甘さを知って、甘えさせて
透メイ
第1話
このまま夜の中を漂って、僕と世界の境目が曖昧になって、なくなってしまったら、なくなってしまえるのなら、それはいい、それがいい。
いつも静かな部屋に一人ぼっちだった。たまに帰ってきて顔を合わせれば喧嘩が絶えない両親に笑って欲しくて、僕を見て欲しくて、いい子にしてた。
『いい子にして待ってるんだよ』
そういって頭を撫でてくれる時だけが、僕のことをちゃんと見てくれていると嬉しかったから。
ある日、ひとりぼっちで食べる味気のないご飯の味が本当にしなくなった。
楽しくも美味しくもないなら、もう食べなくてもいいやと思った。しばらくそう過ごしていると、視界がかすみ、立っていられなくなった。
目を覚ますとそこは病院で、聞こえてきた両親の声に僕を心配してくれたのかという歓喜の気持ちはすぐに崩れ去った。
『お前がちゃんと見ていないから!』
『私だって忙しいのよ、それにあの子フォークかもしれないって……。殺人鬼予備軍なんてどうしよう』
殺人鬼予備軍。幼い僕でも意味くらいわかった。
(じゃあ僕、もういい子でいられないの?お母さんやお父さんはもう僕のこと嫌いなの?)
_____『この世界にはフォークとケーキと呼ばれる人が存在します。フォークは後天性で味覚がなくなり、ケーキと呼ばれる人の体液でしか味を感じられなくなります。しかしケーキは無自覚なため、その時まで自分がケーキであると気づくことができません。ケーキに出会ったフォークはひどい時には命尽きるまでケーキのことを捕食してしまう恐れがあるとされてきましたが、最近では研究により、フォーク用のタブレットが開発されるなど、擬似味覚成分や対フォーク用麻酔により、犯罪係数は格段に少なくなってきています」
またあの時の夢か……。春の風が心地よくて少し眠ってしまっていたけれど、この授業だったとはなんともタイムリーだな。
『ケーキとかフォークって本当にいるのかな』
『一生味しないのは辛いけど、ケーキを見つけたら運命みたいでちょっと良くない?』
『でも殺人鬼予備軍だよ、怖ーい』
クラスメイトの戯言に、黒い感情が心を覆う。
研究が進んだからといって世間の認識が変わるわけではない。
フォークは殺人鬼予備軍だと言われ、その存在はひた隠しにして生きている奴がほとんどだった。
捕食衝動なんて起きたこともないし、誰もお前たちなんかこっちから願い下げだ。
それに僕は絶対にそんなことしない。
興味のない表情とは裏腹に、その拳は力一杯握りしめられていた。
子供の頃のトラウマは深く深く心に染み込んで、僕の心を蝕んでいった。
そんな僕の心の拠り所は本を読むことだ。何かを吸収することは僕にとって呼吸であり、安堵できることだった。集中しているときは、何も考えなくて良かったから。
もう両親が僕の目を見ることはないだろう。もう僕がいい子にしてたって、頭を撫でてもらえることはないのだろう。あの日の夜、僕はこっそり病室で泣きながら眠りについた。次の日から、両親とは必要最低限の会話しかしなくなった。もとより似たようなものだったが、その手が僕に触れることは本当にもうなかった。
医者からは、貧血という名目でこれから定期的に病院に通うようにと言われた。
そして貧血用ダブレットと称されたそれは、フォーク用疑似味覚タブレットだった。それのおかげで、なんとなく味を感じながら食事ができる。そうでなくとも、味覚のあるふりをするのなんて容易い行為だと思った。
タブレットはいざケーキを見つけても、もの凄い捕食衝動の襲われないためとも言われているが、食事に意味など感じたことはないし、これが味覚ならばケーキなんて大したことないだろう。世の中のフォークは何を自分達の首を絞めてまでケーキを求めるんだと馬鹿にしていた。
(帰りに図書館で、また新しい本でも借りて帰ろう)
遠くなる意識を、僕はまた手放した。
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