走馬灯

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第1話

 母ちゃんが泣いている。父ちゃんは俺が小さい頃に死んじゃったから、母ちゃんが一生懸命、俺を育ててくれた。たまに喧嘩して怒鳴られることはあっても、涙一つ見せたことはなかった。どんなに遅く帰ってきても、弁当は必ず作ってくれた。弱さを感じさせない人だった。たまに作ってくれる唐揚げが一番好きだった。

 クラスの奴らが泣いてる。文化祭、楽しかったな。みんなでワクワクしながら、お化け屋敷、作ったっけ。俺は外装担当で、内装ができて一番に試したけど、驚かなすぎて、お化け役のやつが不貞腐れてたな。少し、申し訳なかったな。

 先生が泣いてる。俺の担任は、今の時代には珍しいくらいの熱血で、涙もろくて、昭和の先生かよっ!ってみんながよくつっこんだっけ。そしたら先生、何が悪いんだって、もっと泣きながら言うから、みんな爆笑だったよ。体育祭は、先生の応援が凄すぎて、他の組がドン引きしてたな。今、思い出しても笑えてくる。

 あー。みんな、そんなに泣くなよ。俺のことなんか、これっぽっちも気にしないと思ってたのによ。誰にも何にも思われないと思ってた。

 でも、見えてなかったのは自分だったのかもしれない。未来が見えて、何もかも退屈に思えてたけど、自分で退屈にしてたんだな。いや、未来なんてものは見えてなかったんだ。だって、未来は変わるから。俺が見てたのは、俺が何もしないことを選び続けた未来だったんだ。本当の未来は誰にもわからない。誰も知ることはできない。...でも、みんなが俺のために泣いてくれている。これは、本当の未来として受け取っておくよ。...あーあ。走馬灯って過去だけが見えるものだと思ってたな。...もう少しだけ生きとけばよかった。

 

 眩しい。視界がぼやけている。目が慣れると誰かの顔が見えた。

「いかがでしたか?」

白衣に身を包んだ博士は言った。

「素晴らしいです。やっぱり。みんなが僕を必要にしている。頼ってくれている。...すごく嬉しいです。」

僕は感動で声を振るわせながら言った。

「そうですか...。では、続けますか、やめますか。」

博士は淡々と話した。

「もちろん、もう一度お願いします。」

僕は博士に頼んだ。

「...わかりました。では、ごゆっくりどうぞ。」

博士の言葉を聞き終えると同時に、僕はゆっくりと瞼を閉じた。

「いいんですか、博士。この人、もう5回以上もやってますけど。」

博士の隣にいる女が腕を組みながら言った。

「いいんだよ。本人がそうしたいと言っているのだからね。」

「ふーん...。しかし、他の人が飛び降りる瞬間に見た走馬灯には、死の感覚もあるだろうに。それに、未来予知なんて、あり得ないと思わないのでしょうか。」

「...彼には、死の感覚より、誰かに必要とされない方が不幸なのかもしれないね。」

博士は部屋一杯に埋め尽くされた機械を見ながら言った。

 ここは“走馬灯研究所”。死ぬ直前に見た記憶を脳のDNAから取り出して、再生し、注文に合わせて編集する。そして、希望者に提供する。オープンから数ヶ月で、あっという間に満席になった。希望者は、幸せであった他人の人生の走馬灯をまるで自分のものかのように錯覚させる。

「他人の夢の中の幸福と、自分の現実の不幸。どちらがいいのだろうか。」

博士は視線を動かさずに言った。

女は言った。

「...私にはわかりませんが、博士が走馬灯を編集する時、必ずなんらかの懺悔を入れていることは知っています。」

博士はなおも遠くを見つめている。その顔は悲しんでいるようにも、諦めているようにも見えた。

沈黙の中、機械の作動音だけが響いていた。

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走馬灯 non @Kanon20051001

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