第9話 魔法と魔物
僕は昨日は聞けなかったこの世界や魔物の事について、ローガンに尋ねた。
「この世界には、本当に魔物がいるの?」
「あぁ、いるよ」
即答したローガンのその言葉に、僕はやっぱり異世界に来たのだと実感した。
「冒険者の仕事は魔物を狩る事?」
「……それだけじゃない。国からの依頼をこなしたり、まだ見ぬ世界を見てまわったりするのも冒険者の仕事だ」
ローガンは話を聞いている僕の目が輝いているのにすぐ気がつく。
「なんだ、冒険者になりたいのか?」
「あの、えっと……」
「駄目だ、冒険者は……危ない」
僕はがっくりと肩を落とした。でもローガンの言う通りだ。
「僕は力が無いし、ローガンが作る剣を振ったり出来ない。魔物となんか戦えっこない」
僕がそう言うとローガンは困ったように頭かき。考えこむが、しばらくしてこう言った。
「力だけが全てじゃない。魔法がある」
「魔法!」
その時の僕の目はさっきよりも数段輝いていたはずだ。
ローガンは魔法について僕に説明してくれた。
「この世界は魔素に溢れている。俺やお前の体にもあるし、今このテーブルの上にだってある」
「それで!?どうやって魔法を使うの?」
身を乗り出して話に夢中になる僕をローガンはたしなめる。
「ギン、ちょっと落ち着け」
怒られたことよりも、ローガンにギンと名前を呼ばれたのがなんだか嬉しくて、僕はえへへっと笑って席に戻る。
「魔素を使えばなんだってできる。火を起こしたり、水を生み出したり。それを操るのは人間の想像力だよ」
そう言われ僕はうーんと考えこんでしまう。
「僕の世界にもたくさんの人がいるけど、魔法を使える人は一人もいない。みんな想像力が足りないってこと?」
「魔素が少ないのかもな、そっちの世界は」
「うーん、もしかしたら魔物がいないから……魔物を倒してレベルアップしないと魔法は使えないのかも!」
ローガンは不思議そうな顔をする。
「レベルアップ?」
「うん、冒険者は魔物を倒して強くなったりはしないの?」
「魔物を何匹倒そうと、いきなり人は強くなったり、魔法が使える様になったりはしない。何年も鍛錬を重ね、少しずつ強くなるんだ」
そうだよな、やっぱりレベルアップなんてゲームや漫画の中だけだ。そう思っているとローガンがこう言った。
「ただ……人が急激に成長し、強くなること、それはある」
「えっ?それってどんな時?」
「ちょっとしたきっかけで、大きく成長するのは心だ。心が強くなると人は強くなるんだ」
ローガンは僕の目を見て、優しく微笑んでくれた。
食事が終わると、ローガンは僕に麻で出来た大きな袋をくれた。
「それに服や靴を入れて、今日はこれを着るといい」
ローガンはそう言ってシャツとズボンを手渡した。確かに、学生服で外に出てジロジロ見られるのはもうごめんだ。
服を着替えてローガンの所に行くと、もう既に出掛ける準備が終わっていたようだ。背中に大きな槍を背負っている。
「町の外に出るの?」
異世界への好奇心はあったが、やはり魔物がいる外に出るのは恐かった。
ローガンはそれを察したのか、自分の首にかけていたロザリオを僕にかけてくれた。
「お守りだ」
ローガンはそう言ってドアを開ける。
「心配するな。お前は俺が守ってやる」
まだ日が昇り数時間しかたたない。眩い朝日の中、僕はローガンと初めての冒険に出掛けた。
「どこに行くの?」
「オズワルドから貰った文に書かれていた場所だ」
「え?それってどんな場所?」
「お前が行くべき場所だよ」
それ以上聞いてもローガンは何も答えてくれなかった。
ローガンは何の目印もない草原を、地図も見ずにどんどん進んでいく。今向かっている場所におそらくローガンは何度か行ったことがあるのだろう。
僕はどこに行くのか聞くのは諦めて、また魔法の話をした。
「魔法ってどうやって使うの?」
「いろいろだ。杖や魔力のこもったロザリオを媒介にしたり。魔道言語を詠唱したり」
「難しそう……」
「媒介や、詠唱が無くても魔法を使える者もいる。体の中にある魔素や、空気中の魔素を感じ取ってそれを魔法に変えるイメージを持つ」
「ローガンは魔法を使うの?」
「俺か?俺は魔法を使えない。魔法は生まれ持った才能も影響する。どんなに練習しても、魔法を使えない者もいるんだよ」
「ふーん」
僕はその話を聞いてから、どうにか魔法が使えないかいろいろ試してみた。
