儚く、華やかに

四喜 慶

第1話:短い箸

 朝、目が覚めて、伸びをする。

 長い間寝ていたことによって固まった身体をほぐす。

 私はどうやら寝過ごしたようだ。

 妻が待っている。


 リビングに足を運ぶと上京していたはずの息子夫婦がいた。

 妻が椅子を引く。今日は私が手前の席のようだ。


 対面に座った息子の表情がやけに優しくむず痒い。今日はなにかあったのだろうか。結婚記念日に買ったひまわりの花瓶。その上に掛かったカレンダーには私の誕生日の手前まで斜線が引かれている。


 そうか。今日は私の誕生日。

 長い間あっていなかった息子が帰ってくるのも納得だ。

 時々、私は車で息子の家に訪ねていたが、もう体力も落ちた。


 免許の返納を勧められたこともあったが、記憶力も落ちてきた私にとって電車を使うのはかなり神経を使う。

 そのため、妻には息子の家に行く時。その時だけは車を使うことを許してもらった。


 片道三時間。昔は車窓から見える景色と妻の顔を見ていたものだが、今は目の前の白線とアスファルトしか見れない。


 あと何回、息子に会えるのだろうか。少し横に視線をずらすと綺麗な嫁と可愛い孫がお刺身をつついている。箸の使い方が慣れないのだろうか。


 いつもの箸と長さが違うからか。

 そうか。次からは短い箸を用意しなければならないな。


 忘れる前にメモを取らないと。

 急いで立ち上がった私に視線が集まる。不思議そうにこちらを見る妻に事情を伝えると、嬉しそうに私に鉛筆とメモを渡してくれる。


 「みぢかいハシ」


 私はこの言葉を書き終えて深い安堵感に包まれた。

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