序ノ廻ノ転 了ノ編

 翌日、午後1時。

 僕達はパーティー会場へ警備に赴いていた。当日だけあって、かなりバタバタしている上に、警備も抜かりなくやらなければならない。……「毒殺」という言葉に惑わされるなと、僕自身が言ったのもあるんですが、やはり口にはいるモノはすべてチェックしなくてはならないだろう。今日は特別にアースナ研究学会から技師の皆さんをお呼びした。技師の皆さんがどうやって毒物を検出するかを説明してくださっている。そこには僕やレク君、ヨハンソンさんはもちろん、閣下やミゲルさん、そして軍事会社の黒服の人も何人かが集まっていた。


「毒物はこちらの分析器を使用します。まず、料理を採取いたしまして、こちらの試験官に入れます。そして、この試験官をセットしまして……こちらの――」


 と、丁寧に説明してくれているのはわかるけど、僕にはちんぷんかんぷんで、頭が痛くなってくる。レク君は興味深そうに技師さんの話を聞きながらメモを取ったり、分析器を凝視したりとかなり自由に行動していた。


「――というわけで、先ほどオレンジジュースを分析いたしましたが、毒物は一切検出されませんでした」


 と、僕達に分析結果の用紙を配ってくれる。そこにはよくわからない波みたいな絵が書いてあるだけで、どういうことなのかさっぱりわからない。僕は顔をしかめた。


「この分析器を使えば、とりあえず、今日ラプソン閣下が食べる料理全てをチェックすれば、毒物を口にするという事が無いというわけですな」

「ええ、万全まんぜん

万全ばんぜん……」

「ば、万全ばんぜん!」


 ヨハンソンさんと技師さんはそう話しているので、僕は口を挟んだ。


「何も食べなきゃ問題ないのでは?」


 ラプソン閣下が「それもそうだな」という顔でこっちを見ている。


「ふむ。これで……ヴァルターの予言も回避されそうだな」


 と安心しきった顔でため息をつくけど、レク君が手を挙げた。


「そうですかね? ヴァルター先生の予言能力、本物っぽいですよ」


 ヨハンソンさんが何かに気づいたような顔で、目を見開いた。


「……って事は、昨日のあの予言……!」

「当たってたんですよぉ。怖い怖い。本当に霊能力者かもしれないッス!」

「マジじぇぇえ!?」


 レク君は僕を見る。


「ルカさんはどうでした?」

「破りました」

「さいですか。まあ、兎に角ぼくの予言はでした」


 と、レク君はどや顔でピースサインを作っていた。だけど無表情だ。


「だから言ったろう、ヴァルターは本物だって……それを、20万フラン払えなどと……元々胡散臭い詐欺師やってたところを、有名にしてやったのは、この私だぞ? それを昨夜から電信を送っても返事を寄越してこない。使用人にも行かせたが、留守だとか言って追い返されるしな」


 その話を聞いて、ヨハンソンさんが申し訳なさそうに言う。


「あ、あのぉ……彼女でしたら昨日俺達が身柄を拘束いたしまして――」

「なんだと!? 俺に断りもなしに!」


 閣下がヨハンソンさんにつっかかりそうなところを、僕は慌てて口を挟んだ。


「ヴァルター先生があなたを殺す可能性だってあるでしょう? なので、念のためです」


 僕がそう言い終わると、閣下が僕に指をさす。


「流石だ」


 ……納得してくれたようだ。


「閣下、とにかくご安心を。お食事にせよ、お酒にせよ。事前にこの分析器で検出し、万全に万全を重ね、安全を確認したうえで提供させますので」


 ミゲルさんがそう言った後、受付のお姉さんが扉を開いた。


「開場いたします」


 それを聞いた僕達はそれぞれの持ち場につく事に。僕達は閣下の身の安全を守るために、会場でパーティーの様子を見ていた。会場にどんどん料理が運ばれてくる。そして、会場には様々な貴族や著名人、新聞で見たことのある有名人が多数来場してきていた。貴族のお嬢さんやお兄さんたちは、僕達の姿を見るなり、


「なんてみすぼらしい恰好なのかしら」

「田舎者かな?」


 なんて言ってくるんだけど、気にしている余裕はなかった。あの中に閣下の命を狙うヤツが潜んでいるかと思うと、警戒せざるを得ない。


「此度はチャールズ・ラプソンの誕生37年の記念パーティーに足を運んでいただき、誠にありがとうございます――」


 と、司会の声が耳に入る。そして、優雅なオーケストラの音楽も響き渡り始め、貴族の皆さんのダンスも始まった。ふと、レク君の方を見ると、欠伸をしている。


「本当に今日、殺人が起きるんですかねぇ~」

「警戒を緩めない! 今この瞬間に起きたらどうするの」

「真面目君ですねぇ、ルカちゃまは~」


 レク君はまたふわぁと欠伸をする。


「ただ、敵は多い方ですからねぇ。この中に閣下の邪魔をしようと考えている人が、いないとも言い切れません。今ああやって笑いながら踊っている貴族連中にも、閣下の命を狙ってやろう……なぁんて考えてる人が確実にいるってワケですなぁ」


