鎮魂の黙示録

燐音

黙示録

序ノ廻

序ノ廻ノ起 始ノ編


「最後のチャンスだ、”ルカ・フィリッポス”。正直に答えなさい」


 僕の名を呼んでそう聞いてくるのは、目の前ですごく怖い顔をしている壮年のおじさん。白いローブを羽織っていて、いかにもな感じの白髪の整った髪と、同じ色の口ひげを蓄えた見た目。とてもじゃないけど、この場で僕を”擁護”してくれるような人ではない事はよくわかる。同じような格好のお兄さんやおじさん、お姉さんやおばさん。老若男女問わず、目の前のおじさんの両隣を数人が囲って、僕を睨みつけてきてる。怖い。

 そう考えながら、僕は額から汗を流していた。嫌な汗、べとべとしてるし、頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまう。怖いから。


「は、い……」


 僕はそう答える事しかできない。


「お前は――」


 僕の脳裏には、あの恐ろしい光景が蘇ってきている。



 ――深紅に染まった僕の家。薔薇よりも真っ赤で、ぬるりとした感触と鉄みたいなにおいと、心臓の鼓動の音。それが僕の身体中を駆け巡って……ただ、目の前に広がっていた視界に映っていたのは、赤く染まる大好きな、パパとママの姿。それと……


<アハハハハハッ>


 知らない人の笑い声。耳に入ってくる音とその声が混ざり合って、脳内で響いている。

 なんで、どうして。という疑問を口にする前に、僕の喉がきゅっと締まる感覚が襲ってきた。息ができなくなり、かひゅっと音が僕の口から漏れる。背中に衝撃、遅れてやってくる痛み。壁に叩きつけられたと認識すると同時に、目の前の人が僕の悶え苦しむ様子を見て楽しそうに笑っていた。


<――――>


 何か言ってる。何かを口にしている。口が動いている。でも、それを理解できる余裕もない。僕、ここで死んじゃうのかな……。目が潤んできて、視界が歪んでくる。僕も、パパとママと同じように、動かなくなっちゃうのかな……



―――



「――僕は、身動きが取れませんでした。僕は……抵抗なんてできるはずもありません」


 目の前のおじさん達に、僕はそう答える以外できなかった。だって、それが真実で、それ以外の事を僕にできるわけがない。


「――いい加減にしろっ!」


 バアンと机の叩く音が部屋を駆け巡って、反響してくる。ここは地下室。しかも、かなり広い場所だから、音も良く響いて壁の中に消えていく。僕は、その音に驚いて身体が一瞬痙攣した。


「嘘をついても無駄だ、フィリッポス! 貴様以外にあの夫婦を殺せるはずもない。なぜならば、貴様の言う「真犯人」の痕跡など……どれだけ調べようとも出ていないのだからな!」

「……っ! 違います、本当に僕はあの人に首元を掴まれて、それで――」

「あなたが殺したのでしょう?」

「この人殺し!」

「なんという子なのだ。あんな惨いやり方で、しかも肉親を殺すなどと……!」


 だれも僕の反論を聞いてくれない、遮って僕の言葉を無視している。僕は必死に声を上げたんだ。「違う」「僕じゃない」って。だけど――


「静粛に」


 怖いおじさんが木づちを叩いて、その場を鎮めた。そして、僕を見下ろしてくる。その目は、冷たく恐ろしく、僕の背筋も凍ってしまうくらいだった。彼が口を開く。その内容は、無慈悲なものだった。


「”ルカ・フィリッポス”。貴様に判決を言い渡す」


 この場に僕の味方はいない。下された判決を覆す事も、僕を弁護してくれる人も……いない。


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