鍵の開かない本【No2. 峠】

松井みのり

     

「オマエ、本当に……警察か?」


「あぁ、の味方さ」



              *



 池袋に多くあるコンカフェ。そこに『好事家カフェ』という場所がある。予約制で会員制のため中に入りづらいと噂もあったが店内は書斎をイメージしており、壁には本がズラッと並べられた本棚。

 1チャージ(一時間)制ワンドリンクで800から1000円とメニューで金額が異なるが常連である白石しらいし和也かずやは慣れたように本棚から本を選び、ブラックコーヒーを口へと運びながら『関東の絶景写真集』をペラリペラリとめくる。


「青ヶ島村に行くのには、船、もしくは飛行機と更にヘリコプター……まあ、絶景を見るためなら仕方ないのか」


 和也は頭は抱えているが、内心のそれとは違っていた。ヘリコプターの算段をしていたのだ。他人から見たら面倒で無茶な計画にこそ、和也の心は踊る。


 給仕の中年男性が口を開いた。静かで落ち着いた声で聞き取りやすい。だが、どことなく少し気味悪さを帯びている。嫌な声だ。

「あぁぁぁ……気持ち悪い……また【】ですか?少しは警察の立場っていうのも考えたらどうなんです。それに此処に立ち寄ったということは――」


 和也は中年男性の言葉を遮った。

「まあまあ、高島たかしま恭一きょういちさん。悪いことは何もしていないだろう。それに、今回は簡素な手段を使うことにするよ。流石にヘリコプターは使わないさ」


「ヘリコプター!?何に使うんだ、そんなもん」と、給仕の中年こと、高島恭一。


 和也は恭一の肩に手を置き、静かに告げた。


「落下」


 何かを察した恭一は「随分と古典的だねえ」と顔をクシャクシャにして嗤った。




              *



「コレ、ちゃんと払うから。ちょっとだけでいいから遊んでくれない?」


 池袋から少し離れた新宿。

 昼間から和也は車を停めて一人の女子高生を買春していた。


「いいよ。どこでする?」

 和也のパパ活に女子高生が慣れきったように答えた。

 どこか冷めた目をしていた。


「いやあ、もちろんどこでもいいんだけど、ちょっと遠出でもしないか?」


「まあ……いいよ」


              *



 流行りのダンスナンバーを爆音で流し、車は高速道路を走る。



「へえー!それは知らなかった、青春は、スマホ全盛期の今でも、俺たちの時代と変わらねえな」


「あはは。でも、そういうもんでしょ。和也は学校楽しかった?」


「俺か?ご想像にお任せするよ。まあ、オマエほど悪いことはしていないかな」


「これから、女子高生と大人がそんなこと本気で言ってるの?笑える」


「そう、これから女子高生と楽しいをする大人がそう言ってるの。もうちょっと待っててね。ちゃんといい場所に連れて行くから」


 それから一時間とすこし後、千葉県富津市にある鋸山。

 断崖絶壁だ。巨大でとても美しい岩肌が、視界いっぱいに広がる。



「すごい!本当に断崖絶壁!」


「だろ、下調べした甲斐があったよ」


「ロープウェイから見えてたけど、これ『地獄のぞき』っていう名物なんだってね」


「ああ、客も俺たち以外にいないから、よく見るといいよ」


「うん!ありがとう!」




 その瞬間、女子高生の身体が空を舞った。

 彼女は何が起きたのかわからなかった。

 彼女は笑顔のまま潰れた。



 

「じゃあな、地獄でゆっくり苦しめよ」

 女子高生を突き落とした男は、嗤った。


              *


 【A高校のイジメ事件、主犯と思われる女性生徒が事故死か?】


 翌朝。

 酷い頭痛と眠気と目眩に襲われ、処方された薬を飲みながら和也は仕事の支度。テレビを見つめ、事故死のテロップに毒を吐く。


「未成年者だからって理由で、なかなか進まなかった捜査。これでまた、進みにくくなるのかな」



 彼の記憶の中では【男】の事など一切覚えてなかった。



「それにしても……本当になんなんだよ、この鍵付きブックカバー。番号分からんし、いつまで経っても日記が書けない……仕方ない手帳に書くか。いつものことだが、たまにはしっかり書きたい」


 テーブルの上に置かれている本。それは、何故か和也でも開けられない。

 レザー素材の鍵付きブックカバー。


 だが、カレは知っている。


 日付が書かれた赤い付箋。

  チラッ上からはみ出し見える写真には――

        身体が身体ではなくなった女の写真。

 表では暴かれない。

   裁きから逃れた。

     人の記録が刻まれていること――。

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鍵の開かない本【No2. 峠】 松井みのり @mnr_matsui

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