 レク君は例の作り笑いと「クックック」と引き笑いをしていた。……全く、遊びじゃないのに。僕はそうため息をつく。

 ダンスが終わり、閣下の挨拶が始まる。


「――我が故郷であるこの島、そして中心都市のフローレイズの、さらなる発展の為に、金鉱脈の獲得に力を入れております。来月には……」

「……ミクラ公爵がお見えです」


 演説の途中で、ミゲルさんがそう言っているのが耳に入る。すると、閣下は笑みを浮かべ、皆を見回した。


「皆さん、ミクラ公爵がお越しになりました!」


 そう言い終わると、ホールに入ってきたのは、金髪の壮年の男性。だいぶ歳も上じゃないかなぁ。その人が自信ありげな足取りで、閣下に近づいていく。皆はそれを拍手で出迎えていた。ヨハンソンさんがレク君に近づく。


「予定通りか?」


 彼の来場は一応プログラムに組み込まれていた。……レク君は眉間に皺を寄せて、首を振る。


「予定外のお土産があるみたいですよ」

「お土産?」


 ヨハンソンさんが見ると、ホールに運ばれてくる酒樽。匂いからして、ワインだろう。


「公爵、わざわざありがとうございます!」

「君のおかげで私も随分助けられている。今後ともよろしく頼むよ!」


 二人がそう言って握手を交わし、酒樽が閣下の前へ置かれた。


「こちらは私からのせめてものお礼だ、皆に振舞ってくれたまえ」


 酒樽を指し示しながら、ミクラ公爵がニコニコの笑顔でそういうんですが……


「あいやしばらく! 待った、待ったなう!」


 ヨハンソンさんが手を挙げながら、急いで閣下に近づいた。僕らもそれに続く。


「しばらく、お待ちください! ……お耳を拝借」


 ヨハンソンさんがミクラ公爵に耳打ちし、申し訳なさそうな顔で彼を見ていた。その後すぐ、彼は目を見開いたかと思うと、顔が熱した鉄球のように真っ赤に染まっていく。


「君はッ、私がこのワインに……故郷の酒にを入れたと、そう言うのかねッ!?」

「あいやそういうわけでは――」

「馬鹿馬鹿しい……ならば私がをするッ!」


 公爵がそう言って、テーブルに置いてあったグラスを一つ奪い取り、ワインを酒樽から注いだ。しかし、そこでミゲルさんが走って寄っていく。


「いえ、閣下! 私が……私、


 と、ミゲルさんがグラスを受け取ると、口に近づけた。


「流石秘書官ですねぇ……」


 レク君がつぶやくと、周囲がざわざわと騒がしくなる。


「教会騎士は何やってんだよ……」

「お前らが飲めよなぁ」


 その不穏な空気にヨハンソンさんが笑いながら、ミゲルさんからグラスを奪い取った。


「いやぁ~はっはっは! ここは不肖、この私がと、一飲みさせていただきます!」


 ヨハンソンさんがグラスを両手で持つと、皆の前に出て、震えたてでグラスを見つめる。皆の視線がヨハンソンさんに集まり、時が止まったかのように静寂が流れた。ヨハンソンさんが唾を飲み込み、グラスがブルブルと震えている。うっすらと涙目で、正直かわいそうだと思った。


「シオンちゃん……!」


 ヨハンソンさんが何かを覚悟したかのように、そうつぶやいて、グラスの中身を一飲み! ごくりと喉を鳴らす。皆が顔を近づけるように、視線をヨハンソンさんに向けた。


「う゛っ……!」


 ヨハンソンさんが突如唸る。会場に緊張が走り、僕達も驚いて目を見開いた。もう、目が乾くんじゃないかってくらい、瞬き一つもできず、ヨハンソンさんを見守る。苦し気に顔をしかめ、唸り続けるヨハンソンさん。……まさか、本当に毒が!?





「……ッうまいっ!」


 ヨハンソンさんが満面の笑みでおかわりを頂戴しようとする様子に、会場の皆さんがズッコケてしまった。……もう、お騒がせだよ!


「ほら、教会騎士が安全だと証明してくれた。早く皆に配らんか!」

「は、はい!」


 使用人たちがワインを注いで、慌てて会場の皆さんに配っていく。……良かった、ワインに毒が入ってないみたいで。僕は胸を撫でおろした。


「ふぅ、良かった」


 皆の手にワイングラスが配られ、先ほどまでの和やかな雰囲気を取り戻すかのように、空気が柔らかくなったことを感じた。レク君も心なしか、安心したかのような表情……かもしれない。閣下もワインを飲み干し、にこやかに笑っていた。再びオーケストラが音楽を奏で、皆が和気あいあいとし始める。このまま何事も起きず、終わってくれればな……。ヨハンソンさんがワインのおかわりを飲みながら、会場の様子を渋い顔で見ていた。

 だけど、突如閣下が胸を押さえる。


「あ゛……っ!」


 会場の視線が一気に閣下に注がれた。閣下は胸を押さえつけ、唸り声を上げながらその場からふらふらと歩く。ついには会場のど真ん中に倒れ込み、尚も胸を押さえ込んで、大きく息を吸おうと口を開けていた。

 そして、閣下は目を見開いたまま、その体勢で事切れ、会場は悲鳴が響き渡ったんだ。

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