とりあえずは炎。炎の魔法が使ってみたかった。
炎をイメージしたり、右手の先にぐっと力をこめてみたりした。
しかしいくらやっても駄目だ。
「魔法の才能があるかどうかって、どうやって分かるの?」
「魔素の流れを見ることができる上級の魔法使いなら分かるだろうな」
「上級魔法使いって、どのくらいいるの?」
「さぁな。王国にいけば何人かはいるだろうな」
ローガンの口ぶりから察するに、上級魔法使いっていうのはとても少ないのだろう。
僕はもう一度魔法が出せないか挑戦することにした。
魔素を感じ取る、僕は目をつぶってその場に立ち止まる。ローガンは僕の体にも魔素があるといった。そしてこの草原にも魔素はある。
僕は体とその周りの空気にぐっと神経を集中させる。
不思議なことに、目をつぶっているはずなのに僕は周りのすべてが見通せていた。僕が立ち止まったからだろう。ローガンも立ち止まり待ってくれている。目をつぶり見える景色は目を開けている時とは違い、ローガンの体は青いエネルギーの塊のように見える。
これが魔素だ。僕は空を飛び交う魔素を指先に集め、炎をイメージした。
「で、出た!」
僕が目を開けると指先に直径三センチほどの火の玉が揺らめいていた。
「見て、ローガン!僕、魔法が使えた!」
ローガンは目を見開き口をあんぐり開けていた。
こんな小さな炎を出しただけなのに、そんなに驚くことなのだろうか。
その時だった。僕達から10数メートル離れた先の茂みが、ガサリと音を立て揺れた。
どんな恐ろし魔物が茂みから飛び出してくるのかと身構えた。
ローガンは槍を握り、僕を守るように構えた。
茂みから飛び出したのは、子供くらいの大きさをした半透明のゲル状の物体。漫画やゲームでもよく見るスライムの魔物だった。
僕は正直ほっとした。スライムと言えば僕のやっているゲームの中でも最弱の魔物だ。このスライムはゲームのと違って可愛い顔などはついておらず、体の中に一つ赤黒い丸い塊があるだけ、ちょっとグロテスクだったが、まぁ同じスライムには違いない。なんとか倒せるだろう。
しかしローガンの反応は僕と正反対だった。
「くそったれ!よりにもよってスライムか」
「えっ?」
「ギン、下がっていろ!」
スライムはじりじりとこちらとの距離を詰めてくる。
「見ての通りあいつには目や耳はついてない。だがあの体の中にあるコアで、俺たちの体の魔素を感じ取り、こっちの位置を図っている。ゲル状のあの体にはダメージは通らない。コアを破壊しなければ……」
話しぶりからもスライムが相当の強敵であることがうかがえる。
「に、逃げようよ!」
「無理だ。今あいつはゆっくりにじり寄ってきているが、獲物が逃げれば体を水のように変えて、地面を流れるようにして追いかけてくる。とても逃げきれん」
「じゃあ、どうすれば……」
「心配するな、俺がどうにかする」
ローガンはぐっと体を沈ませたかと思うと、勢いよく地面をけってスライムに向かっていった。
目にもとまらぬ速さの槍が正確にコアをつく。
だがスライムはコアを自在に動かしローガンの槍をかわす。そのままスライムは槍をたどりローガンを捕まえようとする。
「ちっ!」
ローガンはスライムの体に突き刺さっている槍を、切り上げるようにして取り出しバックステップでそれを回避した。
「突きは危険か……」
次にローガンは素早く槍を操り、スライムを八つに切り裂いた。
スライムはバラバラになり地面に落ちるがすぐに集まりまた元の大きさに戻る。
「再生スピードも速い、大型並だ……本当にこれは小型スライムなのか?」
そうつぶやいた瞬間、ローガンは背後からもう一匹のスライムに取り押さえられた。
いや正確にはもう一匹ではない。
「不覚……はじめから体の半分を切り離し戦っていたのか……」
ローガンは体に力が入らないらしく、抵抗できないようだ。ローガンは僕に向かい叫ぶ。
「逃げろ!ギン」
「い、嫌だよ!ローガン!」
「スライムは捕食に時間がかかる、今こいつは俺の中の魔素を吸い上げている。町までなんとか逃げられるはずだ!」
このままではローガンが死んでしまう……。でも僕がここに残った所でスライムに勝てる訳でもない。ローガンを助ける力は、僕にはない……。
下を向き、唇をかんだ。
ローガンを置き去りにして、僕は……逃げた。
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