Hz:へるつ(短編集その14)

渡貫とゐち

新作掌編「Hz:へるつ」


 ある一定のヘルツを越えてしまうと、人の耳は音を聞き取れないらしい。


 だから、実は日常的に高いヘルツによる騒音が響いていたとしても、人間の耳はそれを聞き取ることができず、誰もがその騒音に気づいていないだけ――という可能性もなくはない。



 深夜。

 薄暗い物陰に潜んでいるのは、裸に長いコートを羽織っただけの変態だった……彼は過度なストレスを発散するため、毎夜、女性に自身の裸を見せている露出狂である。


 目深の黒い帽子、白いマスク――。

 彼は今日もまた、残業で帰宅するのが遅くなった女性を狙って、自身の裸を見せている――



(……あの子にしよう)


 スーパーでお弁当を買ったようだ……、しかも五本ものお酒も買っており、彼女も彼女で、過度なストレスでも溜めているのかもしれない……。

 酒に逃げるなら裸に逃げた方が健全かもしれないぞ、とアドバイスをしようかと迷う男だったが、やめておいた。

 露出仲間ができるのは喜ばしいところだが、露出場所の奪い合いは避けたいところだ。


 並ぶ街灯。スポットライトが当たるように、白く輝く舞台がある。物陰から飛び出した男が、スポットライトに当たり――、コートを広げて自慢の体を露出させた。


 聞こえてくるのは女性の甲高い悲鳴――……では、ない?

 なにも聞こえない。


 目の前の女性が叫んでいるのに、なぜか音が聞こえない……、いや、遠くの車のクラクションは聞こえるので、耳に異変があるわけでもなかった。


 ……聞こえていないのは、彼女の声だけだったのだ。


(一体、なにが……?)


「――このっ、変態!!」


 強烈なビンタが男の頬に突き刺さり、男の意識がそのまま落ちる――



 次の日、男が目を覚ました時、見えたのは見知らぬ天井だった。

 ……晴天、ではなくて。

 戸惑う彼を覗くのは、重たそうな制服を纏った……警察官である。


「分かっているね?」


「……はい」



 後に、専門家から聞いたことだ。あの時、聞こえなかった悲鳴は、恐らく人間が聞き取れるヘルツを越えたからなのではないか――と。


 説明されたので、理屈は分かる……だけど。


 あり得ない。

 そんな悲鳴を出せる人間がいるわけない!! と男は叫んだ。



「気持ちは分かるが。こちらからすれば、露出狂も同じくらいにはあり得ない話だがね」



 物理的にではなく、精神的に、普通はできないけれど……。


 でもできてしまう特殊な人間がいる。だったら、一定のヘルツを越える悲鳴を出せる女性だって……、そういう特殊な人だって、いるかもしれないだろう?



 …了

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