲まないの?」

「ビールは私の悪いとこ、No.56なのよ」

私はそう言って俯いた。


”私のわるいとこ、100”


「自分の欠点をナンバリングしてるの?」

「そう」

「じゃあ、私の悪いとこベスト100聴いてくれる?」


”サンタクロースの悪いとこ?”


「その1、お酒が好き」

「うん」

「その2、酔ったら声が大きくなる」

「その3、もっと酔ったら脱ぐ」

「え?まじ?」

「あなたも酔ったら脱いで馬鹿騒ぎするじゃない、私と一緒で」

「どうしてそんなこというの?」

「だって友達だから。ずっと昔から」


・・・・・・・・


突然、サンタクロースが立ち上がった。


「いつまでおバカちゃんのふりしているの?ミランダ・リヒテンシュタイン!」

サンタクロースは、そういうと、私をゆっくり抱きしめた。

まるでずっと昔から私を知っているみたいに。


「ミランダ?誰ですか?」


彼女の体はとても華奢で、腰は折れそうなくらいきゅっとしまっている。

「ミランダ、あなた、おバカさんの上に、自分のこと何もかも

忘れてしまったの?」

「何者って?私は出雲真衣華、ただの25歳ですよ」


サンタクロースは、赤いコートを脱ぎ捨て、その下の真っ黒なレオタードだけになると、細身の割に巨大な胸の間から小型の拳銃を取り出し、目にも止まらぬ速さで花瓶を狙った。


”バン”


突然に乾いた破裂音がして、花瓶に生けられた赤い

薔薇の花びらが一枚、ひらり宙に舞い上がる。


「なんてことを!」


私は狼狽えた。弾丸は、少し開いた窓の隙間から朝方の空に消えていったようだ。


「忘れたなら、教えてあげる真衣華。あなたはミランダ、

速撃ち0.03秒、2丁拳銃の使い手。その首には10,000ドルの賞金がかかったお尋ね者よ」

私はポカンと口を開けて、サンタを見た。


「あなたほんとにサンタクロース?」

「もちろん、オフコース!」

サンタクロースは、赤い衣服を再び着た。

「時間と空間が交錯する別の世界で、あなたと私は友達だったんだよ」

「嘘つかないで」


どこかでニワトリの鳴く声がした。


「もうそろそろ行かなきゃ」

「残りのプレゼント配るの?」

「うん、良い子が起きる前にね」


そして、ちいさな拳銃を私に投げてよこした。

「私は、あなたの友だちだよ真衣華。たとえ貴方が自分のこと忘れても。

今までも、これからも」


そう言ってサンタクロースはとてもふわふわのやらかなから腕で、

私をぎゅっと抱きしめた。


「自分を信じることできる?あなたすごいのよ。だから私と行こう!」


サンタクロースは私の耳元で囁いた。とても懐かしいあたたかな感触。赤ちゃんのミルクの匂いがした。私は頷くことができなかった。


「もういいよ、気休めはごめんだよ、私はどこにも行けないんだ」


私、もう限界、潮時なんだよ。何か頑張ろうとすると、必ず失敗する。

ずっとそうだった。私は永遠に出口のないハムスターホイールのなかで

生きるしかないんだ。



「そう?それは残念。じゃあ、その拳銃だけ預けるわ、またどこか別の異世界できっと会った時の目印に」

「別の異世界?目印?それは何?」

サンタクロースは何も答えてくれなかった。


「真衣華、元気でね、私は配達の仕事に戻るね」


少し開いた窓から、つむじかぜが吹いてきて、サンタクロースの体をふわりと浮かせた。見るまに彼女の体は赤い薔薇の花びらみたいに散りじりになって、やがて風と一緒に消えてしまった。


「サンタちゃん・・」


私の右の目から一筋の涙の球が頬をつたって流れた。


私はそこで目を覚ました。やっぱり夢だったんだ。

右の頬に涙が流れた跡があった。私にそんな劇的なことが思うとは到底思えなかった。


サンタクロースが座っていた席には、薔薇の花びらが一枚落ちていた。


“るるるるるるる”


薄暗い部屋で、急にスマホがコールを始めた。


見てみると非通知の番号だ。黒いキューブ型の目覚まし時計は午前5時55分を表示している。胸騒ぎがする。これは大切な電話だきっと。私は直感に従って思い切って電話に出た。


「はい、出雲です」

「わたしはここにいるわ、番号3950どうしてだれも出ないの」

電話から聞こえてくるのは小さな女の子の声だった。


「え、なに?あなた誰?」

「どうして誰もたすけてくれないの?私はここにいるのに、ランゲ監獄305ごうに

いるのに。ツー、ツー、ツー」


そのあと突然に通話は止まった。

電話の向こうはただの無音。私は受話器を上げたまま、相手が話し始めるのをじっといつまでも待ち続けた。

続く





















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