第11話 四人の仲間……どうしてお前がいるんだよ!?

 久しぶりに登校した高校で同級生に突き飛ばされて頭をぶつけ、琥珀は再び異世界に召喚されてしまった。

 召喚主であるヘリヤはこれからダンジョンに足を踏み入れようとしていたところで、探索に同行させるために琥珀……ペンギンの姿をした召喚獣である『アンバー』を呼び出したのだろう。


「それじゃあ、行こうか。みんな集まってくれ!」


 クラス委員である揚羽が呼びかけると、二人のクラスメイトがこちらにやってきた。

 やってきたのはどちらも女子生徒である。高校の制服の上に胸当てなどの防具を身に付け、ローブのような上着を肩にかけていた。


「キュ……!」


 女子生徒のうちの一人を目にして、琥珀は大きく目を見開いた。

 こちらにやってきた女子の片割れ……つまり、一緒にダンジョンに潜るパーティーメンバーの一人は琥珀にとって因縁深い相手だったのだ。


 柊木翔子。

 琥珀のことをイジメていたクラスメイトの一人。

 ブラウンに染めた髪と日焼けした肌、身体のあちこちにピアスなどのアクセサリーを付けたギャル風の女子。

 イジメをしていたのは主に男子生徒だったのだが、一部の女子もそれに加わっていた。柊木はその筆頭格である。


(まさか……コイツと一緒だなんて……!)


 クラスメイトの大部分と確執があるが、その中でも柊木には特に憎しみが深い。

 異世界で彼女が命を落としたとしても、少しも心を痛めない程度には嫌っている。


(隙を見て殺してやろうとまでは思わないけど……積極的に助けたいとも思わないな)


 琥珀は秘かに、柊木が危なくなったら見捨てようと心に決めた。


(もう一人は……甘井紫雲。コイツか)


 最後のメンバーは日本人形のような細身の女子である。


 甘井紫雲。

 整った顔立ちと長い黒髪が特徴な和風の美少女。その顔立ちは感情が乏しく、周囲のものにとにかく興味がないように見える。

 甘井はイジメに加わることこそなかったものの、琥珀が虐げられていても見て見ぬふり。関わらないようにしていた。


(つまり、大多数のクラスメイトと同じ。見て見ぬふりはイジメているのと同じだと言う人もいるけれど、そういう意味では僕にとって『敵』だな)


 甘井に対しては特に憎しみは抱いていないが、もちろん好感だって持っていない。

 こちらも積極的に手助けをする必要はないだろう。


(とはいえ……実際には、助けが必要なのはこっちの方だろうな)


 琥珀はそっとステータスを出して確認する。


―――――――――――――――

水島 琥珀(アンバー)


年齢:16

種族:人間(フロストフェニックス幼体)

職業:ヘリヤ・アールヴェントの召喚獣

召喚回数:3


レベル 6 UP!

体力 E

魔力 F→E

攻撃 E

防御 F

速度 E

器用 F→E

知力 F

魅力 A


スキル

・異世界言語

・フロストバースト(弱)

・気配察知 NEW

―――――――――――――――


(またレベルが上がってる。クラスメイトのステータス、スキルは知らないけど……たぶん、僕よりも低いということはない気がするね)


