ep.25 勇者様にも苦手なものはある

 上界。その中の原始地球をモチーフとした、灼熱の地獄。

 僕達が寝ている間の「夢」として足を運べるそこには、魔王職の代理を任されているカナルと、その玉座の前にて腕を組むマニュエルがいた。

 何げに珍しい組み合わせの2人だけど、これには理由がある。


「チアノーゼに、そんな力が… まずいな。遠距離からの魔法攻撃はほぼ確実に弾かれるし、近距離だとアシッドで溶かされる。おまけに回復と再生を兼ねた吸血鬼だから、幾つか投擲とうてきを食らったくらいでは致命傷にならない。

 それにしても、シアンの能力の中に『アシッドアタック』なんてあったかな?」


「知らん。チアノーゼ本人の力なんちゃう?」


 との会話が。

 あのあと、僕達はチアノーゼとの戦いで苦戦した経緯を王宮に伝え、それについてマニーが疑問点を含めカナルに報告しにきたのだ。


 今の僕達は、かなり不利な状況に置かれている。

 現状、アガーレール王国で最も命を失ってはならないアゲハ女王でさえ、かすり傷程度だけど負傷したのだ。僕も腕と胴体に軽い火傷を負った。

 ジョン・カムリに至ってはあの日、強がっていただけで実は結構深手を負っていた。チアノーゼが彼の予知能力に気づき、潰しにかかろうとしたのだろう。幸い命に別状はないけれど、今は髪をボロボロにされて不機嫌な若葉からの手当てを受け、療養中である。


 マニーは内心、納得できないという表情をしていた。カナルも対応に困っているようだ。


「それだったら、ジョナサンの攻撃で負傷した手でもなお発動させるはずだよ。一時的なダメージで中断されるという事は、ドレインでシアンの能力を借りている証拠。それにアキラから聞いた話、向こうが奥の手を使う際、クリスタルが慌てた様に強く発光したそうだ」


「アカンやんそれ。ホンマやったらなんでシアンのやつ、アシッドの事をウチらに教えてくれへんかったんやろ…?」


 なんて呟くカナルに対し、マニーは敢えて何も答えない。

 その奥の手については、本当に何も知らないからだ。彼はゆっくりと踵を返した。


「それじゃあ、俺は北の森の開拓手伝いにいってくるよ。アゲハが療養がてら、しばらくは王宮にいるし、そろそろ皆にあの件を教えないといけないからな」


「おう、気ぃつけてや。にしても『あの件』って?」


 カナルが異次元トンネルを潜ろうとするマニーに、気になる点を反芻した。

 マニーが最後に、この上界を去る前に振り向き、きっと誰もが思っていただろう件について答えたのだった。


「――俺があの世界に降り立ってから、アゲハと再会するまでの経緯いきさつだよ」




 ――――――――――




「てりやき、しょうゆ、お散歩たのしいね~」

「たらこ、ケチャップ、こっちだよ。みんなで応援しよう」


 なんてサリイシュがさっきから調味料の名前を呼んでいてシュールな会話だが、それもそのはず。このアガーレールの世界には「ソースラビット」という、ちょっと可愛らしい生き物が存在する。今の名前は、全てその子達につけられているものだ。

 顔がウサギ、首から下がシカという不思議な草食動物で、毛色や柄は個体によってさまざま。だがそんな彼らの耳からは共通して、青いオーブのつぶつぶが静かに放出されているのである。実はその青いオーブ、「マナ」という魔法の源らしい。


 そんな彼らをリードに繋げて連れてきたのは王宮裏の森の、そのまた奥深く。

 川の上流が美しい、ほぼ手付かずの自然が残る巨大樹の聖域… ではなく、また別の北方向に続く森への入口だ。目の前には木製の塀が建てられている。


「カナルはこの辺りから、あのマヌカの木の匂いに釣られて蜂が飛んできたといっていたな。そしてアゲハ曰く、その先は巨大で獰猛な食虫植物の群生林…」


 先頭に立ち、その先の樹海を眺めている礼治が顎をしゃくる。

 サリイシュよりも先に到着している彼の元に、ソースラビット達がこれでもかと歩み寄ってきた。元々温厚な性格なのも相まって、礼治に懐いているようだ。


「私達は、両親から聞いただけで実際は見ていないけど、そこは凄く危険な場所だと言っていました。近寄ったら食べられるぞ~! って」

「その先には何があるのか、未だに良く分かっていなくて… 勇者様も、全容を探るのは難しいと」

「勇者様?」

「おまたせ!」


 と、ここで後ろから声かけが。マニーだ。

 上界でカナルと話をしたあと、ここアガーレールで目を覚ましてすぐに駆けつけてきたのである。それも、これから礼治の手伝いをするため。


「これから、この先の危険地帯に足を運ぶんだって?」

「あぁ。アゲハから、彼らの動きを止めて未開エリアの調査を行うよう依頼された」

「そうか」

「ところで、さっきそこの2人から聞いたけど、この先は勇者も全容を探るのが難しいとか。『勇者』って、マニュエルのことだろう?」

「うん。今はフェデュートとの外交問題とはあまり関係がないから、暫く関わらなかったけど、この際だし手伝いも兼ねて色々教えようと思ってね」


 そういって、マニーが塀の一角にある大きなゲートへと手をかけた。

 塀の上を刺々しくした、太い丸太の柵。この国の民が、何も知らない人が誤って奥へ立ち入らないよう、設置したものだろうか。

 すると、マニーがポケットから鍵を取り出した。サリイシュが目を輝かせた。


「おー! ついにあのゲートが開く瞬間が見られるのかな…!?」

「ラビット達も興味津々だよ! 今日の為にご飯も沢山食べてきたし、これは見ないと」

「“見るだけ”だぞ?」

 と、マニーが冷めた目でぼそっと念押しする。

 すると2人が、特にサリバが「むーっ!」と頬を膨らませた。まだ何も自分達まで一緒に行くとは言っていないのに、あからさまに否定されたからか、物凄く不満そうだ。


「噂通り、この先にはヒトを簡単に丸呑みできるほどの食虫植物が、沢山いる。それを抜けた先にまた別のバイオームに出るんだけど、そこもまた地形が変わったりと奇妙なんだ」

「ほう?」

「そのバイオームの、正確な座標までは分からないんだけど、俺はその一角でこの世界へと降り立った。人っ子一人いない、ただ動物だけが長閑のどかに暮らすその地で飢えを凌いでいたある日を境に、平地へ下る決断をした」

「ある日?」

「あのアゲハが、この世界で暮らしている事に気づいた日だ。この子達のお陰でね」


 そういって、マニーが片手の平から虹色蝶を数羽生み出した。

 自分の思念体と、アゲハの思念体。両方の心を映し出すその子達は、いつになくヒラヒラと羽ばたいている。礼治はすぐにその意味に気が付いた。


「そういう事か! アゲハの精神状態の『反映』」

「そう。このアゲハ蝶が日に日に元気になっていく姿を見て、アゲハも同じ世界にいると察した。だけどここまで辿り着くのに苦労したよ。なにせ何時間も虹色蝶の瞬間移動を使って、植物たちの通せんぼを掻い潜ってきたからね。もう二度とあんな思いはしたくない」


 で、その後にフェデュートからの襲撃があって、そこで色々業績を残して「勇者」と称される様になったという事なんだろうけど、そんな勇者様でも苦手なものはあったと。

 色々と、考えさせられる昔話であった。


(つづく)

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