ep.28 スズランの聖女様に、花束を。
妖精達が
地平線が伸びるほど大きく丸い泉からは、これでもかというほどの眩しい水面が木々に反射して映る。まるで、今にも泉の底から水龍が飛び出してきそうな景色だ。
そんな泉の
僕達はその光景にも驚かされた。なんでもその花畑、どれも僕達の背丈を優に超えるほど、現実世界でも見かける品種の花たちがみな、巨大なのである。
その内、饅頭を葉っぱで包んだような釜倉を見かけた。
そこから僅かに光が漏れている。
『聖女様は、この中にいます。さぁ』
案内してくれた妖精さんがそういうと、僕達は恐る恐る、その釜倉を形成している巨大な葉っぱを1枚ずつ、捲っていった。すると…
「ある!」
釜倉の中から出てきたのは、やはりというか、藁の上に大切に置かれているクリスタル。
スズランのチャームがついた、仲間の魂が封印されているそれだ。発光が強まっているから、ここは礼治が解放のまじないを唱える番。
礼治が、静かにチャームへと手をかざした。
光が、どんどん眩しくなっていく―― そして次の瞬間!
ドーン!!
クリスタルから、一筋の光が放たれた。
光は孤を描き、花畑の中でもとびきり美しい場所へ、スライム状に着地。そしてそこからスズランがポコポコ生成されると、その中から1人の女性が実体化して立ち上がった。
本業がモデルの高身長美女、魔法をお花に変える平和の象徴。サンドラの解放である。
『聖女様! あぁ良かったぁ』
『聖女様、やっとお外へ出られましたよ!?』
早速、連れの妖精さん達が次々とサンドラの元へ飛び込み、嬉し涙を流した。
サンドラはゆっくり瞼を開き、妖精達に囲まれながらも、穏やかな笑顔を見せた。
「――えぇ。久しぶりのお外の空気ね。みんな、ありがとう」
そういって、僕達にもニッコリと微笑んだ。僕達は、その姿に安堵したのであった。
――――――――――
「クリスタルからの景色は、最初はお花たちが見えるだけだったけど、少しした頃からここの妖精さん達と出会い、ああして良い寝床も用意してもらったの。彼らは元いた王国が襲撃に遭い、ここまで逃げてきたんですって。でも、何人かは敵に捕まってしまったそうで」
と、あれからサンドラが今日まで見てきた事を、僕達に教えてくれた。
僕は恐る恐る次の質問をする。
「その捕まってしまった妖精たちは、どこへ?」
「それが… 敵の一味である幽霊たちに、記憶ごと、魔改造されていったと」
サンドラが、そういって悔しそうな表情を浮かべているが、魔改造って…
あのチアノーゼの所にもいた、「小さな悪魔達」のことか!
やはり、そういう事だったのかよ。
僕が先日、あの富沢商会のボスの正体を暴いた際、そいつは「何かの成れの果てじゃないか?」と嫌な予感を覚えていたのだが… マニーが、怒りで拳を震わせている。
「幽霊、か… マーモと同じタイプだな。そいつらのせいで!」
『うぅ~! 友達も、家族も、みんな…! グスッ あの化け物たちに、悪魔にされちゃった! もう、元に戻らないなんてあんまりだよぅ~! うわぁぁ~ん!!』
妖精さんの1人が、そういって大声で泣きじゃくった。
あとの皆も、それぞれが嗚咽を上げたり、拳を震わせたりしている。
仲間を敵に奪われ、洗脳され、そして悪用されるのがどれだけ辛い事か。想像するだけで、もの凄く心が痛い。
「セリナくん達。今は早く、この事をアゲハに報告しましょう?」
流石にこれ以上暗い話は良くないと思ったのか、サンドラのその言葉に僕達は頷く。
今回の件が分かった以上、もうアイツらの好き勝手にさせるわけにはいかない。そう決意したのだ。僕もマニーも。
だけど、現状では相手の方が遥かに有利である。一体どうすれば…
『聖女様、お気を付けてー!』
『必ず、帰ってきてくださいね。私達、いつでも待ってます』
『みなさん。ありがとうございました!』
こうして、僕達は新たにサンドラを連れて、この泉を離れる事にした。
妖精さん達は、また誰かがあのフェデュートに捕まる訳にはいかないので、引き続きこのバイオームに留まるのだ。今はその事は、王宮と仲間以外には口外しない方がいいな。
「…ん?」
ふと、礼治が泉を出る前に、とある方向へと目を向けて止まった。
僕達も振り向くと、そこには地面から顔を覗かせている、大きな岩が1つ。
「どうした礼治さん?」
僕はそういい、大きな岩を凝視した。
すると、その岩の一部に、前にどこかで見た様な模様というか、ぐにゃぐにゃの線が刻まれているではないか。
パッと見、熊が引っ搔いたような傷かと思ったが、流石にそういうのではなく。
「これ、何かの文字か!?」
「あの地下博物館の石碑と同じ様な線や丸が、彫られている…? 人為的なものかな」
なんて、次にヘルとマニーが眉間に皺を寄せながらそう呟いたのだ。
やっぱそうだよね? これ、絶対誰かが意図的に掘ったよね!? 何語なのこれ!?
「そういえばその岩、私も何度か見てきたわ。このバイオームが不定期で地形が変わるから、次きた時には見失う可能性があるけど… ダメね。一体、何て書いてあるのかサッパリ」
と、サンドラも落胆する。
という事は、彼女の父親が使っていたアラビア語系ではないと。
とにかく今の状態では何も分からないので、時間も勿体ないし、僕達は今度こそ泉を去っていったのであった。
――――――――――
「はい、セリナくん。これで貴方の手にも、魔法無効化の力が戻ったんじゃないかしら?」
なんて、サンドラから僕の能力の一部を返還してもらった、すぐあと。
僕達は再び、あの食虫植物の群生林へと差し掛かったのであった。
さて、帰りがまた問題だ。しかも今回はサンドラさんも一緒。一体どうすれば…
「あら?」
「「「あれ!?」」」
僕達は驚いた。サンドラも、何だか満更でもない表情をしている。
というのも、まさかの食虫植物たちが全員、こぞってサンドラに向かってお辞儀をしたのだ! 信じられない光景であった。
「サンドラさん、歓迎されてる?」
「あら、どうしてかしら? どうもそうみたいね。なら、このまま歩いて帰れるかも」
「…だな。試しに解除してみよう」
といい、礼治が行きの時に置いといた黒焔の葉脈を、遠隔でフェードアウトさせる。
すると、その葉脈によって静止させられていた植物達が再び動いてすぐに、同じくサンドラを讃えたのである。そして、誰も僕達を襲ってこないのだ。
ポン♪
「えぇ。魔法をスズランに変える能力も、バッチリ健在ね。みんな、行きましょう」
そういって、サンドラがさりげなく葉脈に向かって発現したスズランを前に、ニコッと微笑む。もちろん、葉脈も今の無効化で綺麗に消えてなくなった。
となれば、植物達がお辞儀している今の内に、ここはさっさと帰路についた方がいい! というわけで僕達は徒歩で、この群生林を抜ける事が出来たのであった。
それにしてもサンドラさん、色んな種族から愛されているな。
しかも誰かの魔法をお花に変えるという、優秀なデバッファー。彼女がいれば今後は、誰かが魔法をコントロールできなくなった時に、それを無効化する事が…
て、まって!?
そうだよ、“その手”があるじゃないか!
僕は手槌を打った。
これは大きなチャンスだ。寧ろ今回、サンドラさんを解放して本当に良かったじゃん!
と、一気に勝算へ持っていける事が判明したのである。
(つづく)
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