 おそらく、琥珀……アンバーはあまり強くない。

 大器晩成型であると信じたいが、今のところは誰かを守るよりも守られることの方が多いだろう。


「やっとアタシ達の番? 待ちくたびれたわー」


 間延びした声で柊木が言う。

 その全身からは気怠そうなオーラが滲みだしており、やる気というものが感じられない。

 琥珀をイジメていたときには生き生きとしていたというのに、ダンジョン探索には消極的なようだ。


「怪我をしないようにいきましょう。みんな、よろしく」


 対照的に、甘井が無感情で平坦な口調で挨拶をした。


「ああ、もちろんだ! 初めてのダンジョン探索……無理をしない程度に頑張ろう!」


jaヤー。がんばる」


 揚羽とヘリヤが二人に応じる。

 どうやら、この四人がパーティーを組んでダンジョンに潜るようだ。

 琥珀にとっても初めてのダンジョン探索。おまけにメンバーの一部と因縁があることもあって、少しだけ気が重くなってくる。


「ああ、みなさん。集まっているみたいですね」


 そんな四人組のところに金髪の女性が歩いてきた。

 騎士のような鎧を身にまとっており、ジャンヌダルクのような精悍さがある外国人女性である。


「シャーロット教官」


 揚羽が彼女の名前を呼ばう。

 どうやら、その女性騎士はシャーロットという名前らしい。

 四人(+1)に視線を向けられ、シャーロットが穏やかな笑みを浮かべる。


「今日は私が君達の付き添いをすることになりました。よろしくお願いします」


「はい、教官がご一緒してくれるのなら心強いです。よろしくお願いします」


「アゲハ、そう畏まらなくても構いませんよ。初めてのダンジョンだから緊張するのはわかりますけど、肩の力を抜いてください」


 シャーロットが振り返り、広場の中央にある『門』の方を向く。


「事前に説明は受けているでしょうが……この世界には七つのダンジョンが存在しています。ここにあるのは、そんなダンジョンの一つである『勇気の迷宮』です」


 シャーロットが落ち着いた声音で説明をする。


「君達にはダンジョンを探索してもらい、最上階……まあ、上に向かうとは限らないのだけど、そこを目指してもらいます」


「ホントにさあ、ダンジョンの一番奥にたどり着いたら家に帰れるわけ?」


 柊木が面倒臭そうに問うと、シャーロットが「もちろんです」と頷く。


「ダンジョンの最奥にたどり着いた者は、一生かけても使い切れないほどの莫大な富と、神にあらゆる願いを叶えてもらう『権利』を獲得できます。過去にダンジョン攻略を成し遂げた者は巨大な王国の王になったり、愛する者を甦らせたり……様々な願いを叶えてきたことが歴史に残っていますから」


 シャーロットがダンジョンの入口から目線を外して、四人組を順繰りに見やる。


「君達が元の世界に戻ることも容易いはずです。我々は君達がダンジョンを攻略できるように支援する。その見返りとして、ダンジョン最奥にある財宝を貰いたい……というのが国王陛下が皆さんにもちかけた取引でしたね?」


「見返りね……そもそも、私達を召喚したのはこの国――ヴァハルト王国なのだけどね」


 甘井が冷笑を浮かべながら、皮肉そうにつぶやく。


「貴方達が召喚しなければこんな世界に来ずに済んだのに、支援してやったのだからと恩着せがましくするのは違うと思うわ。私、間違っているかしら?」


「……いえ、貴女の言うとおりです。シウン」


 シャーロットが胸に手を当てて、小さく頭を下げた。


「我が国――ヴァハルト王国は周囲を山と海に囲まれているため他国との交流が難しく、農地も少ない貧しい国です。他国よりも優れていることといえば、神が与えた試練の場であるダンジョンがあることくらい。昨年、国を襲った巨大な嵐によってただでさえ小さい農地が打撃を受けてしまい、このままでは古木が枯れるようにして滅亡してしまうでしょう」


「…………」


「だから、国を救うための起死回生の一手として君達を召喚しました。君達がダンジョンを攻略してくれたら、財宝によって救われるはずです。こちらの都合で迷惑をかけてしまって恐縮ですが……どうか、助けてもらいたい」


「……甘井」


「アマイ」


「わかっているわ……悪かったわね。貴女を責めたりして」


 揚羽とヘリヤから抗議の目を向けられ、甘井がゆっくりと首を振った。


「ちょっと愚痴を言いたくなっただけよ。シャーロット教官を責めても意味がなかったわ。許してくれる?」


「許すも何も、私達は責められて当然の立場です」


「そう、だったらいいわね」


 甘井が顔を逸らす。

 剣呑としていた空気が落ち着いたのを見て、気を取り直したように揚羽が両手を叩いた。


「それじゃあ、話が終わったところでダンジョンに入ろうか! みんな、気を引き締めていこう!」


Jaヤー


「ええ」


「……フン」


 ヘリヤと甘井が短く返事をして、柊木がつまらなそうに鼻を鳴らす。


「それじゃあ、私が先導します。四人とも、はぐれないようについてきてください」


 指導教官であるシャーロットを先頭にして、クラスメイト達がダンジョンの入口に向かっていく。

 琥珀もまたペタペタと短い脚で小走りについていった。


(ヴァハルト王国に七つのダンジョン。神の試練か……)


 先ほどの会話のおかげで、クラスメイト達が召喚された状況が理解できてきた。


(つまり、ダンジョンの奥にあるお宝を手に入れるために召喚されたわけか……戦争とかが目的じゃなくて良かったじゃないか)


 マンガやライトノベルにおいて、異世界召喚の目的は『魔王を倒してくれ』というのが一番よくある理由である。

 しかし、中には戦争で兵士として利用するために召喚されるハード系のパターンもあった。


 今回の場合はダンジョンを攻略して、貧しい国を救うため。

 当事者の立場ではそうでもないだろうが……召喚の理由としてはわりと軽めなものだろう。


「キュウ」


(まあ、それでもダンジョン探索だからな。命がけのものだろうし、最悪でもヘリヤさんだけは守らないと!)


 琥珀は覚悟を決めて、羽毛で覆われた短い手を握りしめたのであった。

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